第4話 サリーザとの出会い
肩までかかった黄緑色の髪の毛先は、ややウェーブがかかっている……ジオは若者の流行りの髪型には詳しくないので分からないが、調べてみれば、それはリッチウェーブと言うらしい。
彼女の、肩を出した大胆な格好は目のやり場に困るが、思春期ならともかく、今のジオは大人になってしばらく経つ……。
胸もまだ出ていない小娘に誘惑されて、ほいほいついていく趣味はなかった。
翼王族だけあって可愛いことは認めるが、所詮は年下……ガキである。
翼王族特有の金色の瞳に射抜かれて少しだけ、「う、」とかかとが下がったが、翼王族という存在に畏怖を感じただけで、彼女自身を見て怯えたわけではない。
翼王族がなぜこんなところに? と思ったが、親がいない子供を預かる施設が近くにあるのだから、保護されたということだろう……。
ジオが施設にいた頃は翼王族の子供はいなかった……、その時期は、『見つかった翼王族』は鑑賞用として王族のコレクションに加えられるか、人攫いに見つかって、連れていかれ、商品としてパッケージされるかだったから……。
村の小さな施設に保護されるような翼王族はいなかったのだ。
老若男女関係なく、翼王族であるだけで価値は跳ね上がる。
神と言われる存在がなぜこうも人間たちに利用されているのか、と言えば、翼王族側にも問題があると言えただろう。
人間は翼王族を畏怖しているだけで、信仰はしていない……一部、いるかもしれないが、所詮はマイノリティである。
だから、手が届く範囲に落ちてきた翼王族は、近くで見れば神でもなんでもなかった。最初から神に最も近いと言われているだけなので、神ではない……。
神の代理人――翼王族自体には、神の力は宿っていないのだ。
畏怖がなくなれば翼王族はただの翼が生えた人間である。美男美女であり、それだけであれば友好関係も築けただろうが、翼王族はみな、威圧的だったのだ。
こんな風に。
「お前……」
ジオの肩に、少女のつま先が触れた。
裸足、である。
翼を使い、飛んでいたから靴なんて必要ないのか?
「汚いおとこね」
「悪いな、ろくに
「この先にはこどもが集まる施設しかないわよ。道を間違えたんじゃない?」
ぐぐ、とつま先で押してくる少女の足首を、片手で払いのける。
「合ってる。俺の用は、その施設だ」
「……の、くせに……っ」
「?」
「人間の手でわたしにさわるなっっ!!」
真上から振り下ろされたかかとが、ジオの脳天に直撃し――、彼の脳内で星が散る。
力の入れ方がなっていない少女のかかと落としなので、威力はかなり控えめだが……それでも弱点である頭に落ちれば一瞬だけ意識を持っていかれる……。
戦い慣れているジオでさえこうだ。
当たりどころが悪ければ、人によってはこのまま死ぬこともあり得る。
「このやろ……っ」
すぐに復活したジオ。
彼は大人げないと思いながらも、宙にいる彼女の足首を掴んで引き倒す。
ばささ、と翼を揺らしたことで多くの羽根が抜けて周囲に散った――。
「ひゃ!?」
地面に落ちた翼王族の少女は、上に覆い被さるジオを睨みつけ……――この状況でもまだ睨み続けるとは、度胸がある。
いや、翼王族であればたとえ組み伏せられても、自身が上にいる、ということを主張し続けるか?
数多くの翼王族が人攫いの被害に遭っていても、態度は変えない……、変えられないのかもしれない。
上に君臨し続けていたという自負が、敗北を認めたくない……? それとも細胞レベルで染みついた固定概念なのかもしれなかった。
「……わたしを捕まえて、売るの? 見世物にするの? それとも……――ッ、あんたなんかに股を開くと思わないで! するくらいなら舌を噛んで死んでやるんだからあっっ」
やけに商品事情に詳しい少女だった。保護される前に色々と見てきたのかもしれない……それとも同伴していた仲間に教えられたか?
ただ、死んだところで、翼王族の死体にはまだ利用価値がある。彼女が嫌がっていた股を開くこともそうだ。
死んでしまえば、美女の『ガワ』を持つ人形の出来上がりだ。死体でもいいから欲しいと手を挙げる者は多い。
正しい処理をすれば、生前よりも綺麗に残すことが可能である。
さすがにそこまでのことを教えられてはいないようだった……、死ねば人間の思い通りにはならないと思っているところは、まだまだ子供か。
「がるるる……!」
と、ジオを威嚇し続ける少女は体に力が入り過ぎている。こんな状態では、緊張が続いて疲労が溜まっていくだろう。
何時間もこのままでいるつもりはないが、もしも実行すれば最初に音を上げるのは彼女だ。
やはり、拘束した程度では負けを認めることはしないか……。
言葉をあらためる気もなさそうだった。
……そういう環境で育ったのだから仕方ないとは言え……、まったく違う人種の前でそれが当然であるかのように偉そうな態度を取り、人間を見下すような言動をすれば、数で優位に立つ人間たちが翼王族を襲うのも無理ないだろう。
正当防衛、とは言えないが……、先んじて潰す、という動機であればギリギリ認められるか?
最初こそ、翼王族を利用した商売やただの快楽のために『使う』ことはしなかった……、敵対者をどう制圧するかに主軸が置かれていたのだが――気づけば目的が変わっていた。
制圧した、という意味では本来の目的は達成しているのだろうが……、今の主軸は翼王族を悪者に設定することで、その他の結束力を固くすることだ。
人間と人間もそうだが、人間と土竜族の結束力も、だ。
同時に、翼王族への強い差別が生まれてしまってはいるが……。
「俺は人攫いじゃねえよ――別の地区でデリバリー・エンジェルをやってる。まあ、ただのしがない配達員だ……同時に、今お前が保護されてる施設の卒業生だ。何年も前だが、俺も保護されてたんだよ。だから……帰ってきたんだ。……先生、死んだんだろ?」
「…………」
先生、という言葉に反応し、少女の目がうる、と濡れていく。
強がって思い出さないようにしていた記憶の栓を、すぽっと抜いてしまったか?
悪いことをした……と反省すれば、少女が視線を逸らす。
「横にすると涙がこぼれるぞ」
「泣いてないんだけど」
「垂れてるけどな。拭ってやろうか?」
「うっさい!!」
彼女の膝がジオのみぞおちに入り……、
「うごぉお……っ」と悶絶するジオをちら、と見ながら少女が立ち上がる。
「泣いてないんだけど」
「わか、分かった、っての……っ!」
肩にかかった黄緑色の髪を片手で払い、
「……施設にくるんでしょ、早く立てば? 案内してあげる」
と、さっきの反発が嘘のように優しくなった少女が、ジオを手招いた。その優しさは嬉しいが、しかし数年ぶりとは言え、村の様子が変わったわけではないし、ジオも忘れたわけではない。施設の場所くらい分かる。それとも移転したとか?
「場所が変わってないなら、俺でも分かるぞ?」
「…………(せっかくこのサリーザさまが歩み寄ってやったって言うのに……っ!)」
ぼそっと言ったつもりだろうが、ばっちりと聞こえている。
「自分のことを様付けして呼ぶのは翼王族の常識なのか? あの人もよく言うんだよな……あの人特有かと思っていたが、お前までそうなら種族からしてああなのか」
「……わたしとこうして喋れているの、本来なら奇跡だからね?」
「はいはい、奇跡だな」
「あ・し・ら・う・な――っっ!!」
翼を広げて威嚇してくるが、綺麗であって、攻撃性はまったくない。
……威嚇になっていなかった。
「しょうがねえだろ、もう今は、翼王族は神でも神の使いでもない。ただの翼が生えた人間なんだからな。……お前はその翼王族の、子供ってだけだ――特別扱いはしねえよ」
「……ふん。特別扱いはしない、ね――」
含みがある言葉だった……、それもそうである。
翼王族は差別されている……、
それが特別扱いと言えば、そうだろう。他人とは違う扱いなのだから……。
「期待しないでおくわ」
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