第50話 教師
黒家と早瀬、そして新入部員(仮)の三人が廃病院の中に姿を消してしばらくした頃。
残された俺達は揃って玄関先で立ち尽くしていた。
俺としてはいつも通りの事なのでどうという事は無いが、椿の方は不満というか納得できない様子でさっきから不機嫌な顔を浮かべている。
そんな仏頂面ばかりしているからモテないんだ、なんて言った日には目の前の病院に入院する事態になりそうだから言わないが。
「ねぇいつもこんな事やってるの? あの子達だけで先行したまま帰って来ないけど」
「あぁーいや、いつもって訳じゃねぇよ? たまに……それなりに? あったりするけど、俺だけが突っ込んでいったりすることも、まぁ一応」
なんか、空気が重い。
俺としてはいつも通りの部活動な訳だが、やはり傍から見れば理解に苦しむのか渋い顔をしている。
まあ考えてみればそうだよな、何が住んでいるかも分からない廃墟に、年頃の女の子をぶっこんで放置してるんだから。
とはいえ勝手に俺が入って行けば黒家が怒り出すし……うーむ、どうしたものか。
なんて考えている内に、椿がため息を漏らしながら車の方へ戻っていく。
暇だから車に戻るのかと思いきや、ボンネットの上に軽く腰かけて足を組み始める。
おいそれ一応俺の車。
「理解はしてるみたいだけど、駄目だよ? あんまり生徒を危ない目に合わせちゃ。まぁ草加君の立場がオカ研の中だと結構低めなのは見て分かるけどさ」
余計なお世話だ、と言いたいところだが確かに椿の言う通りなので何とも反論しずらい。
とはいえ言っている本人も部長様から立ち入り禁止令が出てしまう程の恰好をしてきているので、あまり強く言えないご様子だが。
黒家の言う通り、椿が今の恰好のまま突入しようものならどんな怪我をするかわかったものじゃない。
そこら中にゴミやら瓦礫が散乱してるんだ、間違いなくコケる。
コケるだけならまだしも、その先にガラスの破片やら割れた瓶でも転がっていてみろ、それこそ怪我だけでは済まない可能性が高い。
そういう意味じゃ、ウチの部長様はよく周りを見てらっしゃると褒めてやりたいくらいだ。
まぁ他で褒められる点が少ない上、そもそもこんな所に来なければ何の問題も起こらないんだが。
「そういや鶴弥……だったっけ? あの子もこういうの好きなのか? あんまりそういう風には見えなかったけど」
そういう点では早瀬の奴も同じような雰囲気ではあるんだが、何故未だ部活を続けているんだろう。
最近だと慣れてきたのか、あんまりこういう所に踏み込む時でも躊躇がなくなってきてるし。
最近の女子高生の適応力が怖い。
「別にそういう感じでもなかったんだよ? ただオカ研に興味があったみたいだから、とりあえず連れて来てみようかなって」
「お前……そんな状態でよく副顧問とか名乗り出たな……まだアイツ入部するとは言ってないんだぞ」
もはや呆れを通り越すレベルの行動力である。
鶴弥がこの部活に入らなかった場合、彼女はどうするつもりなんだろうか。
むしろ顧問の立ち位置さえ譲ってもいいと思えるが、流石にそうはいかないだろう。
「私にだって色々あるの! とはいえまぁ本人が決める事だからね~合わなかったなら、それはそれでいいんじゃない? でもま、少しでも興味を持ったんなら……彼女にとってはいい事なのかなって」
「というと?」
彼女にしては珍しく控えめな表現だ。
いつもなら、絶対入部させるから大丈夫だって! くらい言いそうなものだが。
普段の椿はそれくらいパワフルな人間なのだ。
猫被っても、裏で毒を吐いていても。
結局は自分の都合で周りの意見や、状況だって捻じ曲げるくらいの事は平気でやってのける印象がある。
そんな彼女が今、少しだけ影の落ちたような表情で困ったように笑っているのだ。
こいつは本当に俺の知っている椿なんだろうか?
実は双子の姉妹とかだったりしないだろうか。
「あの子ね、私のクラスでちょっと浮いてるのよ。別に友達が居ない訳でもないし、もちろん悪い子じゃない。でもね、何となく一人で居る事が多いというか……あんまり他人と関わろうとしてない雰囲気があるんだよ」
「へぇ」
なんて短い返事を返すが、それに似た奴が俺の知っている中でも一人いる。
そいつは部室にくれば自由きままにやっているし、あまり心配はしていなかったが。
そういう意味では活き活きとしているアイツの姿を見て、俺は安心していたのかもしれない。
椿と同じような立場だったら……元気なその姿を見ていなかったら、俺だって心配くらいはしただろう。
多分、分からんけど。
「それでさ、最近なんか特に孤独オーラ出ちゃってて、どうしたのかなって心配はしてたんだけど何聞いても大丈夫としか言わないし。そしたら急にオカ研の事聞かれたから、コレだ! って思ったわけよ。一時的だったとしても年の近い子達でワイワイやってれば気も晴れるんじゃないかって、そう思った訳ですよ。ま、このまま入部して楽しく過ごしてくれるならそれが一番だけどね」
そう言って、年甲斐にも無く無邪気な表情を浮かべた椿。
何というか、意外だ……椿がちゃんと教師してる。
なんて言ったら失礼かもしれないが、彼女のこういう姿を見る事が無かった俺にとってはとんでなく意外な一面だ。
何だかんだ愚痴を溢しながらも、しっかり生徒と向き合っている良い教師なんだろう。
その姿は、普段の彼女からは想像出来ない魅力に溢れていた気がする。
まるで我が子の成長を見守る母親の様な優しい笑顔は、不覚にも美しいと思ってしまった。
「なんつうか、お前はきっと良い母親になるよ」
「おいその前に嫁か奥さんだろうに、段階というものを考えなさいよ」
冗談めかしに言った言葉に対して、椿はいつも通りの笑みを浮かべた。
なんというか、まさに教職員同士らしい話を久々にした気がする。
まあ俺は相槌を打ったくらいなものだが、そこは気分の問題だろう。
「だ か ら、余計に今の状況は心配な訳ですよ。肝試しなんて言っても、お化けじゃなくて生きてる人間が襲い掛かってくる事だってあるかもしれないんだから。それこそ私達が先に行くべきだったんじゃないかなぁって」
「うっ……」
まさに彼女の言う通りだ。
今までだってそういう奴らが居なかった訳じゃない。
だからこそ警戒はするし、アイツらにも注意しているんだが……黒家の奴が言い出すと聞かないからな。
「わかってるよ。ただ今回みたいに、どうしても先に行きたがる事がたまにあるんだ。そういう時は何かあったらすぐ連絡するように言ってはあるんだが……」
今の所、俺の元へ連絡はない。
入ってから随分と時間が経った気がするが、大丈夫だろうか?
連絡があった時の為に、一応準備運動だけでもしておくか。
「真面目な話の途中で、なんで草加君は体操始めるかな……」
唐突に体の柔軟を始めた俺に対して、椿の呆れ果てた視線が突き刺さる。
わかるよ? 言いたいことは分かるけど、この歳になると急に動くのは危険なんだって。
「大体連絡が来るときは、すぐ来いとか走ってこいとか言われるからな。その為に今から体温めておかねぇと」
「あ、うん。はい」
もはや言葉が見つからなくなったのか、ため息を溢して黙ってしまった。
俺だってやりたくてやってる訳じゃないんだ、そんな冷たい眼差しを向けないで欲しい。
そんなこんなで、ある程度柔軟が済んだ頃合いを見計らったように着信音が響く。
ワンコール鳴り終わる前に通話を繋いで、スマホを耳に押し当てた。
「おう」
『出番です。三階に上って右の突き当りの部屋、出来れば三分以内にお願いします。実はここもダッシュすると出る系の廃墟なんです、わーこわーい』
何かあったのだろうか。
焦っている様子はないが、いつもより淡々と告げられた声に違和感を覚えた。
とはいえ、俺がやる事は決まっている訳だが。
「出番ってお前……しかもそんな今考えたような言いぐさ……まぁ、良い。なめんな、一分で行く」
それだけ宣言してから、通話を切った。
時間制限までしてきた事から、何かしら急いだほうがいい事情があるのだろう。
さて、それじゃ行きますか。
「いってらっしゃい、あの子達よろしくね?」
後ろで聞いていたらしい椿が、笑顔で片手を振っている。
今回が初参加なんだから色々と聞きたい事もあるだろうに、時間が無い事を察してくれたんだろう。
やっぱお前、いい親になるわ。
「おう、ちょっくら行ってくるわ」
それだけ言って、走り出しだ。
玄関ではなく、その隣の柱に向かって。
後ろから「え、ちょっと!?」なんて声が聞こえたが、今は先を急ぐのだ。返事をしている暇はない、すまんの。
随分と古くなっているレンガ造りの柱に足を掛け、勢いを殺さないまま三角飛びの要領で二階の窓から院内に侵入する。
「うっし、行くか」
誰が聞いている訳でもないがぽつりと呟いて、再び全力で走り出した。
予想より建物内は荒れ果てていて、様々な障害物を飛び越えたり蹴飛ばしたりしながら駆け抜ける。
さてさて、呼ばれはしたが大した問題じゃないといいなぁ。
そんな切実な願いをその胸に、今日もまた暗闇の中を全力疾走。
直後、外からは「うっわ、ありえねぇー……」なんてドン引きした声が響いていたが、その声は聞かなかった事にして三階へと駆けあがるのであった。
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