ヒト違い
深夜翔
第1話 迷子探し
「おーい!ハナー?」
深い森の奥に男の声が響く。
「ハナー?逃げないでー」
どうやら、逃げ出した何かを追っているようだ。
男の手には懐中電灯、真夏なのに黒い上着と帽子を被っているのは、初めから森の中に入る事を想定していたからか。
「ハナ……何処に行ったんだ?」
男は随分長い間探していたのだろう。
足は泥だらけで、表情からは濃い疲労が見受けられる。しかし、歩だけは止めることなく森の奥に入っていった。まるで、何かに引き寄せられるように。
「……なんだ…ここ」
こうして歩き続け、見つけたのは大きな館だった。
――森の洋館。
そう呼ぶに相応しい立派な館は、近づくまでその存在に全く気が付かなかった。
もう何年も人が住んでいないだろうと思われるボロボロの外観に、ドアも無造作に開き放たれている。
「まさか…この中に?」
さすがの男も恐ろしさを感じる。
塀越しに中を覗くと案外綺麗な庭。多数の植物が風に揺られて動いている。中央の噴水は枯れ、どこの明かりも付いていない。
「廃墟……か?」
人がいなさそうな事を確認した男は捜索のためその庭に侵入し、開いていた扉を潜って建物内に入った。
「大きいな。こんなところに来てないと良いが。怪我でもしてたら大変だ」
男は端の部屋からしらみ潰しに探して行くようだ。この館は系3階。部屋は1階毎に数十部屋ある。
「ん?開かない…」
一番端の部屋の扉を開けようとしたが、何かがつっかえていて開かない。男は不思議そうにそこから離れ次の扉を押し込む。すると、こちらは簡単に開く。扉を押すこと自体は間違っていないらしい。
その扉の先は、大きな食堂になっていた。
横に長い部屋の中央には、これまた横に長いテーブル。椅子は等間隔に並べられている。
テーブルクロスのかかったテーブルの下を覗く男。
「暗いな。懐中電灯付けてても見えにくい」
手元の明かりで奥まで続くテーブル下を満遍なく確認した。
「ちっ、蜘蛛の巣がすごい。この部屋には来てないか」
鬱陶しそうに下から這い出ると、もう一度辺りを見渡して部屋から出た。
更にその部屋の先の扉に手をかける。
「……鍵?」
何かが引っかかる感じではない。
ドアノブを確認した男は、そこにあった鍵穴を見て納得。さすがに鍵のかかった部屋には入れないだろうと、そのままその前を素通りした。
その後、男は1階の部屋を全て見て回ったが、半分は鍵がかかっており、それ以外は特になんの変哲もないただの一室にでしかなかった。
誰かが入ったと言う形跡も無い。
一通り見た男は、入口の目の前にあった階段を上がり二階へ移動した。
「ハナー?いるのかー?…って、酷いなこの階は」
二階は一階よりも埃まみれで、窓ガラスが割れていたり、腐って抜け駆けている足場がある。
「ここは危険だ……ん?」
そこで男は、割れて落ちている窓ガラスの1箇所を見て違和感を覚えた。
「…この割れ方……」
それは、単に割れて落ちた以上の砕け方をしていた。まるで、落ちた後、何かが上を通って砕けたかのような不自然な割れ方。
「ここに来たのか……」
ようやく見つけたそれらしい痕跡。
階段を登ったすぐの窓ガラス。
どちらに行ったのかまでは分からなかったが、誰かが来たという証拠にはなる。
男にはそれだけで捜索を続ける理由になった。
どこも一階と比べて酷い有様で、男は不安を募らせる。彼女がもしも怪我でもしていたら…と。
奥に行くのには時間がかかると考えた男は、一番手前の扉が半分壊れている部屋に入った。
中は一階同様客室のような、ただの一室といった様相。あちこちがボロボロである以外の変化は無いように見えた。
「ここにもいないか…」
そう呟いて戻ろうとした時。
ガシャンッッ
大きな音が頭の上から聞こえてきた。皿の入ったタンスが倒れたような轟音。
「上かっ」
焦りを含んだ声を発し、男は急ぎ上の階へと向かった。男が出て行った後の事。
ギギギギ………
部屋の奥にある男が開けなかったクローゼットが、重い音をたてて開いていた。
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