愛しみは悲しむ、朽ちても朽ちぬ

一凪(ひな)

第1話 ばあちゃんからの写真


〜あらすじ〜


「こんな身体になっちゃってごめんね」

そう呟いたばあちゃんの姿が頭から離れないまま、

私は大人になった。


その時に声を掛けられなかった後悔。

今でも心の奥に残っている。


そんなある日、

家でとある封筒を見つける。


___________________________


「貴子ー、どこ行くんだ?」


父から声を掛けられ、靴をつっかけながら返答する。


「ばあちゃんのところ! 父さんも行こ。どうせ暇してるんでしょ?」


「おいおい、決めつけるなよ……」


そうボヤいたが、


「……そうだな。しばらく、会いに行けてなかったからな」


そう言うと、そそくさと準備をし始めた。

一緒に玄関を出て、ゆっくり目的地に向かう。


「そういえば、珍しいじゃないか。お前が平日に実家へ帰ってくるなんて」


「有休消化しろって言われたから、適当に取ったの。

……まあ、やることもないし、ばあちゃんにも会いたかったからさ」


「そうか……お袋も喜ぶよ」


父がそう言って笑う。

でも、その笑顔はどこか寂しげだった。



近所のお寺に着くと、真っ先に水汲み場へ向かう。


「おいおい。バケツの水、そんなにいらないよ」


「え? だって花立の水、あんまり入ってないんじゃない?」


暫く来てなかったんでしょ? と問うと、困ったように眉を下げる。


「夏じゃあるまいし、そんな溢れるほどはいらんだろう……」


「もう……私が持っていくからいいでしょ」


「まったく、お前は相変わらずだなぁ」


社会人2年目になっても、

親の前ではどうしても子供っぽくなってしまう。


良い風に言えば……家族の前では、ありのままでいられる。


その中でも、祖母は特別だった。

たくさんの、愛情を貰った。



ふと思い出に浸りかけた時、父に声を掛けられて我に返る。


「線香買っていくから、先に行ってくれー」


「はーい」


ここの神社では、お線香が束で売られている。

返答しながらバケツを持つ。

その瞬間、私はさっきの行動を後悔した。



「やっぱり、水減らしていこ……」


___________________________


お墓に着き、花立に水をやる。

コポコポと音を立てて、容器を水が満たしていく。


「なによ。意外と冬でも無くなるじゃん。……父さんの嘘つき」


ブツブツと文句を言いながら、2本の花立に満遍なく水を足していく。

それを終え、墓石の前にしゃがみ込む。


「久しぶり、ばあちゃん」


こうして墓参りをするのも久しぶりだった。



「待たせたな。あっついから気をつけろよ」


火がついたお線香の束を父が持ってきた。

3段ある階段を上がると、私の隣にしゃがみ込む。


「お袋……本当に努力の人だったな」


慣れた手つきでお線香の巻紙をペリペリと剥がしながら、

父が話し始めた。


「うん。7年、だっけ。病気と向き合ってたの」


「7年……か」


父が噛み締めるように呟く。


脳梗塞で倒れてからの7年間、

祖母は毎日のようにリバビリに励んでいた。


辛い事も多かっただろうに、

前向きに病気に向き合う姿は、私に勇気をくれた。


私も頑張ろう。

……そう思えた。


「そうだ。ばあちゃんがリハビリを頑張れた理由、知ってるか?」


「え?」


初耳だった。


あの強さには何か理由があったのか。


「えーと、貴子が6歳の頃だったかな……。補助輪なしの自転車に乗る練習をしててさ。もう最初の方は転んでばっかりだったんだよ。でも、何日も何回も諦めずに挑戦して、やーっと乗れるようになったんだ」


「ぜんっぜん覚えてないけど……。私にもそんな根性あったんだね」


少し照れくさくなって目線を落とす。


「それをお袋がずっと覚えていたみたいでな。たかちゃんのあの姿にずっと支えられている、私も頑張らなきゃって、ことあるごとに言っていたよ」


「…へえ」


鼻の奥がツンとする。


「どうして教えてくれなかったの?」


「お袋、ああ見えて照れ屋だからさ。お前には言わないでくれって口止めされていたんだ。ごめんな。」


「なんで謝るの?」


「まあ、なんていうかな。もっと早く伝えていれば、

何か変わっていたかもしれない。……ふとそう思っただけだよ」


「何か、変わっていたかもしれない……」


その言葉を聞いて、私はとある出来事を思い出す。


「どうかしたか?」


呆けている私の顔を心配そうに覗き込む。


「ううん。なんでもない」



そう。私には心残りがあった。


その気持ちに向き合う為に、実家に帰ってきたのではないのか。


でも、向き合うのが怖い。


これはどうしようもなく、揺るぎない事実。


「まだ、1年も経っていないからな。色々考えてしまうのは仕方がないさ」


「……そうだね」


祖母が亡くなって暫くしてから、

父が仏壇の前で1人で泣いているのを見たことがあった。


子供のように泣きじゃくる父の背中は、一回り小さく見えた。


家族もそれぞれ想いを背負っているのだと、

その姿を見て胸が痛んだ。


「はい。貴子の分な」


「ありがとう」


父からお線香を受け取ると、香炉にそっと添える。

考えがまとまらないまま、時だけが過ぎていった。


___________________________


「こんな身体になってしまって、ごめんね」


7年前。

車椅子に乗ったおばあちゃんが、私にこう言った。

快活だった祖母の思わぬ言葉に驚き、目線を上げる。


初めて見る、弱りきった姿。


倒れてからずっと、気持ちを吐き出すのを我慢していたのだろう。

私にはとても耐えられる光景ではなかった。


俯いた顔から滴り落ちる涙に胸がキュッとなる。


「………」


何も、言えなかった。



今この瞬間は……何を言っても傷つけてしまうような気がしたから。


「みんなに迷惑掛けて、情けないったらありゃしないよ」


この言葉が本心なのだと痛いほど伝わってくる。


そんなことない……!


私たち、家族でしょ?


喉元まで迫り上がってくる言葉は、口から発っせられることなく消えていく。


私に出来ることはなんだろう?



私は何を、してあげられるだろう。


………

……


「はっ……!」


思わず飛び起きて周りを見渡す。

……ここは、自分の部屋だ。


また、この夢。


冷や汗が頬を伝う。


「ふう……」


けたたましく鳴る携帯のアラームを止め、

一息つく。

祖母が亡くなって以来、定期的にこのシーンを夢で見るようになった。


いつも目が覚めるのは同じタイミング。


泣いている祖母に何も言えない私。



あの時、私はどうすれば良かったのだろう。



鬱々とした気持ちを抱えながら、

リビングに降りる。


ふと、いっぱいになったメールケースが目に入る。


「どーしてこう、溜め込むかね」


呆れながら整理を始める。


すると、

見慣れない古い封筒が下の新聞の間に挟まっていた。


手にとって舐め回すように観察する。


手紙にしてはやけに厚みを感じる。


そっと封を開けて中身を確認すると、

15枚程度の写真が入っていた。


そっと取り出し、1枚目を確認する。



そこには……

生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて笑っている祖母の姿があった。


そして、写真の裏側のザラッとした手触りに気付く。


恐る恐る裏に返す。

すると、そこにはコメントが書かれていた。



『たかちゃん、誕生! 生まれて来てくれてありがとう』


「えっ……これ、私?」



写真に写っている赤ちゃんは、私だった。


そして……。

書かれた文字から感じる快活なおおらかさは、

祖母そのものだった。


懐かしくなり、文字を指でなぞる。


「……そうだ。これ、ばあちゃんの字だ……」


思わず笑みが溢れていた。


自転車に乗っている写真もあった。


その裏には、『天晴! さすが、私の孫だ! よく頑張ったね』

と書かれたいた。


これが、祖母の支えになってくれていた私か。


「ふふっ……。ばあちゃん、孫のこと大好きすぎでしょ……」


笑いながらも目の前の景色が、じわりと滲む。



神社の前で祖母が私を抱いて微笑んでいる写真。


歩き始めた頃の私の背に優しく手を添える祖母との写真。


私の成長過程を記した写真が次々と出てくる。


必ず後ろには、手書きのコメントがあった。


祖母はひたすら見守り、私を愛してくれていたのだ。



「ごめん……」


大好きな祖母が一番苦しんでいる時、何も言えなかった。


それが私の、心残りだった。


「ごめん……ね……。ばあちゃん……。

あの時に何も言えなくて、本当に……ごめん……」


写真の中で幸せそうに笑っている。


その姿を見て、涙がとめどなく溢れてくる。


「私、何か返せたかな……」


もう答えが返って来ない質問を、思わず呟く。


写真に震える手を重ねる。


涙が写真に、手へ滴る。


これからの人生、

こんなに愛されることなんてもうないだろうな。


そう思えるくらい愛が深い人だった。


その証拠がしっかりと私の手の中にある。


「会いたい……。ばあちゃんにもう一度でいいから……会いたいよ……」


もう会えない。


伝えられない。


そう割り切ることで、

気持ちに整理をつけたつもりになっていた。


でも、そうではなかった。


私はずっと怖がって、

「想い」が見えていなかっただけなのだ。


後悔も無くなったわけではない。


でもその代わり、時間を掛けて向き合っていこう。


それで、想いが生まれたら伝えよう。


祖母のことを胸に、自分の人生を歩いていく。


それが、私に出来ることだと思うから。


「ずっとずっと、大好き」



シンプルだけど、これが一番伝えたい言葉。

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