第24話 船長は二人いる

 やはり眠れなかった。

 一応、目を閉じ、意識も落ちてはいるのだが……疲れが取れていない感覚だ。


 横になりたい欲求が消えないのに、横になっても眠れない。

 それでも、横になるだけでも実際は疲れも少しは取れているだろうし、状況がマシになるまではこれでやり過ごすしかないだろう。


 隣で熟睡できるフィクシーが羨ましい……、ただ、飛空艇にきてからずっと寝ている気がする……――彼女の場合は寝過ぎだ。

 それはそれで不安材料の一つである。


 まだ目を覚まさないフィクシーの前髪を指でなぞりながら――すると、こんこん、と扉がノックされた。

 ジンガーが出ると、そこには名前を知らない土竜族の男がいた。



「朝礼だ、集まれよ」



 無愛想にそれだけを告げて去っていった……、廊下を覗けば隣の部屋にも同じように声をかけ、順番に連絡しているらしい。

 放送で一括連絡にすればいいのに、と素人の立場で思ったが、できない理由があるのだろう。それとも顔を合わせることで部外者が紛れ込んでいないかを確認しているのかもしれない……。


 部外者。


 敵側のスパイ、などだ。

 人間と翼王族の違いは翼があるかないかだが、土竜族と人間では見た目の違いが分かりづらい。土竜族の方がガタイが良い、という点だが……、土竜族にも細身の男性はいるし、人間にもガタイが良い男性はいる……。

 結論、人間と土竜族をはっきりと見分ける方法はなく、唯一、プレゼンツを製作できるかどうかだ。


 ただ、それでは確認に時間がかかり過ぎるため、手早く見抜く方法はない……そのため、巡回の目的は、初日にまとめた搭乗者リストとの一致、だろうか。

 個人の判別は無理でも、数を確認することはできる。

 減っていても増えていても異常ありとして報告できるからだ。


 最初から紛れ込んでいるならまだしも、途中から潜り込んでくる強気なスパイはいないだろう……、するしないではなく、できない。ここは雲の上だ――。

 潜入できる種族は限られている。そして、唯一の種族は、その数が少なく、翼をまだ持っている者も、さらに絞られてしまう……、そのため、実際には『いない』と言ってもいいだろう。


 この飛空艇に追いつける機体が人間に作れるわけもなく――、

 つまり飛空艇はやはり、土竜族の王国なのだった。



 朝礼をするために集められた土竜族たち……、飛空艇にきてから三日目の朝だ。

 初めての朝礼であるため、勝手が分からなかったが……、飛空艇の中心部分、楕円形のドームの内側は、広いスペースになっている。

 飛空艇には甲板がないので、役目としてはそれに近いだろう。大勢が集まれるスペースは他にない。あとは入り組んだ通路と部屋が集まっており、十数人が集まれる部屋はあれど、百人以上となるとこの空間だけだろう。


 集められた土竜族は同じ作業服と帽子を身に付けている……、服装という個性を潰したのは別に統率力を上げるためではない……、土竜族にとって個性とは、製作した作品で出すものである。見た目や言動で差を見せることにこだわる種族ではなかった。


 それでも、やはり飛び抜けた者はいるものだ――。

 周囲に埋没しない個性を持つ者は、必然的に人の上に立つようになり……、『製作』よりも、完成品をどう『扱うか』に焦点を当てる方向へ視線を向ける。

 土竜族であるのだから作れないわけではないが、『作らない』方向へ舵を切った結果だ。


「これで全員か?」


 人の壁の内側。

 遠目からでも分かるように、少し高い位置にいてくれれば『背伸びをしてもまだ見えない』なんて事態にはならないのだが――、

 無個性に埋もれることなく存在感を発揮する彼は、これみよがしに注目してくれと言わんばかりのステージに上がることを、嫌悪しているのかもしれない。


 大きなタルに座っている大男がいる。


 彼の視線に怯え、自然と足を下げた土竜族のおかげで、人と人の間に隙間ができ、ジンガーも彼をこの目で見ることができた――この飛空艇の船長である。


 名はクランプ。

 彼の気性の荒さを表現したような、散切りの黒髪が背中まで伸びており、褐色の筋肉を覆っている。下は穿いているが、上半身は裸である。

 ただ、長い髪のおかげでそこまで露出が多いとは思わなかった……、女性ならまだしも男性だ、いくら裸であろうと気にしないと言えば気にしない。


「わ……っ」


 隣で顔を赤くし、手で顔を覆いながらも隙間からちゃっかりと確認しているフィクシーを見ていると、やはり男子が裸の女性を見てしまうのと同じことだろう……。

 だとするとあれはフィクシーの目には毒である。

 できることなら服を着させたいが……言って聞くタイプではないだろう。


 彼を従えさせるなら、『腕っ節で勝負だ』と言われそうであるし、恐らく最も、彼にとって得意とする領分だろう。

 相手の得意分野で屈服させなければきっと意味がない。ジンガーには無理な話だった。


 すると、フィクシーがちらりと見て、ジンガーのお腹を、ぽん、と叩いた。

 施設にいた頃ならあった、弾む感触がなかったことに、少女は不満顔を見せる……。


 単純に筋肉があればいいという話でもないようだ……、ちょっと膨らんでいた時のジンガーのお腹も好きなのだろうか……。


「……なんだよ」


「ううん。……なんか落ち着いた」


 フィクシーにとっての安定剤になっているのであれば、やめろとも言えない。

 ジンガーも、驚いただけで嫌ではないのだ。


 こそこそと喋っていたからか、人の隙間から一直線に、ジンガーを射貫く視線があり――遠くにいるが、それでも大きく見える男のものである。

「喋る許可を出したか?」とでも言いたげな眼光に、ジンガーの喉がごくりと鳴った。


 数十秒にも感じた一瞬の後、大男の視線が外れる。

 取るに足らない相手だと思われたのか……、まあ確かに、ジンガーのような子供など、いつでも始末できるだろう。

 彼が目の前に立つだけで、ジンガーが萎縮してしまうだけの実力差があるのだ。


 それでも。


 無意識に上げた片手はしっかりとフィクシーを庇っている……、大男もジンガーの行動、一挙一動をしっかりと確認しており――ゆえに、見逃したのかもしれない。


 実際、ジンガーを見逃した後、他の場所でこそこそと喋っていた青年には自ら出向いて威嚇をしていた。

 恐怖で腰を抜かした青年はその場で気絶してしまっている……、本来ならジンガーもああなっていたはずなのだ。


「言いたいことがあるならはっきりと言えよ。文句があるなら聞いてやる。決闘も受けるぜ、男なら腕っ節で勝負をしようじゃねえか。

 自慢のプレゼンツでオレに挑みてえ奴はいねえのかよ――こっちはこの『体一つ』で戦ってやるからよお――」


 と、ぎしぎしと床を鳴らしながら。


 周囲を見渡す大男は舌打ちをした。まるで決闘を望んでいるかのように。


「腰抜けどもが。それとも、オレに従うって意思表示か?」


「……どうしてそうなる? 相変わらず兄上は頭の中がお花畑じゃな」


 高い声に合わない口調だった。


「船内にいる全員がこの場に集まっているんじゃから、兄上とわし、お互いの味方が混ざっていることになるんじゃからな……。

 全員が兄上の味方なら、『内輪揉め』なんてしていない……じゃろ?」


 リュックサックを背負った少女だった。

 大男を「兄上」と呼んだことから、彼の妹なのだと分かる……、そっくりな褐色の肌、周囲に馴染む作業服の上下を身に纏っている。

 もじゃもじゃの黒髪は、肩で揃えた長さを維持することだけを意識して、他には一切、気を遣っていない『職人』らしさを感じられる。

 三度の飯や睡眠よりも、『製作』を優先する、典型的な土竜族と言えるだろう。


 彼女の大人びた口調は恐らくは勘違いか……、もしかすると祖父や老人などの影響かもしれない……。もしかして形から入るタイプか?


「アーミィ。……その口調、直せと言っただろ――似合わねえ」


「なにが似合う? どうせお姫さま扱いしたいだけじゃろ。高価なドレスでも着せて部屋に飾るとでも言いそうな顔だよ、兄上――。単純思考は昔から変わらない……んじゃ」


「……女は着飾っていればいいんだよ。武器を持って表に出てくんじゃねえ……役不足だ」


 周囲の女性を一斉に敵に回した大男だが、その敵対勢力をひと睨みで黙らせる。


 一人で大勢の女性を守れるからこそ言えることだ……、ジンガーなら進んで、武器を取る彼女たちを味方に引き込み、利用するだろう……それはジンガーに力がないからだ。


 あればもちろん、女性が武器を取ることには反対である。


「古い考えじゃ。だからこれまで協力してきた一部の味方を手離す結果になる」


「お前が引き抜いたんだろ……、そしてオレから権威を奪おうとしている……、武器の数だけで支配者でい続けられるほど、戦場は甘くねえぞ」


「勝ってから言うべきじゃよ――兄上」


 睨み合う兄と妹――、コインでも落ちれば、今にも激突しそうな緊張感の中で――、しかし二人の睨み合いが途切れたのは、大きな音で腹の虫が鳴いたからだった。


「…………(すみません)」


 ぼそっと呟いた土竜族の一人が、こそこそと人の陰に隠れた。


 朝食は各自で摂るため、中には食べずにここにきた者もいるだろう……ジンガーもそうだ。

 彼の場合は単に食事が喉を通らないというだけだったが……、彼もそうなのだろうか。


 腹が減るなら食欲もあるだろうし、ジンガーほど深刻ではなさそうだ。


「……なんだか集中力が切れたんじゃ」


「オレもだ」

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