第10話


 赤に近い茶の瞳がセシリアを射抜く。

 黒髪に加え、黒の上下に外套姿は部屋の片隅に佇む死神のようだ。差し色のロイヤルカラーが血のように鮮やかに際立って見える。

(本当、ミルフォードと真逆の印象よね)

 確か年齢はルーサーの方がずっと下だが、固い表情のせいかその違いは分かりにくい。


「……あら、レディのいる部屋に音もなく入り込むなんて無礼な男ね。あなたこそ品位というものを感じないわ」

 

 突然の来訪者へと冷ややかな視線を送るセシリアに、双子が両脇からしがみついた。

 子供たちはルーサーの纏う剣呑な雰囲気が怖いようだ。ミルフォードの纏う柔らかな雰囲気とは見事に対照的で、子供受けは悪いらしい。

「兄上は何故こんなのがいいんだ?」

 ルーサーは舌打ちと共に何事か呟く。しかしそんなルーサーの独り言などどうでもいい。セシリアは表情を変えず静かに口を開いた。


「ミルフォード殿下はどうしたの?」

「それはお前には関係のない事だ」

 すげなく返すルーサーにセシリアの眉間に皺が寄る。

 そもそもここに最初に訪れるのはミルフォードだと思っていた。それなのに……


「倒れたの?」

 そう口にすれば今度はルーサーの眉根が僅かに寄った。予想通り、ミルフォードは力を使った事で身体に負担が掛かっているのだ。

 思わずルーサーの背後のドアに視線を走らせれば、それを阻止むようにルーサーが身体の位置をずらした。

「お前は兄上にとって害でしかない」

「なんですって?」

 感情のままに声を荒げるも、ルーサーの温度は変わらない。その表情は顔を合わす度に見るそれと同じ、セシリアを厭うものだ。


「どうやって兄上に取り入ったのか知らないが、不遜な輩がチョコマカと。ただでさえご苦労の多い身であるというのに、お前の存在が兄上を苦しめている」

 セシリアは眉間の皺を深めた。

 意味が分からない。

 そもそも一方的に呼びつけてくるのはミルフォードであって、セシリアから押しかけた事など無かった。 どうやら第二王子の目は節穴のようだ。今度陣中見舞いに目に良いらしいベリーを大量に送りつけてやろう。


 それにしてもこの二人、仲が悪いのでは無かったのだろうか。いや、今はそんな事、どうでもいい。セシリアは内心で首を横に振る。

「あなたの意見などどうでもいいの。そこをどいて頂戴。ミルフォード殿下に会いにいくわ」

 セシリアは挑むようにルーサーを睨みつけた。

 きっと深層の令嬢なら彼の言葉と態度に動けなくなってしまうのだろうけれど。


「私を誰だと思っているのかしら。曲がりなりにもこの国の王位継承権を持つ公女で、国王陛下に正式に任命されたドラゴンの慰問官なのだけど? 賓客であるミルフォード殿下に障りがあったというのなら尚更、状況を確認するべきでしょう。あなたが私をどう思おうと勝手だけれど、私の責任まで取り上げる権限などない筈よ。……そこをどきなさい」


 ルーサーから叩きつけられる嫌悪を真っ直ぐに受け止めて、セシリアは大義名分で殴り返す。そうなれば感情論の方が部が悪いのは当然で、ルーサーはバツが悪そうに視線を逸らした。

 セシリアは首を横に振り、ふぅと息を吐いた。


「それに私もミルフォード殿下もお互い何とも思ってないわよ。何を心配しているのか知らないけれど、ありえない邪推はやめて頂戴」

 やれやれと言ったふうに口にすればルーサーは怪訝な顔をして首を捻った。

「……いや、兄上がお前などを相手にする筈はないのは当然だが、お前は違うだろう。完璧な兄上が近くにいる幸運に舞い上がり、身の程知らずな邪心が芽生えるのは必然。ならば弟の俺が懸念せず、一体誰が立ち塞がるというのだ」

「…………ちょっと」


 セシリアの口から意図せず低い声が漏れる。

 色々とツッコミたい要素はあるが、取り敢えずルーサーのミルフォードに対する評価がおかしい。そして兄弟仲も噂とは違う。目の前にいるのは間違いなくお兄ちゃん大好きなブラコンである。


 ……それにしても、あの嘘臭い笑顔に完璧を見出すなど、やはりこの男の目は節穴である。大至急良質なベリーをその両目に塗り込めてやらねばなるまい。


 そんなセシリアの目付きが剣呑になったタイミングで、ルーサーの後ろのドアが開いた。


「失礼します、姫さん。あ……」

 意表をつかれたような声が部屋に余韻を残す。

 ジロリと振り返るルーサーに一瞬だけ目を見開いて、けれどモーリスは直ぐにセシリアに向き直った。

「ミルフォード殿下がお呼びです」

 その名にぴくりとルーサーの頬が強張る。大好きな兄が自分に声を掛けたのが気に入らないに違いない。

 それを見たセシリアはこれ見よがしにニヤリと笑みを零した。

「ええ、今行くわ」


 そもそもルーサーの事などどうでもいいのだ。

 双子の事をモーリスに任せ、セシリアは背筋を伸ばしルーサーの前を通り過ぎた。

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