第3話 地元へ帰省

「うん。さすがに緊急を要する荷物は別の子に任せたけど、今からでも間に合うところはジオ配達員に残しておいてあげたからさ……切り替えていってこい。

 願掛け結社サンタクロースは休業だ、今から君はデリバリー・エンジェルの従業員である! 走れ若人!」


「もう若くねえぞ!? 無理したら俺だってあっさりと壊れるってことを理解してくれ!」


 脱ぎ捨てた制服と落ちていた帽子を拾って配達員に早変わりだ。

 建物の下にまとめていた荷物へ走って向かう。長い階段を下りて、カゴの中身を見れば……、まだまだある。

 重たいものが少ないのが助かったが、小さな荷物であろうと一件である。小物が多いと回る件数が増えるので視覚的に嫌になってくるのだ……。


 重たい荷物が三件くらいならまだ楽だったのに――。


「足が止まってるぞ、ジオ配達員!!」


「あの人は……っ、人の苦労も知らないで!!」


 せめていつもみたいにころころと呼び名が変わってほしいものだが、今に限れば何度も何度も配達員と呼ばれている……、仕事から逃げるなと言われている気分である。


 事実、そうなのだろうけど……。


 願掛け結社サンタクロースは裏の仕事であり、表向きはデリバリー・エンジェルである。裏を意識するあまり、表を蔑ろにしていたら結局、裏の仕事に影響が出る。

 ネムランドが人間の王族と結んだ契約には、デリバリー・エンジェルの成果も関係しているのだから。


 翼王族の人権を得るためには。


 表の仕事を認められながら、裏の仕事で仲間を保護していく――。


 このサイクルは、途切れさせてはいけない。


「あんたについていくと言ったのは俺だからな……弱音を吐いても諦めたりはしねえが……」


 嫌な顔をしても本当に投げ出すつもりはない……にしてもだ。


 少しくらい、臨時ボーナスくらいは欲しいと思ったジオだった。




 ――かつて、翼王よくおう族は神に最も近い存在として、人間よりも上位に君臨していた。


 上空……雲の上の浮遊島――通称・『大翼場だいよくじょう』である。背中に、片翼で一メートルにもなる翼を持つ美男美女が、薄っすらと透けた衣服を身に纏い、生活していた。


 神、とまで言われている彼、彼女たちからすれば、素肌を晒すことや大事な部分が見られることに、抵抗はないのだろう。

 生まれた時からそういう環境であれば、見られること自体に、恥ずかしい、などの感情なんて湧かないのだろうか……。人間からすれば考えられない生活だった。


 翼王族の生活を実際に見た者はいないが、絵や物語などで描写されていることは多々ある……、裸に等しい姿での生活は、答え合わせの時に、まったくの間違いではなかった、と証明された。


 ある時、上空に浮かんでいた浮遊島が、落ちたのだ。――原因は分からない。人為的なものなのか、自然に発生した災害のようなものなのか……。

 人の手でなければ神の審判なのだろうか……それは人為的と言ってもいいのか?


 ともかく、原因はなんであれ、浮遊島は雲の上から地上へ落下した。

 人間の世界へ侵入する。

 海のど真ん中に落ちたことで、幸いにも点在する国が崩壊することはなかったが……、起きた津波によって多くの命が失われた……。

 大ダメージを受けた国が他の国に飲まれる事例は少なくない。


 そしてそれは、遥か昔のことではない――。




 ジオ=パーティは、旧知の知り合いから一報を受け、無理やり休みを貰った……、一応、雑談程度に話したのだが、上司のネムランドが、


「育ての親が亡くなった!? なんでそれを早く言わない! そして、どうして休みが欲しいと言わないんだ! ジオ=パーティ、君は育ての親の死に顔も見ないつもりか!?」


 と、胸倉を掴まれて説教をされ、無理やり休暇を取らされた……そして、今である。


 ジオ=パーティは地元に帰ってきていた。

 だが、故郷、というわけではない。

 たぶん、生まれた場所は他なのだろうが、記憶にはなかった……、物心ついた時にはこの村にいて、施設で多くの兄妹姉弟きょうだいたちと共同生活を送っていた……。


 その時に、長いこと面倒を見てくれたのが、育ての親であり……施設の先生である。


 彼女が数日前に亡くなった。

 病気だったらしい。


 事故や事件に巻き込まれたわけではないだけまだマシか……、死んでいるのに『幸い』にも、とは言いたくはないが……。他殺でないだけ良かった……良かった、と言うのもまずいか。


 大往生とは言え、死ぬことが良しとは思えない。


 少なくとも、まだ施設にいる子供たちからすれば、親の死は衝撃的で、重たいはずだ。


 そして、ジオもまた、地元へ帰るのは足が重い……。

 帰りたくないわけではないのだが……、素直に白状すれば、子供が苦手だ。


 ジオと歳が近い知り合いは既に施設を出ているだろうし、今施設にいるのは見知らぬ子供である……、どう接すればいいのか……。

 普通に接すればいいのだが……と分かってはいるものの、やはり気が重い。


 触れたら簡単に割れてしまうガラス細工のように繊細なのだ――特にあの子は。


 トラウマだった。

 近づくことを躊躇うくらいには。


「……年齢的に、二十歳……いや、まだか? 十九かそこらだろうなあ……」


 あの頃とは違う、とは言え、あっちもあっちで、たぶん思い出にはあるだろう……、年齢差があったとは言え、あの時はああ言うしかなかったし――。

 今でもあの言葉に嘘はなかったと自信を持って言える。


 それでもやはり、泣かせてしまったことは確かだ。


 あれきり、ちゃんと話もできていなかったし……、今更、蒸し返されることはないだろうが、だとしてもいきたくない方の気持ちが強い。

 それでも、育ての親の顔を最後に見るくらいはしないと、ろくな死に方をしなさそうだった。


 一生に一度だ、トラウマが嫌で逃げ出すわけにはいかない。


「運良くすれ違ってくれるといいけどな……、――アンジェリカ」




 長居する気はなかった。

 日帰りのつもりだ、なので荷物は最小限にしている。片方の肩にかけたカバンは一回分の着替えを入れたらぱんぱんである。防寒着の上着も入らないほどだった。


 育ての親の死に顔を見るだけだ、服装に気を遣う式に出るつもりはないから、動きやすい私服だった。たとえプライベートでも、動きづらい服装は控えるべきであるが……。

 仕事柄、意識してしまうことだった。


「変わってねえな」


 ……久しぶりに帰ってきた。

 現在、ジオが住んでいる地区は建物ばかりが多く、自然が少ない……。

 工場と住宅地、事務所が立ち並ぶ鉄の森である。


 比べて、帰ってきたこの地区は緑が多い……、柵の中にいる動物が元気に走り回っており、広大な敷地を使った畑には野菜と果物が実っている……。

 販売用と自家用とで分けられており、買うよりも安く美味な食材が豊富な村だった。


 確か他地区では有名なブランドで売り出されているのではなかったか……? 食べ慣れたジオからすると、ほとんどの野菜が不味く感じてしまう……、不味い、は言い過ぎか。

 味が薄い、濃いなどの違いを感じてしまい、食べられたものじゃなかった。


 なので食生活はもっぱら、栄養ドリンクに傾きがちだ。一応、上司のネムランドが気が向いたら作ってくれてはいるが、お世辞で美味いと褒めるくらいである。


 ジオもそうだが、お互いに料理が上手でないことは自覚がある。


 もしも自炊をするならこの村の食材でないと難しい……。育ての親の死に顔を見にきたつもりが、気づけばどう食材を分けてもらおうかと考えていたジオだ。


 言えばくれるだろうか? 施設の卒業生とは言え、何年も帰っていないのだから、不審者と思われてもおかしくはない。せめて育ての親がいれば……、まあ、仕方ない、死人に口なしだ。


「とりあえず、施設に――」


 懐かしい景色を見ながら広々とした道を歩いていると、目の前を横切る白い羽根があった……、見慣れた翼王族の、翼の……?


 珍しいものではないが、しかし、なぜここに?


「……、あ」


 上空。


 太陽の光を遮る位置に、地上にいる翼王族にしては珍しく、体からはみ出すほどの大きな翼を持つ少女がいた……。

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