偶然

 皆が待ちわびる夏休みは特に進展のない形で幕を閉じた。大盛りあがりの体育祭も、リレーで盛大に転ぶという死にたくなるような思いをして終了したのだった。


 その後も彼女とプライベートで遊ぶことはなく、いつも通りの雑談をするだけの日々が続いていた。


 残りの行事といえば――文化祭。


 その文化祭も残り1ヶ月を切っており、準備も着々と進められていた。


 そんなバタバタとした時期の休日。湊斗は特に用事もないのに近くのショッピングモールに足を運んでいた。


 そこはお店も充実しており、暇つぶしには充分な場所だった。


 家が暇で出てきたのに、することが何もないな。……ゲーセンにでも行こうか?


 取り敢えず行き先を決めた湊斗は、目的地まで歩を進める。そしてふと、聞き慣れた声が湊斗の名前を呼んだ。


「もしかして、佐々木くん?」


「え…如月さん!?」


 声の主は、学校でしか話したことのなかった如月さんだった。


 驚きで声がひっくり返りそうになるのを寸のところで耐える。そんなことは知らない如月さんは、いつもの明るい笑顔で駆け寄ってきた。


「やっぱり佐々木くんだ! 学校以外で会うの初めてだよね。私服の佐々木くん新鮮ー」


「だね」


 その私服、すごい似合ってる。


 そんな言葉は、湊斗の口から発せられることはなかった。とてもじゃないが恥ずかしすぎて言えない。


 さらっと言ってのける人を見ると、凄いなと思うのと同時に、羨ましいという思いも出てくる。


 自分の気持ちが素直に言えないのは、妙にもどかしかった。


「今日は1人?」


「うん」


「そうなんだ、あ、ちょうど良かった。今からちょっと付き合ってくれない?」


 そう言う如月さんに連れられてきたのは、洒落たカフェだった。


 湊斗にとって親とは来たことがあるものの、友達とは一切来たことがなかったためか妙に緊張してしまう。


「佐々木くんは何がいい?」


「じゃあカフェラテを…」


「オッケー。カフェラテと、ピーチクリームモカのクリーム増し増しで!」


「サイズはどうされますか?」


「ピーチクリームモカはMで…」


 如月さんは店員さんの質問に答える。そして如月さんの視線に気づいた湊斗は、慌てた様子で「同じのでっ」と口にする。


 そして商品を受け取った湊斗達は、店内の席に腰を下ろした。


 美味しそうに飲んでいる如月さんを前に、「可愛い」という言葉が頭に浮かぶ。しかし一旦その言葉を振り払い、湊斗は不安気な表情で彼女に話しかける。


「やっぱり自分の分だけでも払うよ。流石に奢らせるのは……」


「いいんだってばっ。付き合ってもらってるわけだし、大人しく奢られててよ。ね?」


 このカフェオレは、如月さんの奢りだった。最初は抗議をしたのだが押し通されてしまい、今回もだめだった。


 湊斗は大人しくそれを口にし、「うま…」という言葉が漏れる。


 その様子をニコニコと微笑みながら見てくる如月さんに、鼓動がリズムを速める。これ以上鼓動がうるさくなる前に、湊斗は話題を振った。


「そういえば如月さんのそれ、期節限定のやつだよね」


「そう! 飲みたかったんだー」


「俺も今度飲んでみようかな」


 そう口にし、湊斗も自分のカフェラテを飲み始めた。


「また……2人で来る?」


「ん、なんか言った? ごめん、飲むのに夢中で……」


「あ、ううん、何でもないよっ。邪魔してごめんね」


「いや、それは別にいいんだけど……」


 彼女の言葉が聞こえず、訊いたのだがはぐらかされてしまった。


 湊斗は彼女の表情を見ようとせず、聞き取れなかった言葉について考え込んでしまったのだった。

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