空っぽ

 夢が死んでからの湊斗の心には、ぽっかりと深い穴があいたようだった。


 それは周りから見ても一目瞭然で、まるで魂が抜け落ちたかのように気力を失っていた。


 しばらくは学校にすら行けず、自室に閉じこもるばかり。


『修学旅行、楽しみだね!』


 そう夢が満面の笑みで行っていた修学旅行は、彼女が行くことは叶わず、湊斗も行くことを拒否した。


 何もしたくない。


 色々な気持ちが混ざりあって、湊斗の脳は考えることを放棄した。


 まともに食事すらとらずに引きこもったため、湊斗はたった1週間で見るからにやつれてしまった。


 体重は3キロも落ち、水分すらあまりとっていないせいか声はガラガラになっていた。


 ようやく動き出せた湊斗は、ふらふらと自室から出てリビングにあるソファに沈む。


「湊斗、ご飯作るけど……どうする?」


 気遣うように言う母親に、湊斗は静かに頷き返した。


「少しだけ……食べる」


 湊斗の言葉を聞いた母はぱっと表情を明るくさせ、急いで調理に取り掛かった。


 何もする気力も湧かない湊斗はただぼーっと時間が過ぎるのを待った。


 母に呼ばれ席に着くと、目の前に湯気を纏うお粥が置かれた。


「最近まともに食べてないし、胃がびっくりしちゃうからこれね。食べたいものを出せなくて申し訳ないけど……」


「ううん、ありがとう」


 少し乾いた声で感謝の言葉を述べると、震える手で粥をすくいゆっくりと口に運ぶ。


「ゔっ……」


「湊斗!?」


 湊斗は口元を手で押さえ、急いでトイレへと駆け込んだ。


「ヴォウェッ……ヴエッ……ハァ、ハァ、ハァ……」


 夢が死んだショックとストレスから、しばらくこの状態は続いた。


 それは1ヶ月程経つと落ち着き始め、それからは普通に学校へと通えるまでに回復。


 しかし、湊斗の心の穴が埋まることはなかった。


 それからの湊斗は勉強に没頭した。


 勉強をすることで、夢を失った悲しみと混乱などの気持ちを紛らわすためだ。


 その成果か湊斗は都内の有名な大学に合格し、無事高校を卒業することができた。


 高校の卒業式には夢の両親も参加し、そこで夢が死んでから初めての再会をした。


「久しぶり。元気にしてるかしら?」


「はい……お久しぶりです」


「ふふっ、夢が今のあなたを見たら惚れ直すんじゃないかしら。あの有名な◇◇大学に受かっちゃうんだから」


「だな。それにすごくかっこよくなったよ」


「ははっ、そんなことないですよ」


「いいえ、とてもかっこよくなったわ。それじゃ、大学でも元気に頑張ってね」


 そう口にすると、夢の両親は踵を返し出口へと歩きだした。


 しかし夢の母親は何か言い忘れたとでも言うように、夢の父親を残し引き返してきたのだ。


「もし大学で他に好きな子ができたら、絶対に大切にするのよ。夢と同じくらい。いえ、それ以上に大切にしてあげなさい。約束よ?」


 そう言う夢の母親の目は涙で潤み、今にも涙がこぼれそうになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る