第5問 むり、しんどい

 逃げようとした私は、つまずいた。そして運動神経おばけのユウが、とっさに腕を引いたときたら、ふたりしてもつれ込むのは必至。

 ベタなラブストーリーなら、何かしらのイベントが発生する。そういう場面で、フラグは見事に回収されて。


「…………はじ、め?」


 顔を離したユウが、吐息のかかる距離で硬直する。そうして、自分が押し倒すかたちとなってしまった相手を目の当たりにして、声を震わせるんだ。


「違う、おまえは………もも、か……?」


 トドメの一言に、違いなかった。

 ろくに身動きの取れない『私』は、非力な身体を持て余し、ただただ、呆然とするばかり。


「なんで……いや、もうなんでもいい……もも、ももっ……!」


「やっ……!」


 きゅっと唇を引き結んだユウの、悲痛な呼び声が響き渡る。

 か弱い女子の力では、到底男子に叶うはずもない。

 ぐっと強い力にさらわれて、ぎゅっとまぶたを閉ざす。


「ダメだよ」


 だけど、次いで間近に聞こえたのは、あいつの声じゃなかった。


「ごめん、ユウくん。それ以上は、ダメ」


 そっと、まぶたを押し上げる。

 地面へ座り込んだままのユウに、見上げられている。

 いつの間にか抱え上げられていて、私を腕に閉じ込めたシュウさんは、いつも抑揚に乏しい声を低く唸らせていた。

 これは夢か。ううん。


「見守ろうって思ったけど……やっぱり無理。渡せない」


 痛いくらいの力強さは、気のせいじゃない。


「だってももちゃんは、僕の大好きな子だから。男の子でも、女の子でも」


 ちょっと震えたその言葉も、私の願望なんかじゃない。

 シュウさん自身の意思で、告げられたもの。

 沈黙。ふたりは、どれだけ視線を交わしていたことだろう。やがて、深い深いため息が耳に届く。


「だってよ。よかったな、もも」


「……ふぇ」


「おい、少しは喜べよ」


「むり……しんどい……」


「……んん? あら?」


 ここまで来て、なにかがおかしいことに気づいたらしいシュウさん。

 状況を理解していないのは、いまこの場で、控えめに挙手をしてきた彼だけだ。


「あの、えっと……どういうことでしょう?」


「どういうこともなにも」


 呆れたように、肩をすくめるユウ。


「あーだこーだ考える前に、惚れたやつはとっとと捕まえとけよって話、馬鹿兄貴」


「えっうそ、それじゃ、ももちゃん……」


「…………」


「ちょっ、黙んないでももちゃん!?」


「だから、むりなんですってば……」


 顔見れないの、恥ずかしいの。

 言わせないでよ、わかるでしょ。


 つまりは、だって。

 この……にぶちんめ!

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