第81話 草加家 6
ある程度腹を満たした俺たちは、数本のパラソルを砂浜にぶっ刺して日陰に転がっていた。
黒家弟と親父は何故か意気投合し未だ熱く語り合っているが、椿は食い過ぎたらしく俺と同じように砂浜に身を投げ出していた。
こういう休日は本当に久しぶりだ。
昔はよく海やら川やら山だのに行って、数少ない友人達とこうして過ごしたものである。
大体その後「迷い人のお知らせを致します」なんて放送が聞え、慌てて帰ったのも今ではいい思い出だ。
共に過ごした彼らは今も元気でやっているのだろうか?
俺に付いてこようとして海で漂流した挙句、地元の漁師の船に拾われ「お前とは絶対もう海行かない!」と泣き叫んでいたケンちゃん。
その後山へ連れ出した時は「俺……もう田舎は嫌だ。迷ってもタクシーを呼べば帰れる都会で暮らす……」と言っていた彼は、結局都内に出てしまったのだろうか?
可能なら後で彼の実家でも訪ねて現状を聞いてみようか……なんて過去を振り返っていた俺を、くたばっていた筈の椿が覗き込んできた。
「何か遠い目してるけど、どしたの?」
四つん這いの様な格好で近づいて来た為、中々刺激的な距離感になってしまっている訳だが、彼女は気にした様子もなく不思議そうな顔を浮かべている。
少しだけ視線をずらせば、決して小さくはない……かな? と思える二つの果実をぶら下げ、その奥にはパレオから覗く艶めかしい生足が御光臨なされている。
海! 空! 女体! という素晴らしいコンボが完成した光景。
今回の合宿、来てよかった。
素晴らしい、これぞ夏の風物詩。
なんてよく分からない感想を抱きながらジロジロと視線を送っていると、苦笑いを溢した椿が自分の身体を隠しながら後退していった。
「返事もせずに人の体を舐めまわす様に見ないの。知らない人にやったら通報されるよ?」
「すまん。夏の風物詩を前に、清々しい気持ちになっていた」
「おかしな言い回しすんな。あと人を勝手に風物詩にするな」
「ビキニと言えば夏、夏と言えば海。そして海と言えば……ビキニだ」
「あっそ、馬鹿じゃないの?」
興味なさそうにまた一つ缶チューハイの口を開ける椿。
お前何本目だ? 大して強くもないくせに、なんて思いはしたがこの場で言うのは無粋だろう。
だって休日なのだ、海なのだ。
俺もちょっと飲みたくなってきた。
「椿、俺にも一本くれ。ストロングな奴」
「あいあいー」
そんな会話をしながら、受け取った缶チューハイの口を開けた。
昼間から飲む酒、旨し。
とまぁ大層充実した休日を過ごしている訳だが……他の奴らはいつになったら来るんだ?
まさか海に来たのに海に入る事もなく、大人しくお家でお留守番している連中だとは思えないんだが。
もう魚介類は随分獲ったが、正直もう少し潜りたい気分ではある。
久々に泳いだ事と、黒家弟が予想より遥かに良い動きでサポートして来る為、何だかんだで楽しくなってしまったのだ。
流石黒家弟、マジで頼もしい。
「あの子達も全然来ないし、私も少し遊んでこようかなぁ……汗もかいたし」
チラチラとこちらを見ながら、椿が急にそんな事を言い出した。
「深い所までは行くなよ? お前結構飲んでるだろ」
一応改めて注意しておこう。
酔っぱらったまま海に入って、そのまま帰って来ない奴ってのは結構多いらしいのだ。
酒豪とも呼べる親父でさえ一度海で溺れかけ、担いで泳いだ記憶がある。
出来ればそういうトラブルは起したくない。
「わかってますよー、それに……草加君が一緒に来てくれればいいだけじゃん」
ムスッとした表情で、椿が唇と尖らせている。
随分と酒が回っているのか、普段よりずっと子供っぽい仕草だ。
居酒屋なんかでも度々こういう姿を見て来たが、こうなったコイツは結構面倒くさい。
断れば文句を言うし、放っておくとブーブー言いながら絡んでくる。
詰まる話、可能な限り要望に答えてやるのが無難な選択なのだ。
「わーったよ。一緒に行ってやるから、そんな状態で潜ろうとすんじゃねぇぞ?」
「しないしない。遊ぶだけだって!」
早く来いとばかりにグイグイ腕を引っ張る彼女に連れられ、もうすぐ海に到達する……という時に、背後から声が掛った。
「草加ッちー! おーい!」
振り返ってみれば、徒歩で来た! と言わんばかりにゾロゾロと浜辺に集結する部員達の姿。
隣から「チッ、良い所で!」なんて呟きが聞えて来たが、コイツは何故急に不機嫌になっているんだろうか。
酔っ払いとは、わからないものである。
「やっと来たかあいつ等……おっせーよお前ら! ほら、一旦戻るぞ」
「……うぅ、了解」
結局海に入る前に、お預けをしてしまった形になったが。
まだまだ日は出てる、そう急ぐことでもないだろう。
なんて事を思いながら、項垂れる椿を連れて元居た場所へと引き返すのであった。
————
戻ったその先には、パラダイスがあった。
巨、中、貧……なんて言ったら怒られそうだが、とにかく水着姿の女子高生が揃っていたのだ。
眼福眼福、なんてうんうんと一人頷いていると背後から椿に蹴られた。
何故だ、俺は悪くない。
「うわ、草加先生の身体すっご! ちょっと触らせて下さいよ」
”中”の称号を手にした彼女が、ペタペタと腹筋を触ってくる。
女子はいいよな、こう言う事しても絶対通報されないもん。
俺が同じ事言いながらお腹に触ったら、絶対怒られるだけじゃ済まない。
なんて事を思いながら、改めて彼女の姿に目をやる。
フレアっていうんだっけか? ひらひらした布がくっ付いた淡い水色のビキニ。
今時……っていう程流行りには詳しくないが、雑誌とかに乗っていそうな程似合っている。
胸元はヒラヒラのせいであんまり見えないが、引き締まった腰から下なんかはモデルの様にスラリとしていた。
そして普段はポニーテールばかり見ていたが、今の彼女はサイドテール。
いつもより幼さが残りそうなその髪型が、よりいっそう水着と合わさって可愛らしく見える。
まずい、こいつは目に毒だ。
「あ、えっと……ちょっと子供っぽかったですかね……?」
視線に気づいたらしい早瀬が、恥ずかしそうに胸元を隠す。
百点満点だ。
もしもちょっとアレなゲームのヒロインとしてお前が出てきたのなら、俺は真っ先に攻略する自信がある。
それくらいに、可愛らしい見た目が完成していた。
「いや、よく似合ってる。素晴らしい、素晴らしいぞ早瀬……」
「えぇっと、ちょっと予想してた反応とは違いますけど……褒めて貰えたなら良かった、のかな?」
グッと喜びをかみしめる様に拳を握った中年に、やや戸惑った表情を浮かべる早瀬。
そんな我々二人に対して盛大に溢すため息が聞えてくる。
「先生……褒めるのはいいですけど、表情を見る限りちょっと犯罪的な思考が飛び交ってますよね? 良くないですよ、本人を前にして」
なんて冷めた口調で罵ってくる”巨”の称号の持ち主が、やれやれと首を振った。
これまた意外だ。
黒家なら真っ黒なビキニとか着てくるかと思ったのに、予想に反して彼女は真っ白だった。
首の後ろで縛るタイプで、しかも胸元とか腰の横にリボン結びしてますよーみたいな結び目があるのだ。
ネットで見た事ある、アレはフェイクなんだって。
解いても決して脱げる事はないんだと知った時には、ちょっとショックを受けたものだ。
だとしても、だ。
透き通るような白い肌に、真っ白なビキニ。
そして何より男なら誰しも視線を送ってしまうだろうスイカップ。
こんな姿をリアルに目の当たりにすれば思ってしまう、もうリボン結びがフェイクでもいいさ、と。
しかも普段は肩くらいで揺らしているその髪を、今日は後ろでチョコンと一つに結んでいる。
うなじまでこんにちわだ。
あざとい、あざといぞ貴様。
「相変わらず遠慮のない視線ですね……まぁいいですけど」
「いいんだ!? 俺が見た時はコンクリートの上で干からびた虫を見る様な視線を送ってきたのに!?」
「カブト虫、ステイ」
よく分からない2名の声も聞えてくるが、それどころではない。
素晴らしい、素晴らしいぞ黒家。
ちょっとアレなゲームに登場したら、早瀬と黒家で非常に迷った挙句、セーブ&ロードを繰り返しながら二人同時に攻略しそうだ。
はっきり言えば、最低のスケベ思考回路だった。
「見るのは構いませんけど、私には感想なしですか?」
ちょっとだけ顔を背けた黒家が、視線だけをこっちに向けている。
普段通りのテンションとその言葉ではあるが、ちょっとだけ顔が赤い。
なんかちょっとエロい。
「やはり、エロいな。黒家マジ黒家」
「……あんまりうれしくない感想ですね」
「いやうん、すまん。普段とイメージが違うから何と言ったらいいか。良く似合ってると思うぞ、ちょっと歳相応に見えないくらいにヤバイ」
「そうですか……どーも。もう少し言葉を選べないモノですかねぇ」
最初の一言でがっくり肩を落とした黒家だったが、今では疲れたような様子で顔を背けながら小声で喋っている。
珍しい光景ではあるが、それ以上にスイカップから中々目が離れてくれない。
困った。
何て事をやっている内に、顔を掴まれてもう一人に強制的に視線を移された。
天童に。
え、なんで天童。
お前の水着姿も感想言わなくちゃいけないの?
「草加ッち! 気持ちは分かるけどもう一人、もう一人居るから! そして思った事をそのまま口にしてくれ! 俺が間違っていないと、草加ッちも証明してくれ!」
なにやら必死な様子で、残る”貧”の称号の彼女に視線を向けさせてくる。
そこには……。
「……」
「どうよ? 俺の言いたい事分かった?」
「……何ですか、言いたいことがあるなら……いえ、言わないでください。髪は早瀬先輩にやられただけなんで、ホント。狙った訳じゃないんで……」
プルプルと恥ずかしそうに震える鶴弥がいた。
これはこれで珍しいが、問題はそこではない。
いつもなら長い黒髪をまっすぐ下ろしていた彼女だが、今日は頭の左右で二つ結びにしている。
世に言うツインテールだ。
そして背伸びしたような黒いビキニ。
更に下半身はやけに短いホットパンツ。
多分あのまま水に入れるという、よく見る水着の一種なんだろう。
だが問題はそこではない。
間違いなく、俺はどこかでこの姿を見た事がある。
確かそう、その名前は——
「ブラックでロックなシュー〇ーさんが居る……アニメでもやってた!」
「ほらぁ! 絶対そう言うと思った! 俺間違ってないよね!? これ絶対コスプレだよね!?」
「うっせぇ、うっせぇよお前ら……」
真っ赤な顔でプルプルと震える鶴弥は、拳も震わせながら悔しそうに歯を食いしばっていた。
とはいえうん、凄い完成度だ。
コスプレだコスプレ! なんて言いたくなるほど、めちゃくちゃどこぞのアニメキャラっぽい。
なにこれめっちゃテンション上がる。
以前鶴弥の実家に行くとき、椿がコスプレ云々言ってたけど悪くないかもしれない。
俺、結構こういうの好きかも。
「なんか、鶴弥さんに全部持っていかれた感がありますね……」
「だねぇ。話してる事は良くわかんないけど、なんか凄い敗北感が……」
なんて会話をしている二人に、コスプレ少女は真っ赤な顔をして叫んだ。
「意味わかんないですからね! 縛ったの早瀬先輩な上に、黒家先輩もノリノリだったじゃないですか!」
自分の身体を隠す様に座り込んだ彼女は、小動物の様にうぅぅぅと唸り声を上げながら睨んでくる。
コレはアレだろうか、餌付けとかすればいいんだろうか?
幸い魚介類ならいっぱいあるが。
「皆さん良くお似合いですね。凄く綺麗ですよ」
なんて、紳士的な笑みを浮かべた黒家弟が登場した。
相も変わらずプルプル震えている鶴弥に手を差し伸べ、彼は優しく微笑みながら口を開いた。
「ご飯にしませんか? 今さっき仕入れたばかりの食材が山ほどありますから。是非食べてみてください」
これが”若さ”と”イケメン”の成せる業か……速攻で餌付けしやがった。
未だに涙ぐむ鶴弥もプルプルしながら黒家弟の手を取り、バーベキューセットに向かっていく。
隣を通る時に「いくら先生でも、あまり虐めては可哀想ですよ?」なんて小声付きだ。
こいつ、マジで出来る奴だ。
今まで鍛えがいのある中坊とか、弟子だなんだと言っていたソイツの背中はもう俺よりも立派に”漢”していた。
ちくしょう、やるじゃねぇか。
「なんか、納得いかないです。鶴弥さんならまだしも、弟にシメを持っていかれました。これは抱き着いたりして物理的に責めるしか……」
「草加先生! 私もご飯食べたい!」
「あ、ちょコラ! 夏美!」
ワイワイがやがやしながら、皆して食卓を囲む。
部員の後から大量のお肉様を担いで来たお袋も合流し、俺たちは再び食事を始めるのであった。
若干一名、焼き専を名乗り出る椿の姿もあったが、まぁ気にしなくていいだろう。
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