【休載中】最後の夏は真夜中に

天羽ロウ

彼女との出会い

 多くの人が通る道である高校受験を乗り越え、今年の春、佐々木湊斗は晴れて――高校生となった。


 入学式を終え、待ちにまった登校日。


「…………」


 大きく、圧さえ感じる校舎を、ぐるりと取り囲む柵。その柵と繋がる学校の出入り口である校門。それを前に、湊斗は立ち尽くしていた。


 入学式の時とは違い、他学年も集まる今日は、比にならない程の生徒達が門を抜けていく。


 今日、今この時から、この学校に3年間も通うことになるのだ。


 気圧される湊斗の背中を押すように、優しい風が背から通り抜ける。彼の柔かそうな黒髪が、ふわふわと風に乗った。


 期待と喜び、そして大きな不安。そんな様々な気持ちが入り混じった複雑な心境で、これから3年間通うことになる高校へと、一歩、足を踏み入れた。


 校門を潜ると、目の前には入学を祝わんとするように咲き乱れる、立派な桜の木々が立ち並ぶ。


 桜の木は昇降口へ真っ直ぐと伸びる、道の脇に等間隔に並んでおり、ピンク色に染まった花びらは昇降口へと向かう生徒の頭上でひらひらと舞い散っていた。


 その花びらは地面にも彩りを与え、新しい学校生活の始まりとしては完璧ともいえる光景である。


 そんな光景に湊斗は心踊らせ、楽しい青春の日々学校生活を思い描いていた。


(ここが、1年間使う教室か……)


 いざ自分の割り振られたクラスの前に立つと、先程のルンルンな気分から一転、不安が洪水のように押し寄せてくる。


(友達ができなかったらどうしよう)


(クラスに馴染めなかったらどうしよう)


(こうだったら、ああなったらどうしよう)


 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。


 真っ黒な前髪の下では、紫の瞳が不安気に揺れ動く。


 立ち止まっていても、どうにもならない。そう思った湊斗は、意を決して教室の扉を開く。


 黒板に貼り出されていた座席表で自分の座席を確認し、その席へ内心ビクビクさせながら歩を進めた。


 真ん中の列の、一番後ろの席が湊斗の席だった。その前に着き、湊斗は椅子へと手をかける。


 まだ慣れない自分の席に座ると同時に、隣の席へちらりと視線を向けた。


 そこには、机に肘を置いて頬杖を付き、教室を眺める1人の女子生徒が座っていた。


 彼女の胸あたりまで流れる明るい茶色の髪は、サラサラと肩から落ちている。


 目に少しかかるほどの前髪は程よく切り揃えられており、その目は退屈そうに細められている。長いまつ毛の隙間から見える青空のような青い瞳は、吸い込まれそうなほど綺麗だった。


 彼女は美少女という訳でも、特別可愛いわけでもない。たが、湊斗の目には輝いて見えたのだ。これが俗に言う『』というやつだったのだろう。


 湊斗が思わず見惚れていると、不意に彼女と目が合う。


「どうしたの?」


 そう口にする彼女は、湊斗の顔を見ながら柔らかに微笑んだ。


 これが彼女――如月夢との出会いだった。

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