第198話 赤子 2


 コォォォン、と低い音が住宅地に響き渡る。

 とはいえそう大きな音ではない。

 多分音叉を鳴らしている部長の姿を目にしなければ、「ん? なんか聞えた気がする?」みたいになりそう。

 本人も音叉を指で弾くだけだし、昔みたいに叩いたりしていれば目立つんだろうけど。


 「やっぱりゴツイ……ていうかデカいって言った方が良いのかな? 昔のよりシャープだけど、武器みたい」


 部長の手に持ったソレは、一見刃物にも見えそうな代物。

 なので人目につかない場所に移動して、それから使用している訳だが。

 これがまた、一苦労。

 まだギリギリ夕方と言って良い時間帯だし、それなりに通行人はいる。

 流石に人前でこんな見た目のモノを持ち出す訳にはいかないから、仕方ないんだけど。


 「……終わりました、依頼人に連絡を。また何かあれば連絡をくれと言っておいて下さい、何も起きなければ自然と忘れるでしょうから」


 それだけ言って、部長は音叉をホルスターへ納めて歩きだす。

 もう次へ行くつもりなのだろうか。

 その後姿を慌てて追いかけ、手を掴んで引き留める。


 「ぶちょーちょっと待って、一回休憩しようよ」


 「何を言っているんですか、まだ始まったばかりです。皆も動いている以上、私達だけサボる訳には――」


 「皆は皆、ウチらはウチらのペースでやればいいじゃん。無理しても良い事ないって! ホラ、どっかで飲み物でも買って公園とかいこうよ! 近くにでっかい公園あったし」


 少々強引ではあるが、今だけは仕方がない。

 多分このペースで進めて行ったら部長がもたない。

 そんな風に思えてしまう程、酷い顔色だった。

 平然を装ってはいるが、とてもじゃないが放って置いて良い状態ではなさそうだ。

 やはり聞こえてくる声は、相当なモノなのだろう。


 「あ、ホラあのコンビニ! 新商品だって! もう流行りは過ぎ去った感あるけどタピる!? タピっちゃう!?」


 無駄に明るい声を上げながらコンビニへと部長を引っ張っていくと、後ろから諦めた様なため息が聞こえて来た。

 コレと言って抵抗する様子も無くなり、ちょっとだけ安心。

 しかし。


 「一つだけ問題があります」


 やけに深刻そうな声が聞こえ、思わず振り返る。

 すると部長は悲しそうな瞳で私の事を見上げながら、ソッと自らの胸に手を置いた。


 「あの飲み物を飲むには、少々……いえ、かなりバストサイズが足りません。落ちてしまいます」


 「……もしかして一時期流行った巨乳チャレンジしようとしてる? いや、あの飲み方特殊だから。私にだって出来ないよ、むしろアレが正しい飲み方だったら一部の人間以外購入不可だよ」


 思わず素の口調でツッコんでしまった。


 ――――


 「――はい、ですので頂いたお手紙の件は……はい、大丈夫です。今後また同じような事が起こった場合や、他に気になる事があったらこの番号に。えぇ、では失礼します」


 その後無事に例の飲み物を購入した私達は、渋谷さんの言っていた公園に到着した。

 すると彼女はすぐさま依頼人に連絡するからと言って、やけに遠くの方まで走って行ってしまった。

 までは良かったのだが……さっきから聞こえてくる声は一体何だ。

 私が“耳”の異能の持ち主じゃなかったら多分聞こえていないであろう距離。

 耳を済ませれば、やけに真面目な口調で喋る声が確かに耳に届いてくる。

 間違いなく渋谷さんの声、の筈なんだが違和感が凄い。

 いつもの間延びした喋り方でもないし、ギャル口調じゃない。

 え? 本当に渋谷さん?

 声が同じ双子のお姉さんとかそういうオチじゃないよね?

 なんて事を考えながら、手に持った飲み物を啜る。

 あぁもう、このつぶつぶが邪魔だ。

 飲みづらいったらない。


 「ぶちょー、連絡終わりましたぁ! あ、どうですかタピオカ。初だって言ってましたよね?」


 そんな声を上げながら、渋谷さんが戻ってくる。

 うん、いつも通りだ。

 さっきのは一体何だったろう。

 私の聞き間違い? いや、そんな馬鹿な。


 「あー、えーと……この粒々が飲みずらいです。カエルの卵じゃないんですから……」


 「ぶちょー、それが本体だよ……」


 あ、そういえばそうか。

 コレ抜いたらただの紅茶とかジュースになってしまう。

 余りにも予想外な出来事のせいで、おかしな事を言ってしまった。


 「まぁはい、えっと。おしいです」


 「惜しいんだ。一文字足せば満点だったのに、どの辺が合格ラインに達しなかったんだろう」


 色々ズレた会話を交わしながら、私達はベンチに座りながら良く分からない飲み物を啜った。

 徐々にくれていく夕日、段々と点灯していく街灯。

 そんな何気ないモノを見ながら、ゆったりと時間は過ぎていく。

 こんな事していて良いのだろうか、とか。

 皆頑張っているのに私達だけ、とか色々考えるが。

 なんとなく、今目の前に広がる光景ボーッと見ていた。

 責任感とかやる気とか、そう言ったものが溶け出してしまった気がする。

 何というか、物凄い脱力感。


 「最近、ゲームしてないなぁ……」


 「え?」


 ボソッと呟いたセリフに、渋谷さんが食いついて来た。

 いけない、別に話題として振った訳では無かったのだが。

 あまりにもこうしてゆったりする時間が久しぶり過ぎて、気が抜けてしまったのかもしれない。


 「あぁいえ、大した事じゃないんですけど。昔はオカ研皆で一緒にネトゲしたりしてたんですよ。部活が終わった後、それぞれ家に帰って。各々の時間を過ごした後、約束した時間に皆で同じゲームをする。そんな“普通”で、何でもない事が楽しかったんです。そういうの、最近やってないなぁって」


 「へー、いいですね! なんか面白そう!」


 ゲーム自体ならやっている。

 部室でやったり、スマホでやったりと色々だ。

 でも何となく作業感覚というか、楽しめていないというか。

 効率も何も求めずに、ただ皆で楽しむ。

 それが出来た日々が、昔はあった。

 単純に時間がないのもあるが、一番の原因としてはやはり……部長という肩書だろう。

 私がしっかりしなきゃいけない。

 次に何か起きた時、または今起きている事をどうにかしなければいけない。

 そんな感情にばかり流され、いつの間にかモニターに向かうより机に向かう時間の方が多くなっていった。

 決して間違いじゃない。

 間違いじゃないんだが……ちょっと疲れてしまったのかもしれない。


 「最初は、浬先生と私だけだったんですよ。でも、俊君が混じって黒家先輩も何となく参加して。あとは流れというか、勢いでした。早瀬先輩と天童先輩も誘って、最後には椿先生も興味を持ち始めたくらいで。結局やらなかったんですけど、今度皆で始めるときは一緒にやるって意気込んでました。でも、それも未だ叶わないままですけどね」


 話している内に、その記憶を思い返す内に。

 段々と視線が下がっていく。

 やがて私の視線は足元へと向かい、手に持ったプラスチックのカップで止まる。

 さっきまで飲んでいたドリンク。

 今までのメンツなら、多分こんなモノ飲まなかっただろう。

 それは新しいメンバーに変わったからこそ起きた変化。

 これだって悪くない、人が変われば環境も変わる。

 わかっているんだ。

 いつまでも同じ、似たような事例をずっと繰り返す訳じゃない。

 だからこそ。


 「……なんで、今回の相手は“アレ”なんでしょうね。いつもみたいに、意思がはっきりとした怪異だったら、苦しまずに済んだのに。害意を向けてくれれば、敵意を持ってくれたのなら……私も敵だと断言出来たんですけど」


 多分会話の繋がりとしては滅茶苦茶だ。

 渋谷さんは、もしかしたら混乱しているかもしれない。

 いきなりセンチメンタルな台詞を吐いて俯いてしまったのだ、おかしなヤツと思われたかもしれない。

 でも……。


 「さっきも聞えたんです、母親を求める声が。助けを求める声が。ただただ抱きしめてほしい、一緒に居たい。そういう願いが、私の“耳”に届くんです。祓えない訳じゃないんですけど、やっぱりちょっとキツイですね……」


 良い霊、悪い霊と判別する基準はなんだろうか。

 私の耳には、色んな声が聞こえてくる。

 恨み辛みの籠った、“引きずり込もう”としている声。

 こっちは危険だから行くな、あっちは危ないよ、といった注意を促し“救おう”としてくる声。

 本当に様々な声が聞こえてくるのだ。

 そして先輩達も、全ての怪異を祓おうとしていた訳では無い。

 あくまで自身に降り注ぐ悪意を払いのけ、危険と判断した怪異の住処を潰して回っていた。

 詰まる話、関わってこない怪異にはどこまでも無関心だったのだ。

 では、今回はどうなのだろうか?

 直接私達に関わって居る訳では無い、ただ依頼として間接的に関わって居るだけ。

 その状況で、善悪の判断も付かぬ赤子を消し去っている私は、一体何なのだろうか?


 「私達の行動は、果たして正しいんでしょうか? 無垢な赤子の霊さえも屠ってしまう私は、助けを……温もりを求めるその声を無視して、まるで作業の様に“想い”を殺す私の行動は、はたして傍から見た場合どう映るんですかね?」


 こんな聞き方はずるいと、自分でもそう思う。

 まるで同情を引こうとするような、答えの無い問答。

 私が一番嫌いなタイプの質問だ。

 だとしても、言葉にせずにはいられなかった。

 “あの声”を聴いた後では、自分のやっている事が正しいのだと自信を持てなくなってしまった。

 死んでいる事にさえ気づけず、母を求め甘えている子供もいた。

 身近に温もりが感じられず、泣き叫んでいる子供もいた。

 苦しみを叫び、親を捜している子供だっていたのだ。

 その全てを、私は祓った。

 相手の感情など無視して、聞こえないフリをして。

 私は音叉を指で弾いたのだ。


 「酷い人間ですよね。というより、母親になる資格なんか無いですよね……こんな風に、赤子の願いを無視できる人間なんですから」


 呟きながら、カップを握りしめた。

 ベコッと音がして、簡単に握りつぶされるプラスチックのカップ。

 あぁ多分、コレと一緒なんだ。

 私はアレを“人間”として見てはいない。

 元々がどうあれ、今は怪異。

 無機物として判断しているからこそ、私はまるで相手をゴミの様に――。

 パァン! と大きな音が聞こえた。

 急に響いた音に驚き視線を向けてみれば、両掌を合わせた渋谷さんがニコリと笑っていた。


 「ぶちょー、難しく考え過ぎですよ。ウチらは困っている“人”から依頼を受けて、その人達を助ける為に動いているんです。なのに色々考え過ぎて、前に進めなくなって。結局自分で自分を否定して納得させようとしてる。否定的な意見で自分を落して、余計に苦しんで。そんなの、つまんないじゃないですか」


 にへらっと緩い笑みを浮かべながら、彼女は私の空のカップを奪い取った。


 「ぶちょーみたいに“耳”を持ってたら確かにキツイと思います。ウチも“共感”を使ったら、めっちゃ戸惑うかもしれません。でもそれって、ぶちょーが生物的に正しい判断が出来ているからこそ、苦しいんじゃないですか? 母親の資格がどうとかって言っていましたけど、むしろ部長は“女”として正しい判断をしているからこそ、悲しいんじゃないですか? だって赤ちゃんですよ? そりゃキツイっすよ、可愛いもん。いくら怪異だよって言われても、迷いますよ」


 そう言いながら、彼女はゴミ箱に向かって歩き始めた。

 自身のカップと、私のカップを両手に持って。

 そしてゴミ箱の後ろに回ってから、私に笑いかける。


 「例えば、右手に持ったカップが部長の赤ちゃんだったとします。そして左手に持ったカップが私の赤ちゃん。そのどちらも、“怪異”だったとしましょう」


 急に、彼女はそんな事を言い始めた。


 「そのどちらかを選べ、と言われたら部長はどうしますか? どっちも死んでしまっています、幽霊なんです。いくらその声が“聞こえようと”、他の眼を借りて“姿が見えようと”、このどちらも帰ってこないんです。その時、部長はどうしたいですか?」


 そう言って、彼女は笑う。

 とても悲しい笑顔で。

 結局は例え話だ、それは分かっている。

 でも、それ以上の何かを抱えている様な。

 今にも泣きそうな笑顔。

 その笑みは一体どれ程の覚悟の元、私にどんな答えを求めているのだろうか。


 「私には、正しい答え何てわかりません。だから、こうしようと思います」


 二つのカップを、ゴミ箱に落す。

 それが彼女の中で、どういう結末なのか。

 とてもじゃないが、幸せな結末にはなっていないのは確かだ。


 「結局人は死ねば火葬されて、お墓に入ります。行きつく先は一緒なんです。だからこそ、身内でも何でも……“想い残し”があるからって、その辺にウロウロしていてほしくは無いと思うんです。他人様に迷惑まで掛けて、それでももう一度声が“聴きたいか”と言われれば、ウチはNOと答えます。静かに、安らかに眠って欲しいです。……それに! ウチは輪廻転生とか信じてるんで! 早く成仏した方が後々お得かなって!」


 わはははっと笑う彼女は、どこか無理した笑顔だった。

 きっと彼女自身、思う所があるのだろう。

 もしかしたら、ソレに近い経験をしているのかもしれない。

 だからこそ、彼女は語る。

 そして今も笑うのだ。

 それは、並大抵の覚悟では出来ない事だと思うのだが……。


 「輪廻転生ですか……なるほど。そう考えれば、早く送ってあげた方が良いと思えるかもしれませんね」


 「でしょでしょ!? それにぶちょーの音叉の音ってかなり綺麗だし、絶対気持ちよく成仏しますって!」


 何を根拠にそんな事を言っているのだか。

 なんて、思わず笑ってしまった。

 でもその言葉が、私に勇気をくれたのは確かだ。

 私達は、“祓って”いるのだ。

 決して、“殺している”訳では無い。

 きっと解釈の差というか、思い込みの領域だとは思うが。

 それでも、そう考えれば“輪廻転生”とやらが少しでも上手く行く気がして来た。


 「では、“活動”再会といきますか。いつまでも休んでいられません」


 「よっしゃ、サポートは任せておくんなまし!」


 良く分からない掛け声を貰いながら、私達は再び歩き始めた。

 薄暗い、どころか結構な暗さが蔓延る夜に差し掛かった道のり。

 さぁ、これからだ。

 私達への依頼は、まだ終わってないのだから――。


 「君たち、こんな所で何してるの? 補導する様な時間帯って訳じゃないけど、こんな暗がりじゃ危ないわよ? ちょっとお名前教えてもらっていいかな?」


 覚悟を決めた瞬間、背後から女の人に声を掛けられたんですが。

 誰だよ、空気読もうよ。

 しかも何か名前とか聞こうとしてるし、ちょっと怖いんだが。

 なんて事を考えながら振り返れば、そこには……婦警さんが居た。

 ポリスメンだ、いやポリスウーマン?

 悪い事してなくても、警察の人に声を掛けられるとドキッとしちゃうよね。


 「その制服、近所の高校だった筈なんだけど……えっと、君も高校生でいいんだよね? あ、もしかして一年生の子かな?」


 こちらに視線を向けながら、えらく失礼な事を言い始めた。

 慣れたよ、慣れましたよ?

 でも面と向かってこういう事言われると、流石に傷付くんですよ。

 いや向こうの事情的に、中学生だったら余計に心配なのは分かるんだけどさ。

 でも高校の制服って自分でも言ってたじゃん。

 そして1年生って事にして無理やり納得しないでいただきたい。


 「ぶ、ぶちょー……話には聞いてたけど本当に言われるんだね、こういう事。ウチらは慣れたと言うか、ぶちょーは先輩だーって感じするけど。喋ってる時の雰囲気とか無いとやっぱり歳下に見られちゃうんだね。南無」


 拝むな拝むな、そしてやっぱりってなんだ。

 更に言えば先輩だーって感じというのは、一体どういう感じなのか説明して頂きたい。

 遠回しに貶してる? うんうん、部長はちゃんと先輩ですよーみたいな慰めだったりする?

 もうヤダ、帰ってふて寝したい。

 なんて事を考えていると、婦警さんが急に驚いた顔で渋谷さんに視線を向けた。

 あ、そんなに先輩呼ばわりされた事が意外でしたか?

 非常に残念ですが、予想に反して本当に先輩なのです。

 信じてください。


 「え、あの……優愛ちゃん? え? 本当に?」


 何やら考えていたのと違うリアクションが返って来た。

 渋谷さんのお知り合い?


 「はい、正解でーす。この前ぶりです、冬華さん」


 そう言ってから、渋谷さんが笑顔で挨拶をかます。

 しかしながら婦警さん固まっちゃいましたけど、渋谷さん一体何したの。

 昔ヤンチャして、警察のお世話になった事でもあったの?


 「渋谷さん、実は元ヤンでしょっちゅう警察のお世話になっていた過去とかありますか? それが今ではギャルになって驚かれているとか、今そういう感じですか? ダメですよ、あんまり警察の方にご迷惑おかけしちゃ」


 「まって、まってぶちょー。ウチ警察にお世話になった経験とかないから、昔から良い子だから。ここぞとばかりに年上アピールしないで? 今なんか『一緒に謝りに行ってあげるから』みたいな顔してるじゃないですか」


 「大丈夫、今の時代電話一本で済む」


 「ただ通報してるだけじゃないですか! 優しさの欠片もない! あと警察をデリバリーみたいに言うの止めよう!?」


 なんて会話で騒いでいる内に、婦警さんは再起動したらしくコホンッと咳払いが聞こえて来た。

 なかなかどうして、長いフリーズだったが大丈夫なのだろうか。


 「優愛ちゃん本当にギャルやってたのね……髪型とかメイクとか変わってるから、最初気付かなかった……というか雰囲気が違い過ぎて」


 「えへへーそれほどでも」


 いや、今の褒められてる訳じゃないよね? 多分。

 婦警さんも何かため息ついてるし。


 「まぁいいわ。それよりこんな所で何してたの? もう暗くなって来たし、早く帰らないと危ないわよ?」


 仕事モードに戻ったのか、キリッとした表情で私達に視線を向けてくる婦警さん。

 確か名前は……冬華さんと呼ばれていただろうか。

 渋谷さんが最初にそう呼んでいた気がする。


 「冬華さん、こちらが部活ですよ部活。前にも話した通り“オカルト研究部”なんて名前なんで、むしろ暗くなってからが本ば――」


 「渋谷さんストップ」


 思わず彼女の口を押えてしまった。

 知り合いの様ではあるけど、まさか“オカ研”の事を話してあるのか。

 別に部活の事を部外秘にしている訳では無いが、如何せん相手が不味い。

 学校の方では浬先生が合宿という扱いで許可を取ってきてくれるが、警察相手ではそう簡単ではないだろう。

 稀にある深夜活動など知られてしまえば、一発アウトだ。

 しかも今の私達に、保護者扱いとなる大人が付いていないのも問題がある。

 問題になったら一番ヤバイのが、先生達の社会的立場な訳で。

 いくら形は合宿で保護者同行扱いになっても、限度というものがある。

 知られてしまえばまず間違いなく先生達が責められるだろう。


 「もう私達も帰る所です、ご心配おかけしました。ホラ、渋谷さん行きますよ」


 「え? あ、うん。それじゃ冬華さん、失礼しまーす」


 何やら状況が掴めていないらしい渋谷さんの手を引きながら、さっさとこの場を離れようとすると――。


 「ちょっと待ちなさい」


 やはり、止められてしまった。

 うーむ、良くない状況だ。

 深夜の活動の事さえ伏せておけば、そこまで大げさな事にはならないと思うのだが……。


 「なんでしょうか? まだ何か?」


 あくまでも無表情を装いながら振り返れば、怪しむような視線がこちらを向いていた。

 まぁ、ですよね。


 「家まで送るわ、もう暗いし。このまま行かせて、心霊スポットにでも出向かれたら厄介だもの」


 「あーいえ、そこまでして頂かなくても。それにちゃんと帰りますよ。ね? 渋谷さん」


 「う、うん?」


 頼むからソコは疑問形ではなく断言して欲しかった。


 「いいから、ホラ乗って。送りついでに、ちょっと話を聞かせてもらうから」


 そう言って、すぐ近くに止まっていたパトカーへと向かっていく婦警さん。

 あっちゃー……とにかく、渋谷さんを先に下ろしてもらう様にしよう。

 多分その方が被害も少ない。


 「はぁ……渋谷さん、私達の活動の事はなるべく伏せる事。怪異の事ではなく、時間や場所が問題になりますので」


 「はっ! そっか! 私には冬華さんってお姉ちゃんみたいな感覚だから……普通に話しちゃった、オカ研の事」


 「話すのは構いませんが、警察に目を付けられそうな事は伏せて話してください。それが出来ないなら徹底して秘密にするべきです。相手が“こちら側”と無関係なら尚更」


 「ご、ごめんなさい……気を付けます」


 そんなやり取りをしながら、私達はパトカーまで歩み寄った。

 とりあえず、今日の活動は終わりにするように皆に連絡しておこう。

 やっぱり、依頼の数が多いとはいえ制服でうろつくべきじゃなかったな……なんて今更過ぎる後悔を胸に、私は警察車両へと侵入した。

 初、パトカーである。

 というか、初ミニパト?

 まぁ今はいいや、えーと……グループメッセージっと。


 『今日の活動は終了、皆すぐに帰る事。パトカーなう』


 よし。

 その後、私のスマホは返信メッセージの嵐に襲われたのであった。

 

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