第11話 願う日
――半年と二か月だ。
アンジェリカが入社し、ジオとの共同生活が始まってから――。
そして、遂に、と言うべきか――今月はあれがある。
十二月。
一年の総決算……。
特に子供は、一年間の総合評価が発表される月だった。
「研修、ご苦労だったね――アンジェリカ」
研修満了の通知を受け取ったアンジェリカが、振り向いてジオにウィンクをした。……満足そうだが、しかしやっとスタートラインに立てたのであって、ここがゴールではない。
そう釘を刺すことを憚れるくらいには、アンジェリカは満面の笑みである。
釘を刺すことは今でなくともいいだろう……いま言えば、釘というよりは水である。
「……でもよ、こんなギリギリまで研修をするんだな……もう今月だろ?
ぶっつけ本番でいけるか? サンタクロースは、失敗できない仕事だぞ」
「一年に一回しか本番がないんだから……みんな一発勝負だけどね。二年目三年目になってくれば慣れてくるだろうけど、新米サンタクロースは、ぶっつけ本番が慣習だよ」
「……似たような環境での訓練はおこなうべきだって思うけどな……」
「しているさ、ジオ隊長?」
どんな子供の願いにも対応できるように、あらゆる分野を網羅した訓練をおこなった……研修が長かったのはそのためだ。
心技体、全てを総動員させている……、見た目重視で選ばれたサンタクロースの少女たちだが、求められる技術はジオが真っ青になるほど高い。
サンタクロースは、シンボルである。
願い、そのものであり、たとえばジオがサンタクロースを務めるよりも、アンジェリカが務めた方が子供たちの士気は上がる。
かわいい、かっこいい……、
分かりやすいヒーローに願う方が、子供は本音を言うし、期待するのだ。
子供は賢い。親になにが欲しいの? と聞かれれば、家計の心配をして願いを控えめに言うこともあるのだ。
空気を読んで――遠慮をして。
どれだけ大人が言っても子供は無意識下で本音を覆い隠す。
子供側ではどうしようもない本能なのだ。
だから大人側で調節をするしかない。
子供が本音を言えない環境が間違っている――だから作り上げたのだ。
環境を、ヒーローを。
それが一年に一度、どんな願いでも叶えてくれるサンタクロースである。
……ただ、
(子供たちの願いを叶える、とは言ったが、地区で区切った中の競合一位の子供しかその利は得られないわけだが……)
絶対に叶える、と言えるのは、対象を絞っているからだ。
全員の願いを叶えるとなれば、難しいどころではなく、不可能である。だが対象を一人に絞ってしまえば、もしもの場合は複数のサンタクロースで取り掛かることで、願いを叶えることもできる……。願いを叶える子供を制限しているのは、確実な実績を保証するためでもある――。
だが、その裏で叶わない子供がいる、ということも忘れてはならない。
競合させることで学力、身体能力を鍛えることへ関心を持たせることが目的の一つだ……、サンタクロースが現れてから、子供たちの学力がぐっと上がったのだ。
願いが叶うことが保証され始めると、子供たちの学力は年々、上がっていき――今では当たり前のシステムになっている。
努力をすれば、サンタクロースが願いを叶えてくれる。
だけど、努力を怠ればなにも与えてはくれない……、当たり前ではあるが、あと一歩届かなかった子供にもなにもない、というのは少し可哀そうだと感じてしまう。
そこで来年に向けてさらなる努力をするのか、諦めて『願いなんて叶わなくていいから勉強なんかしない』になるかは子供による。
そして、そうして堕落した子供は切り捨てていくのがこの国である……。
教育国家。
別にそれは、全ての子供を責任を持って育て上げるという意味ではない。
ついてこれる子供を、レベルの高い大人へ育てあげる……――国の方針転換のきっかけはサンタクロースという存在であり、ネムランドの提案と、交渉だった…………つまり。
翼王族の権利を買おうとしているネムランドの創造と提案により、優秀と無能に分けられた子供たちの隔たりが、大きくなってしまったのだ。
意図していなくとも。
ネムランドの教育が、良くも悪くも幅を広げてしまった――。
「新米サンタクロースを手懐けるのはトナカイである君だよ、ジオ先輩」
「ってことは、アンジェリカのパートナーは俺になるのか……」
「嫌なのか? ……でも君、笑っているじゃないか」
は? と頬を触ったジオは、気づかない内に自分が笑っていたことを自覚した。
……アンジェリカのパートナーになれたことを? ……確かにまったく知らない相手よりはマシだが、アンジェリカのパートナーはかなり大変そうである。
それが分かっているからこそ、進んでお世話役にはなりたくないのだが……。
まあ。
ネムランドからの命令であれば仕方ない。
「やったっ、ジオくんと一緒ー!!」
腕にしがみついてくるアンジェリカ。……ジオも、彼女の近過ぎる距離感に慣れてしまった。
こんなもの、スキンシップ以前のものである……、挨拶代わりか。
だが、見慣れていなければ驚く行動であることは間違いない。
「な、ななな、なに、を……ッッ」
部屋の扉。
開いたままだった扉の先からこちらを見ていた金髪の少女が、肩を震わせている……、指を髪に差せば、するり、と下まで抜けてしまいそうな繊細な髪質である。
彼女は、アンジェリカと同程度の背丈だ……、知り合いか? 友達?
少なくともジオに面識はなかった。そして、アンジェリカに負けず劣らず、美人である。
「あれ? オリヴィアちゃん?」
「……アンジェリカ。アンタが最近ご執心の相手って、そのおっさん……?」
おっさんとは、失礼な少女である……、ジオの見た目が年齢よりも老けていることを加味しても、初対面の相手に遠慮なくおっさんと呼ぶとは……。
礼儀以前に人としてどうかと思うが……我を忘れるほどの衝撃だったのだろうか?
ずんずん、と大股で近づいてくる少女、あらため、オリヴィア――。
彼女はアンジェリカをジオから引っぺがし、
「もしかして、これが俗に言うパパ活……!?」
「違ぇよ! 血は繋がってないが、兄妹みたいなもんだ。
同じ施設で育ったからな……、家族同然の相手に金を払って一緒にいてほしいなんて言うわけねえよ――誤解を招く言い方をすんな」
……お金の貸し借りはしているし、小遣いも渡してはいるが、断じてパパ活ではない!
「それがいずれ、妹とは見なくなるものなのよ――そして男の中に眠る獣が起きて……アンタはアンジェリカを襲って――っっ」
一人で想像して盛り上がったオリヴィアが、自身の体をぎゅっと抱きしめる。
「……ひっ!? アンタは遠慮がなさ過ぎる!」
「想像の中で遊ぶなよ……」
「んー、ジオくんがそうなったら願ったり叶ったりだけど?」
素で首を傾げるアンジェリカの反応が火に油だったようで、オリヴィアがさらに加熱する。
「既に調教済みってわけね……、ここまでアンジェリカを心酔させるなんて……最低!
死ね、きもい! ごーかんまぁっっ!!」
最後の一言はオリヴィア自身、よく意味を分かってなさそうなイントネーションだったが……、彼女の過激な印象もよく分かる。
アンジェリカがジオに好意を向けていることは、やはり普通はあり得ないことなのだろう……年齢差もあれば、冴えないジオに美少女のアンジェリカが惚れるところが、現実味がない……。
人の心と感情に、一般的も普通もないかもしれないが、当事者であるジオは、オリヴィアの戸惑いに納得できる。
ジオもオリヴィア側である……普通じゃないのだ。
半年も同居していながらも、アンジェリカは一向に冷めてくれない。
それとも引くに引けなくなったとか? ……いや、器用でないアンジェリカが、興味を失くしてもそれを取り繕って見せているとは考えにくいから、ちゃんとまだ好意があるのだろう……。
いつまで続くのか……もちろん、嫌ではないけれど。
「騙されてるわよ、アンジェリカッッ!!」
「うるさいなぁ……」
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