第194話 拒否反応


 「という事がありまして」


 「うん、なんというか。いつもながら鶴弥ちゃんお疲れ」


 いつもの夜の見回り。

 その前に夕食にしようと立ち寄ったファミレスで、今日の事を天童先輩に報告していた。

 怪異や異能の詳しい話に関しては驚いた顔を見せていたのだが、最終的な落ちが締まらないのでいつもの調子に戻ってしまった。

 まあ、私達にとってはいつもの事ではあるのだが。


 「しっかし子供ねぇ……俺らの見える力が下がるってのは嬉しいけど、自分の子供に“声”とか“耳”とか残っちゃうとしたら、ちょっと嫌だなぁ……」


 「ですね。“普通”に近づけるのは嬉しいですけど、こうきっぱり消え去ってくれた方が……っておい待て。なんで“声”と“耳”に限定してるんですかこの野郎」


 「あ、俺らの能力は限定的なモノじゃないんだったね、ごめんごめん。使い方次第では違う能力なのかもしれないね」


 「ちっげぇよ、そこじゃねぇよ。わざとですよね? 絶対わざとはぐらかしてますよね?」


 はっはっはと笑いながら、コーヒーのおかわりをもらいにドリンクバーに逃げる天童先輩。

 あの野郎、前回の告は……あの時から調子に乗りやがって。

 いつか絶対同じくらい恥ずかしい思いをさせてやるんだからな。


 「……」


 いや、違う。

 自分でも分かるわ、それは違う。

 なんて事を思った所で、関連した話が出てくればどうしてもあの時の記憶がぶり返してくる。

 『俺は君が好きだ』

 確かに聞いた、その言葉。

 あの夜、あの場所で。

 勘違いとさえ思わせてくれないくらいに、真っすぐに私の目を見ながら彼は言い放った。


 「……っ!」


 思いだした瞬間、顔から火が出るかと思った。

 今天童先輩が目の前に居なくて良かった。

 結局、あれからその話には直接触れていない。

 向こうも返事の催促などもしてこない、まあ私が返事する事を避けているのを感じ取っているのだろう。

 だって何て答えればいいのさ。

 私は平凡中の平凡、というか平凡にさえ至ってない見た目をしている訳で。

 だって小学生の頃から身長伸びてないんだよ?

 天童先輩と30センチ以上も身長差があるんだよ?

 隣を歩いたら恥ずかしい思いさせないかとか、一緒に居たら兄妹と間違われるんじゃないかとか色々不安が残る。

 今でも二人で居る事は多いが、恋人関係ともなればまた話が変わってくるではないか。

 更に言えば、黒家先輩が好きだと言っていた人なのだ。

 決定的な違いがあるだろうに、何で私なんだよ。

 圧倒的に足りないでしょうが、バストが。

 見下ろしてみれば平坦でなだらかな私の身体が見える。

 ダメでしょ、コレ。

 親御さんが見たら逆に天童先輩が心配されちゃうよ。

 そんなちんまいのどこから連れて来たって怒られちゃうヤツだよ。

 なんて事を自分で考えて、勝手に落ち込んだ。

 べちゃっとテーブルに頭を突っ伏し、胸に詰まった空気を思いっきり吐き出してもモヤモヤした気持ちが晴れてくれない。


 「釣り合わないですよ、私じゃ……こんなの連れて、周りになんて説明するつもりですか……」


 ボソリと呟いて、更に自分が嫌になる。

 私は外聞ばかり気にしている。

 違うだろう、そうじゃないだろう。

 こういうのは多分気持ちの問題なのだ。

 わかってはいる、いるのだが……。


 「こういうの、慣れてない……」


 はぁ……と思い溜息を吐いていると、頭の上に温かい掌が置かれた。


 「なんですか、帰って来たなら言う事があるでしょうに」


 「なんか落ち込んでるみたいだったから、どうしたのかなって。ただいま」


 「はい、お帰りなさい。別に落ち込んでないです」


 顔を上げてジロリと睨むと、帰って来た天童先輩が困った様な笑顔を浮かべていた。

 まったくこいつは、人の気も知らないで。


 「まぁそう言うなら、今は聞かないでおくけど。そういえば音叉新しくなったんでしょ? どんなのだったの?」


 触れてほしくない話題を掘り下げない辺り、やっぱり会話が上手いというか何というか。

 私とは違ってコミュ力がありますねホント、なんて恨みがましい視線を送ってからため息を一つ溢す。

 そして。


 「ふっふっふ、見せてほしいですか? 凄いですよ、めっちゃ恰好良いですよ。前回の音叉が改造した音叉だとしたら、今回のはもはや変身グッズですね。見た目からして強いです」


 「見た目からして強い、とは。ていうか変身しちゃうんだ」


 自分の話したい事になると饒舌になる、まさにオタク根性。

 いいんだもん、私はそういうキャラなんだもん。


 「こちらです。ヤバくないですか!? マジで武器ですよ!」


 「うん、これはヤバいね。店内で出したら刃物と間違われるヤツだね、一旦戻そう。外に出てからしっかり見せて?」


 左脇のホルスターから新しい音叉を引き抜いた瞬間、元に戻されてしまった。

 確かに刃物っぽい見た目はしてるけどさ、そんなにそそくさと隠す事ないじゃん。

 もうちょっと見てよ。


 「というか、そのホルスターも作ってもらったの? 伊吹さん準備いいね」


 「いえ? これは上島君から貰いました。そのままじゃ持ち歩けないだろうって」


 そう言った瞬間、笑顔のまま天童先輩がビシリと停止した。

 どうした、置物みたいになっているぞ。

 何この等身大フィギュア、売れそう。


 「今日、その音叉貰ったんだよね? 上島君が元々用意してたって事?」


 表情筋がフリーズしたまま、笑顔の天童先輩が口だけ動かしている。

 違和感が半端ないけど、まあ喋れているから問題ない……のかな?


 「いえ、解散した後上島君のお家にお邪魔して頂きました。意外にも上島君モデルガンとか好きなんだそうで、ホルスターも自作しているらしいですよ。私のはとりあえずって事で既製品を貰いましたけど、今度専用のを作ってくれるそうです」


 「ふーん、ふぅーん? そうなんだぁ、アイツん家行ったんだぁ」


 「えぇ、銃がいっぱいあって面白かったです。やっぱり見ると欲しくなっちゃいますよね、ああいうの。でも上島君が使っているお札のホルスターの謎が解けましたよ。あんなの普通は売っていないですからね」


 「……そうだね、モデルガンとか鶴弥ちゃんも好きそうだもんね。それでさ、その。専用のホルスターって事は、採寸とかされたの?」


 「いえ? 多分子供用が合うだろうから大体で作るって言っていました。全く失礼な後輩です」


 今後成長した時の為に、ベルトは調整できるタイプにしておくとも言われたが。

 凄く爽やかな笑顔で「成長するといいですね!」みたいに言われた気がして、ちょっとイラッと来たのは内緒だ。

 とはいえ本格的に作るのは音叉を収めるホルスターの方で、ベルト部分は切り詰めたり調整したりでどうにでもなるらしいが。


 「はぁぁぁ……」


 眼の前の先輩の様子が変なのだが、何かおかしい事を言っただろうか。

 大きなため息を吐いて、今度は天童先輩が机に突っ伏してしまった。

 どうしたどうした、お疲れなのか?

 首を傾げながら先輩の頭を突いてみると、ジトッとした眼差しを向けられてしまった。


 「警戒心無さすぎ」


 「今でも“耳”ではしっかり聞いていますよ? 常時警戒態勢です」


 今の所、コレと言って怪異達の声は聞こえてこない。

 大丈夫だ、問題ない。

 とかなんとか思っていると、再びため息をつかれてしまった。

 なんか納得いかない。


 「鶴弥ちゃん、何か欲しい物ない? 何でもいいよ」


 どうした急に。

 わりと真剣な眼差しを向けられてしまって、思わず身を引いてしまった。


 「ど、どうしたんですか急に。別にコレと言って……あ、欲しいと言えばモデルガン欲しいですね。感化されているだけなんでしょうけど、一丁くらい持っていてもいいかなって――」


 「よし、今から買いに行こう。ホラ行くよ」


 そう言って飲みかけのコーヒーを机に置き、伝票を片手に私の手を引き始めた天童先輩。

 あまりにも突発的な行動に驚き、ろくな抵抗も出来ずにレジまで引っ張って行かれてしまった。


 「え? あの、え? どうしたんですか急に。というか見回りは?」


 「店に行くまでの過程で回れば問題なし、もしくはその後。それにホラ、普段行かない方向へ行くだろうからそっちを調査しようよ。モデルガンのショップとか近くにないし。ちょっと遠いけどそっちに行ってみよう、そうしよう。ね?」


 「は、はぁ」


 良く分からないまま会計を済ませ、早く早くとばかりにバイクに跨る事になった私達。

 何がどうなった?

 というか私、今高い買い物できる程お金持ってないんですけど。

 あぁいうのって高いんじゃないの?

 なんて思っている内にヘルメットを被せられ、けたたましく鳴り響くエンジン音。


 「今回のは持ち物を譲っただけ、プレゼントじゃない。プレゼントじゃないんだ、うん。というかアイツ何してくれちゃってんの……」


 何やらブツブツ呟いている天童先輩。

 どうした、本当にどうした。

 混乱したまま彼の身体に手を回せば、彼はチラリと一瞬振り返った後アクセルを捻った。


 「行くよ鶴弥ちゃん」


 「……はぁ、了解です?」


 走り出したバイクは、いつもよりちょっとだけ飛ばしている気がした。


 ――――


 「ふぉぉぉ……なんだこれ、すげぇ。カッコいい、めっちゃ重い」


 現在私の手には、一丁の拳銃が握られていた。

 ゲームコラボ品で、以前から気になっていたハンドガン。

 モデルガン……というかガスブローバックガンというらしいが、こういった代物を初めて購入してしまった。

 やべぇよ、初体験だよ。


 「うん、満足してくれたようで良かった。でも駐車場だから早くホルスターに仕舞おうね」


 不味い、興奮のあまり振り回していたがここは野外だ。

 誰かに見つかったら通報されてしまうかもしれない。

 慌てて一緒に買ってもらったホルスターに拳銃をしまい込み、上着で隠す。

 ヤバイ、両脇が重い。

 でも楽しい、ふふふ。

 などと思わずにやけてしまったが、違うそうじゃない。


 「いや、今更ですけど何で私買って貰っちゃってるんですか!? お金、お金返しますよ!」


 急にエアガンショップに連れてこられたかと思えば「どれが好きなの?」みたいな会話から始まり、選んでしまったのが運の尽き。

 すぐさま会計を済ませ、ホルスターやら何やら同時購入し、何故か装備させられてしまった。

 似合う似合う、なんて先輩と店員さんから褒められ調子に乗り今に至るという訳だ。


 「え、プレゼントだからそういうのいらない。嬉しそうだったし、似合ってたよ?」


 「そうじゃなくて! 物を貰うにしても理由がありません! 誕生日でも何でもないんですから!」


 「鶴弥ちゃんって、誕生日いつ?」


 「9月9日です!」


 「そっかぁ、それじゃその時もお祝いしなきゃね」


 「ありがとうございます、って違うの! 聞いて!?」


 なんか全然話し合いにならない。

 さっきから天童先輩の掌の上でコロコロされている気がする。

 もはや購入してしまっているので返品って訳には行かないだろうし、天童先輩に品物を渡しても喜ぶとは思わないので、もはやどうしていいものか。


 「そもそも何でプレゼントなんですか! こんな高い買い物、流石に――」


 叫んでいる間に、“ソレ”は聞こえて来た。

 今までとは全く違う類の、その“叫び声”。


 「場所を変えて正解だったかもね、何が聞こえた?」


 私の様子に気づいたのか、天童先輩も表情を引き締めバイクに跨る。

 その後を追うようにして、私もタンデムシートに飛び乗った。


 「聞きたくないモノが聞こえました……とにかく、北に向かってください」


 それだけ言えば、彼は無言のままバイクを発進させた。

 さっきまでの浮ついた気持ちが嘘みたいに冷たくなっていく。

 なんだ、あの声は。

 なんて思うものの、その声を聞いた瞬間から正体なんてわかっている。

 でも認めたくない。

 思わず先輩の身体に回した腕に力を込めた。

 私達がこれから対面するべき相手の正体、それが今現状でわかってしまった。

 今でもその声は、私の“耳”に届いてくる。

 そして近づいてくるのだ、その悲痛な叫びが。


 「鶴弥ちゃん、大丈夫?」


 信号待ちの間、天童先輩が振り返って問いかけて来た。

 心配そうな眼差し、不安そうな声。

 いつもだったら無理してでも「問題ありません」なんて答えていただろう。

 でも今の私には、何も答えられなかった。

 ただただ彼の身体を強く抱きしめて、呼吸を整える事しか出来なかったのだ。


 「鶴弥ちゃん落ち着いて、もう一回聞くね。何が“聞える”?」


 本気で心配されている、早く答えないと。

 大丈夫、いつも通りだって。

 そう答えてあげないと、彼だって未知の存在に挑む事になる。

 だから……早く。


 「大丈夫、一緒にいるから」


 いつの間にか、バイクは路肩に止まっていた。

 私の手を解いた先輩はバイクを降り、私の体を正面から抱きしめてくる。

 温かい。

 そう感じた瞬間、少しだけ緊張が和らいだ。


 「天童先輩……今日の怪異、いつもとは違います」


 「強い怪異って事? もしかして“上位種”?」


 先輩の言葉に、無言で首を横に振る。

 聞こえてくる“怪異の声”は弱々しい。

 それこそ普段相手している“雑魚”よりも弱い存在だ。

 音叉の一つでも鳴らせば、一瞬で消え去ってしまうだろう。


 「赤ちゃんの声が聞こえるんです、泣いている声が。それに私の“耳”には……助けてって、苦しいって想いまで聞こえてくるんですよ。必死でお母さんを求めている産声が、私の“耳”に届いてくるんです。今までと違う意味で、嫌な相手です……」


 私はもっと冷たい人間だと思っていた。

 例え子供の霊だとしても、平然と祓えると思っていた。

 以前椿先生が迷い込んだ迷界の中で、子供の霊も祓った。

 だというのに……赤子の必死に泣き叫ぶ声を聞いた瞬間、全身が震えて言う事を効かなくなってしまった。

 この声を上げている“子達”は、何も分からずただただ助けを求めているのだと理解してしまったから。

 それを聞いて、本能的に相手を消し去る事を拒否しているのだろうか?

 しっかりしろ、相手が何であれ“怪異”には変わらないじゃないか。

 グッと奥歯を噛みしめるが、カチカチと顎が震えて上手く行かない。


 「鶴弥ちゃん!」


 先輩の大きな声にビクッと体が震え、視線を上げる。

 そこには辛そうな顔で笑う天童先輩が。

 私のヘルメットを外し、また頭の上に手を置いて来た。


 「ここで待ってて、今回は“俺だけ”でやる。多分、こういうのは女の子の方が辛いだろうから。場所だけ教えてもらっていい?」


 もはや頭が回らず、言われた通り目先の公園を指さした。

 あそこに居る。

 皆、あそこで“待っている”。


 「分かった、耳を塞いでいて。俺が戻ってくるまで、手をどけちゃ駄目だよ?」


 私の両手を掴んで耳に当て、そのまま彼は振り返り歩き出してしまった。

 これでいいのか? 彼だけに任せてしまっていいのか?

 確かに“あの声”を聞くのは辛い。

 でも天童先輩だって“何”を相手にしているのか、私の言葉で知ってしまったのだ。

 それなのに、私はこんな所で耳を塞いでいるだけで――


 『……マ、……マ……』


 母を求めるその声が聞こえた瞬間、私はその場で震えあがってしまった。

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