Episode7:日常のリビングテーブルから

 リビングテーブルを中心に、食欲を唆る香りが部屋中に溢れ出す。少女は香りの方向に目がけて、全速力で足を運んだ。


「おじさん!もうご飯できたのー!?」


 目を輝かせながら、熱い視線をラーカスに向けてくる。あしらう様にラーカスは言う。


「できたけれど、キミは今日の分の勉強終わらしたのかい?」


「ちょうど今終わらしたよ!」


 ドヤ顔で胸を張り上げ、手を腰に添え、これでもかと言わんばかりに、少女は威張った。


「それは良かったよ。それじゃあ、手を洗ってきなさい」


「はーーい!」


 走り去る少女の姿からはラーカスには見られない若々しさを感じられる。ラーカスはそんな姿を目で追うのだけで精一杯だった。


 ラーカスが料理を運び終わるころには、手を洗い終えた少女は利き手の右手にスプーンを力ずよく握り、席にしっかりと座っていた。少女の表情は期待で口角が吊り上がり、口からは軽くよだれが垂れていた。ラーカスは期待に応えるように、中央に置かれた鍋の蓋を開き、部屋に広まった料理の香りの正体を明かす。


「シチューだー!!シチューだー!!」


「今よそうからね。焦らない、焦らない」


 大皿によそがれたシチューとパン、そして芋と豚肉をガーリックで炒めた料理を前に少女とラーカスは手を合わせる。


『いただきます』


 ものすごい速さで料理を口に運ぶ少女を、ラーカスは微笑ましく眺めていた。と同時に、『これが成長期の子供の食欲なのか』という関心と驚きが脳内を駆け巡り、気づけば食事は終わりを迎えていた。


『ごちそうさまでした』


「うーーーん!おいしかった!!いつも美味しい料理をありがとーーおじさん!」


「そんなに喜んでくれて私もうれしいよ」


「あのさーおじさん!また今度でもいいんだけどさー………私に料理を教えてくれないかな?」


「これまたどうしていきなり?」


「お父さんに料理をご馳走してあげたいの!!」


「それはとてもいいアイデアだね」


「でしょ!でしょでしょ!!仕事をいつも頑張ってるお父さん、きっと疲れてると思うの!だから私の料理でその疲れを消し飛ばしてあげたいの!!」


「キミは本当にお父さんが大好きだね」


「お父さん大好き!でも、それと同じくらいおじさんも大好きだよ!」


「それは嬉しいことを言ってくれるね。それじゃあ、明日にで――――りょうり――――おし――――え――――か」


「おじさん?最後なんて言ったの?」


「あし――――にでも――――りょ――――――――ようか」


「だから最後なあbgsざx言―――っじゃxば??」


 少女は呂律が回らなくなるとすぐに、視界が暗闇に包まれ、夢の世界に誘われる。


「明日にでも料理を教えようかと言ったんだ。と言っても、もう眠ってしまったかな?即効性の薬を盛ったはずなんだけれどな…………。効き目が明らかに遅かった。これが人体実験の影響なのだとしたら…………」



 ・・・・・・・・・・・・・・・



 眠りに落ちた少女。その眠りに夢の形はなく、ただひたすらに、だだっ広い暗闇が広がる。その場所に差す一筋の暖かな光。少女の脳は覚醒する。


 目をつむった状態で察するに、机の上に頭を伏せた状態で眠ってしまっていたようだ。肩からは薄手の毛布が私を包むように掛けられていた。おじさんが掛けてくれたのだろう。だが、暖かさの正体は毛布だけではない。顔に浴びたことのない暖かさがある。私はゆっくりと目を開き、その正体を確認しようとする。


「眩しい……」


 目を開けた先には今まで感じたことのない光。その光は別に痛かったり、目が開けられない眩しさという訳でもない。朗らかな暖かみと、目が少し霞むくらいの光。次に私はゆっくり体を起こして周りを確認する。そして思わず驚愕する。


「ど……こ………ここ?」


 驚きが無意識に言葉に漏れる。私の瞳に映るすべてが未知の景色で、状況を全く掴むことができない。ただ、明らかなことは、私がとは作りが全く違う木造の家であることだ。


「もう起きたのかい?」


 戸惑う私の背後から、聞き馴染みのある優しげな声が聞こえてくる。振り返ると頭の中に思い描いていた人物が居た。


「おじさん!!」


 未知の場所に対する恐怖が消え去るのは早かった。気が付くと私の表情は笑顔になっていた。


 笑顔になった私を見て、おじさんはハッとした表情を浮かべた。そして何かの想いが突然込み上げてきたかのように、おじさんは私に急いで駆け寄って、その大きな体で私の小さな体を抱きしめた。


「もう大丈夫……!大丈夫!もう……苦しまなくても大丈夫だから…………!あんな痛みに耐えなくても大丈夫だから………」


 私は思わず呆気にとられた。おじさんのこんな姿、こんな声、こんな言葉を聞いたことはなかったから。そして、私はそのとき感じ取っていた。おじさんの大きな体が小さく震えていたことを。


「もう………もうキミは……自由なんだ………!もうあんな場所にいなくてもいいんだ………!もうあんな奴をなんて呼ばなくていいんだよ!」


「どういうこと………?おじさん………?」


 窓辺から差し込むの光が二人を優しく包み込む――――。

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