第5話 窮地

『―ゼ!?ーイゼ!?ルイーゼ!?』


混濁する意識の中、聞きなれた女性の声がルイーゼの鼓膜を叩いた。


鼓膜が破けそうな程大きな声だったが、おかげでルイーゼは意識を取り戻すことができた。


「う……うう……」


『!ルイーゼ!大丈夫か!』


「はい……何、とか……」


返事を返しつつ、ルイーゼは気を失う前に起きた出来事を思い返した。


―そうだ。私は……突然現れたもう一体の“ソルジャー”の奇襲を受けたんだった……。


「よくも……やってくれたな!」


先程の奇襲に怒りながら、ルイーゼは“トリスタン”を起き上がらせようとする。

その時、ガラガラガラ、と何かが崩れる音がした。


「……?」


彼女がいぶかしむように下に目を向けると、そこには“トリスタン”に押しつぶされた家の残骸があった。


「は?」


—なぜ、人口物のない森の中にこんなものが……


ルイーゼは信じられないように右に、左に、“トリスタン”の首を動かす。そこには、彼女の見慣れた家々や建物が並んでいた。


極め付けは、



ぽっかりと、一か所だけ砕け散っていた。


「ま、まさか……」


その光景は、彼女に一つの絶望的な事実を叩きつけた。


「壁が……突破されたのか!」


ズシン、ズシン、と地響きのような音がルイーぜの鼓膜を震わせる。


「っ!」


音の発生源のほうを見ると、両手にそれぞれ持った斧をぶら下げ、こちらに歩を進める“ソルジャー”の姿があった。


「コイツ!」


ルイーゼはより一層怒りを強め、“ソルジャー”を射抜こうと弓を構えようとした。


しかし―


「弓が……ない!?」


“トリスタン”の右手には、本来握られているはずの弓が無くなっていたのだ。


―奴に吹き飛ばされた時に落としたか!


「チッ!」


弓がなければ弓を撃つことも作り出すこともできない。しかし、まだ武器を失ったわけではない。

ルイーゼは機体の腰部に収めていた短剣を引き抜いた。


『無理だ!そんな短剣では分が悪い!一旦引け!』


「引いてどうするんですか!もう奴は壁を突破してしまったんです!今ここで、やらなければ!」


そう言って、ルイーゼは“ソルジャー”に向かって突っ込んだ。


「ハァァァァッ!」


突っ込む勢いを利用し、左手に持った短剣を振り下ろす。

しかし、“ソルジャー”は斧を振り上げこれを弾く。


そして、もう一本の斧を振り下ろした。


「ッ!」


ルイーゼはそれを下がるように避ける。


すぐに体制を立て直し、斬りかかるが、今度は相手のほうが早かった。


振り上げた斧が“トリスタン”の右肩のアーマーをえぐり、追撃とばかりにタックルをかました。


「ガァッ!」


タックルをまともにくらった“トリスタン”は吹き飛ばされる。

それでも、機体を立ち上がらせ、再び突撃した。


『ルイーゼ!無理だ、逃げろ!』


隊長が静止の言葉をかけるが、もはやルイーゼの耳には届かなかった。


敵を倒さなければ……みんなを守らなければ……その思いが彼女を動かし、冷静さを失わせてしまっている。


当然、そんな状態で敵を倒すことは叶わない。


彼女が何度剣を振るっても“ソルジャー”にかすりもせず、逆にこちらは何度も攻撃が命中し、その度に鎧の傷が増えていく。


誰が見ても勝敗は明らかの戦い。


しかし、そんな戦いにも終止符が打たれる。


「ァアッ!」


激しい金属音が鳴り響く。


ルイーゼの力任せに振るった一撃が、“ソルジャー”の斧を弾いたのだ。


“ソルジャー”がよろめき、体制を崩す。


—勝った!


「ハァァァッ!」


勝利を確信したルイーゼは“ソルジャー”のコア目がけ、剣を振るった。


が、


バキィィィン!


「は?]


耳をつんざく甲高い音。


その音とともに、本来核ほんらいコアに届くはずの短剣の刃が砕け散った。


信じられないように“ソルジャー”のほうを見ると、弾いた方の斧ではないもう一本の斧が振り上げられていた。


「バカな—ガッ!?」


—あんな体制で。そう続けようとした彼女に凄まじい衝撃が襲い掛かる。


“トリスタン”が蹴飛ばされたのだ。


受け身を取ることもできず、機体は地面を削りながら停止する。


「ガハッ!」


ルイーゼの口から血がこぼれる。

全身もところどころを打撲し、気を抜けばいつ気を失ってもおかしくない。


それに加え、今は短剣一本もない丸腰状態だ。


—絶対絶命、か……


「だから、どうした……!」


決して意識は手放さない。


たとえ武器がなくとも、まだ拳が、足が残っている。


—まだ私は……戦える!


「いくぞ!“トリスタン”!」


愛機の名を呼び、ルイーゼは操縦桿を動かした。


しかし—“トリスタン”は指一本動かなかった。


「なに!?—ウッ!?」


その時、ルイーぜに先程よりも強いめまいが襲った。


この症状に明確な心当たりのあるルイーゼは小さく舌打ちをする。


—魔力が、底をつきかけているのか!


ズシン!と地鳴りのような音が聞こえた。

見ると、“ソルジャー”がこちらに向かって進行を開始したのだ。


今攻撃を受ければひとたまりもないどころか即死だ。


「クソッ!動け!動け!」


ルイーゼは操縦桿を、あぶみを、何度も何度も動かす。


しかし、魔力という燃料のない魔導騎士は一向に動く気配を見せない。


一方“ソルジャー”は一歩一歩、こちらへと確実に歩を進めている。


「動け!動け!動け!」


やがて、次第に大きくなっていた地鳴りが止まり、ギギギ……と何かを持ち上げるような音がする。


それが何を意味するかを考えたくないルイーゼは、ガチャガチャガチャと手足を動かす。


「動け、動け、動け……」


そして斧が、振り下ろされた。


「動け—!」


ガキィィィン!


と、次の瞬間、鉄で鉄を殴ったような甲高い音が鳴り響いた。


「え?」


何が起こったのかと目を向けると、白い鎧をまとった巨大な騎士が“ソルジャー”を殴っていた。

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