第14話
翌日、いつにも増してセシリアへの視線が厳しい……いや、もう視線だけで自分を射殺さんとする、殺意満載のルーサーと、相対して上機嫌のミルフォードの正面で……セシリアは青褪めた顔で朝食を摂っていた。
結局ブルードラゴンは人に牙を剥いたとされ、処罰が決まった。しかし卵は保護対象となり、動物研究者に委ねられ自然に返されるのだそうだ。
これで領地の人間は胸を撫で下ろしているようだが、不思議とセシリアの後味は良くない。
(あれだけ怖いと思っていたのにね……)
残された卵を思い浮かべては、セシリアはそんな思いに駆られていた。
因みにセシリアに元気が無いのは、そんなドラゴンの結末に憂いを覚えたから、だけではない。
ザカリーが困ったような、けれどどこか嬉しそうな様子でそれぞれの顔を見回した。
──昨日、セシリアは子供たちと部屋に閉じ込められ、数時間子供二人の相手をしていた。
怯え、泣く子供たちをあやして宥め、ようやっと落ち着いてきた矢先にミルフォードに呼び出された。
その前はブルードラゴンとのやりとりがあった。山を登り神秘の力を使い──……だからセシリア自身、自分で気付かないままに背負い込んでいた疲労と緊張があったのだが、間の悪い事にそれが解けたのがミルフォードの寝室であったのだ。
固く結ばれた手が緩むまではと待っている間に、セシリアはうっかり睡魔に負け、その場でうたた寝をしてしまった。
気付けば空は茜色から夕闇に染まっていて、驚き慌て部屋を飛び出したところで、扉の前で話し込んでいた、ザカリーとモーリスに出くわしたのだ。
ハッと息を呑む二人に向けてセシリアが急いで口を開く前に、二人は妙に明るく、それでいてよそよそしい口調で風呂と夜食を勧めてきた。
『あのね……!』
ミルフォードが寝付くまで手を握っていたのだと弁明を口にしようとするも、二人から先を聞きたく無いとばかりに会話を遮られてしまう。
『いや、その……では私は何も見なかったという事で……っ』
『いやあの、ちょっと!』
逃げるように立ち去るザカリーの背に声を張るも、当然彼は振り返る事もなく……
ぐるりと振り返った先のモーリスを睨みつければ、盛大に目が泳ぐという、明らかにおかしな挙動でセシリアは思わず顔を真っ赤にして叫んでしまった。
『ちょっと! 何を考えてるのよ! 何も無かったってば!』
……それが極め付けだったらしい。
屋敷の廊下の真ん中で。
護衛もメイドもいる中で。
モーリスの顔が青を通り越し白くなるのを見て、セシリアは慌てて自身の口を塞いだのだった。
──未婚の男女が閉じられた空間で二人でいるだけでも貞操を疑われる──
それが寝所で、しかも長々と過ごしてしまったセシリアは、ミルフォードと同衾したという、とんでもない目で見られているのである。
そしてそれをミルフォードは爽やかに否定した。
『私が公女の評判を貶めるような真似をする筈が無いだろう? ただ彼女は私の負傷を嘆き、傍でずっと愛を囁いてくれていただけだよ』
余計な一言を添えて。
『──は? ちょ、違っ、違うわよ!!』
(愛なんて囁いていないわ! ただ語っただけじゃない! フィリップ様をまだ諦めていないんじゃないかとか疑うからっ、だから──)
必死で手をバタつかせるも、あらあらまあ、なんていう声でも聞こえそうな生温かい眼差しに囲まれ──セシリアは焦りに益々何も言えなくなってしまった。
涙目になって真っ赤になるセシリアと、落ち着いた様子のミルフォードを見比べて、どうやら彼らの中で何か得心のいくものがあったらしく……その話はそれでしまいになった。
……セシリアにはとても不本意な形で──
嫌味ったらしい溜息が前から降ってくる。
ジロッと視線を向ければ忌々しそうなルーサーがセシリアを一瞥してからミルフォードに労しげな眼差しを向けた。
「兄上、あまりご自分の価値を下げるような真似はおやめ下さい。婢女に情けを掛けたなどと、あらぬ噂が広まればご自身の負担になるだけですから」
(……コイツ、どういう意味よ!)
手に持ったグラスを握る手に力を込めれば、ミルフォードはいつもの笑顔のままルーサーに向き直る。
「勿論、そんな事実は欠片もない。私と同じように、ルーサーも私を信じてくれているだろう?」
それを聞いたルーサーの顔がパッと明るくなる。
「はい! 勿論です!」
「そうか、分かってくれて良かった。私の近くに婢女などいないからね」
「……っ」
表情を無くしたルーサーは、再びセシリアをひと睨みしてから席を立った。
「俺はこれで失礼します。……元よりこの国への滞在期間は一日でしたので、このまま国に一足先に
……この件とはどの件の事やら。
最早ブルードラゴンなど、彼にとっては路傍の石程度の存在感しかなさそうだが……
「そう、ご苦労だねルーサー。君の働きにはいつも感謝しているよ」
「……はい、ありがとうございます。兄上」
どこか肩を落とす様子のルーサーを見つめ、セシリアは黙考する。
……とりあえず、彼のあの様子では、セシリアなどどうでもいいとして……いや、どうでもよくはないのだけれど……不利になるような報告はしない……と思う。
それよりセシリアも父や国王に報告をしなければならない。……ならないのだが……
半日前にミルフォードが送ったという、父たちへの報告書──その返信が今朝セシリア宛にも届いていて、何故か「もう頼むから、大人しく花嫁修行でもしていてくれ!」……というものだったのだ。
アドル国は大丈夫かもしれないが、自国フォート国は盛大に勘違いをしているようだ。
(……なんて事!)
戻れば怒号と共に頭上に落とされるだろう父の拳を想像し、セシリアは思わず頭を撫でた。長年の経験から受ける前から既に涙目になってしまう。
それにこれに親の涙まで加われば、娘として居た堪れない事この上ない。
加えてもし父が、ミルフォードとの噂を誤解でもしたらと思うと気が気では無い。
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