第229話 装備調達 2


 「ふむ?」


 宅配便のお兄ちゃんが、随分と苦労してでっかい箱を我が家に運び込んで来た。

 ご苦労様、正直すまんかった。

 何かを注文した記憶は無いので、どこぞの誰かが送って来た代物なのだろうが……なんこれ?

 とかなんとか思いながら宛名を見てみれば、そこには俺の実家の住所と親父の名前が。


 「まぁぁた、変なモノ送って来た訳じゃねぇだろうなぁ……」


 思いっ切り顔顰めながら、容赦なく段ボール箱を破壊する。

 その中にあったのは……。


 「……何故浴衣、しかも俺の分だけ」


 まあ百歩譲って子供たちから祭りの話を聞いて、気を効かせたというなら納得しよう。

 しかし、この付属品はなんだ。


 「そして般若……じゃなくて鬼の仮面か? なんじゃこりゃ、ハロウィンじゃねぇんだぞ」


 はっきり申し上げると訳が分からない、コレを見てハロウィンという発想が出て来るのも意味が分からないが。

 まさかとは思うがコレを被って祭りに参加しろとでもいうのだろうか?

 赤黒い高そうな塗料で塗られた二本角の鬼の仮面。

 いつか見た天狗ジジィの仮面みたいに、鼻から上しかないタイプのヤツだ。

 仮面舞踏会か何かかな? とか思っちゃうよね、こういうお面。

 しかし鬼。

 さらにきっちり裏側にはウチの家紋が描かれているし。

 自信作だよ、見て見て! みたいなノリなんだろうか。

 馬鹿野郎、こんなもん被って祭りに行ったら子供泣くわ。


 「ありゃ、まだあるし。そして手紙……って、こっちは俺宛じゃねぇ。人を仲介に使いやがって」


 箱の底にはいくつかの木箱が敷き詰められており、表面には生徒達それぞれの名前が達筆な文字で書かれていた。

 全員分は無いようだが……喧嘩になったらどうするんだ。

 せっかくなら全員分用意しろよ。

 そんな事を思いながら、中に入っていた手紙を開けようとして……手を止めた。


 「おい……俺には説明なしか?」


 封筒の表側に『巡ちゃん辺りに読んでもらいな。浬は見るんじゃないよ? あと、仮面は必要ない限り被らない様に』なんて言葉が書き綴られている。

 誰が被るかこんな仮面。

 はぁぁと大きなため息を溢し、名前が書いてある生徒達に次から次へと雑な内容のメールを送り始める。

 『お前らに荷物、俺んち。来れる様なら来い』

 普通教師の親から、生徒に荷物が送られてくる時点でおかしいよなぁ……なんて、今更過ぎる疑問を持ちながら再び大きなため息を溢した。

 まあいいや、せっかく貰ったのだ。

 次の祭りはコレを着ていこう。

 鬼の面は……保留という事で。

 そんな事を考えながら、届いたばかりの鬼の面をベッドの上に放り投げるのであった。


 ――――


 「それで、呼び出された訳ですが」


 「来ました」


 無表情コンビが、静かに俺の前に正座しておられる。

 その他面々も思い思いに俺の部屋でくつろいでいる訳だが。

 おかしいな、黒家はまだしも鶴弥を呼んだ覚えは無いのだが。

 そんな俺の視線に気づいたのか、スッと手を上げた鶴弥が口を開く。


 「天童先輩の代わりに受け取りに来ました。腫れは引きましたけど、まだ実家でお説教があるそうでして」


 「あいつも大変だなぁ……」


 事故を起こしたのだ、実家に顔を見せて無事な事を知らせる必要はあるだろう。

 ていうか一人暮らしだったのかアイツ。

 なんて事を思っている内に、鶴弥はスッと木箱を俺に向かって差し出してきた。


 「天童先輩から預かってきました、彼のご家族からだそうです。“いつも大変お世話になっております、今後ともご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします”との事です」


 保冷バッグから取り出されたソレは、未だにひんやりと冷たい。

 スンッと音らしい音もなく蓋が開けば、そこには……。


 「こ、これはっ!」


 「私も中身は見てないので何かは知りませんが、“お早めに”って言ってましたよ?」


 白い光が反射する程にも感じられる、分厚い霜降り肉が……そこには滞在しておられた。

 ま、まさかコイツは……伝説の黒毛和――。


 「早瀬! 早瀬はおらぬかぁ!? ちこうよれぇい!」


 「はいはーい、なんですかぁ?」


 キッチンからパタパタとスリッパを鳴らしながら、エプロンで手を拭っている早瀬が慌てた様子で戻って来た。

 そして手に持った危険物を、彼女に向かって無言で差し出した。


 「あぁーえっと、お? 随分と凄そうな物を……この厚さだとステーキかなぁ?」


 「ステーキ!」


 「えっと、もう作っちゃって良いですか?」


 素晴らしい、今日は霜降りステーキだ。

 未だ困惑気味の早瀬は受け取ったお肉様を手に持ち、再びキッチンに戻って行った。

 もしかして、天童の家もお金持ちだったりするのだろうか。

 すげぇ、教師っていっぱい美味しい物が食べられる職業だったんだ。

 鶴弥のお爺ちゃんからも、度々頂き物してるし。


 「全く……夏美にも荷物が届いているというのに。本格的な話は食事の後にしますか?」


 呆れた瞳を向けてくる黒家が、大きなため息をつきながらそんな事を言ってくるわけだ。


 「別にそんな御大層なモンじゃねぇだろ。どうせどっかの土産とかじゃねぇか? ホレ、コレとコレがお前ら。んで、こっちが端っこで固まってる男連中の分な」


 「す、すみません」


 「楽しみです」


 何やら居心地悪そうに部屋の隅へと移動していた上島と、ソレに付き合っていた黒家弟が帰ってきて木箱を受け取った。

 確かに女子率が高いからな、男連中は居心地が悪いのかもしれん。

 まあ何でもいいけど。

 ていうかホント、こんな御大層な木箱に包んでくるとか何を考えているのだろうか、あの両親は。

 見栄張っても仕方がないじゃないか。


 「センセー、ウチのは?」


 「おう、コレだ」


 目の前に居るメンツとしては最後となる渋谷に向かって木箱を差し出せば、彼女は嬉しそうにソレを受け取った。

 残るは早瀬の分のみ。

 お判りいただけただろうか、一年女子二人の分が無いのだ。

 この場に二人を呼んでいたら、絶対泣かれるよね。

 なんで!? って空気になるよね。

 今度から土産を送ってくる時は、もう二人分追加だって言っておくから。

 今回だけは許してやってくれ。

 あ、でも鶴弥の分も無かったのか。

 なんで?

 お袋達、鶴弥の事は知ってるよな?

 なんて事を考えている俺を他所に、各々は木箱を開け始めるのであった。


 ――――


 木箱を開けると、最初に目についたのは一枚の便箋。

 開いてみれば、随分と綺麗な文字で御義母様の言葉が綴られている。


 『挨拶は省かせてもらうよ? まずは各々に送った品物の説明から。巡ちゃんには特に、教えておいた方が良いだろう? 各自に道具の説明は書いておいたが、必要なら説明してやっておくれ。今回は蔵に残っていた物の在庫処分みたいなもんだ、気にせず使い潰しておくれよ? むしろ残っちまった方が面倒だ』


 そんな飾り気のない言葉に、思わず微笑みが漏れる。

 その後には様々な道具の説明と注意事項、今回送られてきた“道具”全ての情報が書かれていた。

 彼女が作った訳ではないモノも含まれているらしく、注意事項もかなり多い。

 そして最後に。


 「先生、お義母様から送られてきた手紙が他にもあった筈ですよね? 見せてください」


 「お前……その呼び方どうにかしろ。ホラ、これだよ」


 「どうも」


 手紙に書いてあった“浬の為の道具”とやらの説明文は、別の手紙に書いてあるらしい。

 その手紙を受け取って見れば、私達に送られたモノと同じ便箋が一つ。

 飾り気なんて何一つない、真っ白い便箋に私に読んでもらえと言う文字が記載されているだけのモノだった。


 「開けさせて頂きます」


 「どーぞどーぞ、俺には読む権利は無いみたいだからな」


 どこか不貞腐れた様子の先生を横目に封を開けてみれば。


 「――っ!」


 思わず眼を見張ってしまった。

 とてもじゃないが何故今更先生に“武器”が必要なのかという疑問もあるが、書かれている内容はもっと衝撃的だった。


 「先生、鬼の面はありますか?」


 「あぁ、送られてきた奴か? そこら辺にあると思うが……どした?」


 「お祭りに持って行くのは良しとしますが、絶対に気軽に被らないで下さい」


 私の言葉を不審に思ったのか、鶴弥さんが手紙を覗き込んでくる。

 そして、サッと顔色が青くなる。


 「浬先生。被っちゃ駄目です、コレ絶対」


 彼女の言葉を不審に思ったのか、彼は怪訝そうな表情で眉を顰めるばかりだ。

 そりゃそうだろう、こんな言葉だけじゃ説明にもなっていない。

 とはいえ彼にはだけは説明できない、そういう内容なのだ。


 「またオカルトか? 全くお前らは……裏面にはウチの家紋まで描かれてんだぞ? 明らかに最近作りましたぁっていうお面だろうに、何をビビッてんだ?」


 カラカラと笑う顧問を他所に、私達は顔を見合わせた。

 だって、書いてある内容が内容なのだ。


 『今回拵えた“鬼の面”は、過去に草加の人間が作った“面”と同じ手法、“術式”が組み込まれている。とはいえ今の時代の物だから劣化版だね、しかし“魅入られる”可能性は十分にある。元来“おめん”とは“つら”、つまりは模したそのモノを現す術具とされてきた。欺くのが“面”であり、言い方を変えれば誰でも“面”のソレになりきる事が出来るとされている。そして今回の面は“鬼”。相手方の被っている“呪具”、その面と似たような代物だ。呪具による力の底上げは出来ても、暴走する可能性もある。本当に不味い事態にならない限りは使わない事を推奨するよ。そしてもう一つ、その“面”に籠っている念は“敵”を駆逐するという“想い”だ。もしかしたら浬が“敵”と判断したもの全て排除しない限り止まらない可能性があるから気を付けな。もしもの時は面を叩き割ってでも止めておくれ』


 な、何を考えてこんな物を送って来たんだあの人……明らかにヤバい代物だろうに。

 相手方の面、といえば間違いなく“烏天狗”の面の事を指しているのだろう。

 アレの劣化版とはいえ、元を正せば同じような代物に違いないのだ。

 あの仮面がどれ程の“呪具”なのかは知らないが、多分ろくな事にならないだろう。


 「伊吹さんは何を考えているんでしょうか……今回の相手はそれくらい“危険な相手”と踏んでいるという事なのか。なんにせよ“腕”に対して強化パーツって……コレ以上無双させて何になるんですか」


 「“淵”に関して、私から報告しましたから……その辺りで思う所があったのかもしれませんね。とはいえ鶴弥さんの言う通り“コレ”を使う事態というのは、私達の生命の危険、もしくは絶対に勝てない相手と接敵した状態でしかありえません。それくらいに心配しているというか……懸念があると言った方が良いのでしょうか」


 いまいち察する事が出来ないが、今回の事件をお義母様はそこまで重く考えているのだろうか?

 確かに油断できない事は確かだが、切り札である“腕”の異能を底上げする程かと聞かれれば……そんな風には感じていないのだが。

 もしかして、私の見込みが甘いのだろうか?

 そんな風に感じてしまう程に、今回送られてきた物品の数々は異常だ。


 「とにかく被害が出ない様に、なんて考えてきましたけど。それどころの事態じゃないって事なんですかね。私達が考えているよりもずっと、悪い状況に足を突っ込んでいるのかも。黒家先輩はどう思います?」


 不安そうにする鶴弥さんから視線を逸らし、手に持った手紙にもう一度瞳を向ける。


 「確かに、そんな風にも感じられる文章ですが……もしかしたら試作品を送って来ただけなのかもしれませんよ? とにかく、“淵”にはなるべく関わらず相手を抑える。そこだけを考えましょう」


 「そう、都合よく行けば良いんですけどね……」


 「ですね……」


 明らかに警戒し、私達を守る為に送られてきたと思われる品々。

 そして、余りにも不安定と思われる“鬼”の面。

 昔の“草加”が作っていた仮面よりも、ずっと安心できる代物なんだろうが……それでもまだ不安要素が残っている。

 そんなモノを、伊吹さんが息子に対して送って来たのだ。

 彼女は“腕”の異能についても、これまでの彼の実績も全て知っている。

 その上での判断。

 それは、どう考えても警告以外の何物でもなかった。

 今の彼ではどうしようもない事態が起きるかもしれない。

 ソレはつまり、彼を抜きにした私達なんかでは手も足も出ないと言う事態を意味する。


 「今回ばかりは……というか、前回もそうでしたけど。本当に決死の覚悟になるかもしれませんね。鶴弥さん、部員達には改めて警告を出しておいて下さい」


 私の言葉に、鶴弥さんは静かに頷くのであった。

 と、ここに来て裏面に少しだ追記が書かれていると事に気付く。


 『妻が本題を書き忘れたので少し書き足します。その面は誰かが“淵”に落ちたり、“堕ちた”場合に使って頂きたく思います。息子の“異能”であれば死霊共の呪いも弾くでしょう。もしも子供達の誰かが間違って落ちてしまった場合、息子に面を被せて放り込んでくださいませ。アレなら“淵”でも死ぬことは無いでしょう、間違っても皆さんが踏み込まない様にご注意願います』


 文字が先程とは違う、こっちはお義父様か。

 そして先生の扱い……雑!

 “鬼の面”はただの事故った時の保険だという事が分かったから良い物の、被せて淵に放り込めって。

 信用されているのか、適当な扱いなのか……ちょっと判断に困るなコレ。


 「お待たせしましたぁ。どこの牛肉か知らないですけど、すんごい霜降りなステーキでーす。せっかくなんでレア、そしてお好みで岩塩とガーリックソースを後付けしてくださいな。他にも何かソース作ります?」


 「ヒャッホォォ!」


 楽しそうな所アレですけど、先生……お義父様から先生を突き落とす許可を頂きました。

 なんかもうどこまでが冗談で、何処まで本気にしたら良いのか分からない状況になってしまったが……。

 まあ、お義母様の手紙を読んだ後の考察は行き過ぎかもっていう余裕が生まれたのはありがたい。

 とはいえ警戒を怠るつもりはないが。

 なんというかまあ、出来る限りの事はしよう。

 そんな事を思いながら、改めて鶴弥さんと二人して大きなため息を溢してしまうのであった。

 ちなみに天童さんのお家から頂いたお肉様は、大変美味しゅうございました。

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