第28話 観光
ユリウス団長に連絡したところ、明日の朝には帰るからそれまでは自由行動して大丈夫らしい。
そういうことで、裕斗たちは宿舎を出て自由行動を開始した。
「それじゃあ、どこを回ろうか。何かおススメの場所とかある?」
「……そうねえ。まずは小腹を満たさない?」
そう言って、ヴァネッサは近くのパン屋を指さした。裕斗は自分のお腹をさする。
「そうだね。ルイーゼはどう?」
「私も構わない」
「じゃあ決まりね。ちょっと待ってなさい」
ヴァネッサはパン屋に向かい、何かを買ってきた。
「それは?」
「私のおススメよ。食べてみなさい」
そう渡したのは、カリッ、と揚げた香ばしい香を漂わせる菓子パンだった。裕斗はそれを受け取ると、一口それを食べた。
「ん!おいしい!」
外はカリッと中はフワフワで元の世界の菓子パンとそん色ない味わい、さらに中に入ったこれは……クリームだろうか?それに近い甘い味が味覚を刺激する。
「確かにこれは上手いな」
ルイーゼは感心しながら一口食べる。
と、そこで目の前を馬車が通過した。通過した場所に砂埃が舞う。
「ウワッ!」
裕斗は慌てて砂埃から菓子パンを守った。
「な、なんだ?」
裕斗が過ぎ去る馬車を見ると、大きいトカゲのような生き物が馬車を引っ張っていた。
「な、なんだあれ?」
「ああ、あれは地竜ね」
「地竜?」
「ノウゼン周辺に住んでいる生き物よ。馬に比べて繫殖数は少ないけど、知能も高くて力も強いからああやって飼いならして人や物を運んでいるのよ」
「へ~」
感心する裕斗の肩に人がぶつかった。
「ウワッ!すみません!」
ぶつかった人は「こっちも悪かったね」と言ってどこかへと行った。ホ…と息を吐いたところでまた誰かとぶつかりそうになる。
「ここじゃ食べづらいでしょうし、他の場所へ行きましょうか」
「どこかあるの?」
「ええ、おススメの場所がね」
そう言って、ヴァネッサは笑った。
***
「ここよ」
ヴァネッサの案内の元、高くそびえる階段を登った高台の景色に、裕斗はホゥ…と感嘆の息を吐いた。
どこまでも広がる街並み、遥か彼方を目指し飛ぶ鳥の群れ、青く澄んだ群青の空。およそ元の世界では見ることのできない美しい光景に、裕斗は前にある高台のフェンスに手を添え、身を乗り出した。
「すごいでしょ?」
そう言って、ヴァネッサは隣のフェンスに身を預け、景色を眺める。
「家での食事は息が詰まってあまり食べれなかったから、私はいつもここでお腹を満たしていたの。それに、こうやって広い街並みを見ていると、自分の悩みがちっぽけに思えてくるから……」
「ヴァネッサ……」
「ここなら誰も来ないから、気にせず食べられるわよ」
ヴァネッサはフフッ、と笑ってパンを一口食べようとした。とそこでヴァネッサは高台の下で何かを見つけた。
「……あれは」
彼女はパンを袋に戻すとフェンスを飛び降りた。
「ちょ!?ヴァネッサ!?」
「お、おい!」
裕斗とルイーゼも彼女の後を追い、フェンスを飛び降りた。地面に着く直前にブーツから風を吹かせて衝撃を殺し、着地する。
着地した先で裕斗が目にしたのは、泣いている女の子をヴァネッサがなだめている光景だった。
「いったいどうしたの?」
裕斗はヴァネッサに聞く。
「この子が下で泣いていたのよ。なんで泣いているのか今聞こうとしているんだけど……ほら、泣かないの」
ヴァネッサは女の子をなだめようと頭をさするが、女の子は泣くのをやめない。
「はあ……しょうがないわね」
ヴァネッサはため息をつくと、袋に入れていたパンを女の子の前に出した。
「これあげるから。食べて落ち着きなさい」
「い、いいの?」
「ええ」
女の子は恐る恐るといった感じでパンを掴み、かじりついた。
「どう?おいしい?」
「……うん!」
女の子は喜んだ様子でパンを平らげた。そのときにはもう、女の子は泣き止んでいた。
「それで、どうしたのよ。こんなところで」
「私…お兄ちゃんと一緒にいたんだけど、はぐれちゃって……探したけど、見つからなくって……」
「つまり迷子ね。安心しなさい。私も探すのを手伝うわ」
「ホント!?」
女の子は目を輝かせる。
「ええ。……あんた達、すまないけれど二人で観光を楽しんで来て。私はこの子といっしょに――」
「なに水臭いこと言ってんのさ。僕たちも一緒に探すよ。ね、ルイーゼ」
そう言いながら裕斗はルイーゼを見た。
「ああ」
コクン、とルイーゼは頷く。
「あんた達……」
ヴァネッサは驚いた目で二人を見た後、フッ、と笑った。
「そうね。じゃああんた達も手伝ってもらおうかしら」
***
女の子のお兄さんの捜索は難航した。
それはそうだ。大勢の人が闊歩する街の中から一人の男の子を探すのは一苦労だ。結局、彼女の兄が見つかったのは夕暮れ時だった。
「お兄ちゃん!」
「エマ!」
お兄ちゃんと呼ばれた男の子は女の子をハグした。
「心配したんだからな!急にいなくなって、もう会えないかと思ったんだぞ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
男の子は安心した顔で女の子を見た後、裕斗たちの方を見た。
「あの、本当にありがとうございます!」
頭を下げる男の子に、ヴァネッサはフルフルと頭を振った。
「当たり前のことをしただけよ。それよりも、あまりその子を責めないであげてね。兄弟なんだから、仲良くしなさい」
「はい!本当、ありがとうございます!」
再び頭を下げた後、男の子は女の子の手を引いてヴァネッサたちと別れた。
女の子はヴァネッサたちに振り向いて手を振る。
「お姉ちゃんたち、ありがとー!」
ヴァネッサはフッ、と笑って女の子に手を振り返す。やがて女の子が離れて見えなくなると、ヴァネッサは振っていた手を下した。
それを見届けた後、裕斗は言う。
「優しいね」
「な、何よ急に。私は優しくなんてないわよ」
「いいや、君は優しいよ」
フルフルと裕斗は頭を振り、彼女が女の子を見つけた時のことを思い出した。
「あの時、君は真っ先に女の子を助けにいったし、お兄さんを見つける時も僕たちよりも真剣だったから……。そんなこと、普通の人にはできないよ」
「そ、それは……そう!あの子がノウゼンの民だからよ!私はここの騎士団だったんだから、彼女らの笑顔を守るのは当然でしょ!」
「へえ。今までの発言的に、ノウゼンのこと嫌いなのに、そう言うんだ」
「うぐっ。そ、それは……」
ヴァネッサは気まずそうに視線をそらす。それを見て、裕斗はフフッ、と笑う。
「とまあ、ヴァネッサをいじるのはこのくらいにして。こっからが本当に言いたかったこと。ヴァネッサ、君はノウゼンのことが本当は好きなんじゃないの?」
「え……?」
キョトンとした眼でヴァネッサは裕斗を見る。
「君がここに戻ってきたくなかったのは、お父さんやお兄さんに会いたくなかったから。それだけで、ノウゼンのことは守るべき国、そこに住む人々は愛しい家族同然、そう思ってたんじゃないんの?」
ヴァネッサはハッ、としたような顔をした。
「……そうかも、知れない」
そう言って、彼女は憑き物が落ちたような顔をした。
「……ありがとう」
「礼を言われるようなことは言ってないよ。ただ、疑問に思ったことを言っただけさ」
「それでもよ。あんたがいなかったら、私はこの国のことを嫌いだと勘違いしたままだったもの」
「いやいや、そんなことないって」
裕斗はてれ隠すようにブンブンと何度も手を振る。
「おい」
とそこで、ルイーゼが裕斗とヴァネッサの間に割って入った。
「二人とも、私を忘れて話を進めるな」
「あ、ごめんごめん」
素直に謝る裕斗とは対照的に、ヴァネッサはルイーゼを煽った。
「あら、ごめんなさいねぇ。あんたがあまりにもチビで気がつかなかったわ」
ヴァネッサのあおりに、ルイーゼの殺気が膨れ上がった。
「なるほど。喧嘩を売っていると見た」
ルイーゼは腰に掛けた剣に手をかける。ヴァネッサはそれに臆することはなかった。
「やってみなさいな。あんたの腕じゃ私に勝てないのは火を見るよりも明らかだけどね」
「ほう…」
バチバチと、二人の間で火花が散る。
「って、ちょっと待ったストーップ!」
裕斗は慌てながら二人の仲裁に入った。そうしながら、裕斗は心の中でヴァネッサの元気が完全に戻ったことを心の底から喜んだ。
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