第48話 抗う心
「やばい……最後の方だけで、話が全部椿先生に持っていかれる」
巡同様中々に詳しく、そして長く語ってくれた鶴弥さんに唖然とする一方、事情の重さとオチの軽さに若干の眩暈さえ覚える。
とにかく椿先生の事はいいや、まずは鶴弥さんのお爺さんの事だよね。
なんて一人頷いてから、頭を整理し始める。
彼女が見た蔵の中に居た暗闇。
多分それは『雑魚』が集まったモノではなく、『上位種』かそれに似た類のモノなのだろう。
以前遭遇した『上位種』その姿を見るだけでとんでもない恐怖を覚えたり、『眼』を持っていなければ普段よりずっと濃い霧にしか見えないという点から、多分間違いないと思う。
でもそれなら、巡の『感覚』で捉えられないのは何故だろうか?
恐らくだが、巡の異能も万能ではない。
もちろん当の本人も度々言っている様に、不調だったり感覚が狂う事はあるのだろう。
しかし今回のは違う。
おそらく、鶴弥さんの言う神社とやらが”遠すぎる”のだ。
先日巡は言った、今は周辺に『雑魚』しか居ないと。
そして私達は『上位種』が生まれない様に、普段の『雑魚』を散らす活動を繰り返していたのだ。
そもそもカレらは何なのだろう?
巡の話ではカレらが異常に集まった場所に強い個体が生まれる、とは聞いている。
思念が強いモノが弱いモノを喰らい、力を付けるとでも言うのだろうか?
まぁそれならそれで、ある意味納得は出来る気がしないでもないが。
実際私が出会った『上位種』は、ただの死刑囚だった。
ただのと言っていいのかは分からないが、多分普通の人間だったのだ。
その人が命を落とし、霊体となる。
そして様々な経緯を重ねて、彼は化け物ともいえる存在に生まれ変わった。
という事だと思う。
詰まる話、誰だってカレらになる可能性は十分にあるし『上位種』になる可能性さえあるのだ、はっきり言って泥沼もいい所だ。
更に今聞いた話はどうだろう?
私が予想する限り『上位種』だとは思えるが……本当にただのソレなのだろうか。
もっとヤバイ、それこそ本当に人が手を出してはいけない領域のモノな気がしてくる。
何さ黒い壺って、なんだよ引きずる音って。
ホラー映画やらホラゲーの世界じゃないんだからさ、そういう謎いっぱい残すの止めてくれないかな。こわいじゃん。
今回ばかりはお手上げではないか? なんて思う感情を隠しながら、先頭立つ巡の顔を伺う。
「鶴弥さんの実家は田舎だと言っていましたけど、県外か……それともココから結構距離があったりしますか?」
私も思った事を、巡は当の本人に確認を取り始めた。
幾分か慌てた様子で、鶴弥さんも巡に反応する。
「あ、はい。県外という訳ではありませんが、結構距離があります。南西っていったらいいんですかね? そっちにある田舎です。」
「へぇ、なるほど」
鶴弥さんの答えに、少しだけ考え込むような素振りをした巡がパッと顔を上げた。
それはもう現在居る場所には似つかない程の笑顔で。
「さっき私達の事を説明をした通り、この部活は”周辺の怪異を排除する”事に力を注いでいます。しかし貴女の問題の場合かなりの距離があり、正直私達に害をなすとはあまり考えられません」
「なっ!?」
思わず声に出してしまった。
今の言い方から察するに、巡は鶴弥さんの家の事情は自分達に影響がないから手を貸す必要がないと言っている。
確かにそうかもしれない、ずっと遠く離れた場所の怪異まで相手にしていたら、どう考えたって手が足りない。
それに私達がわざわざ出向く必要もないのかもしれない。
だとしても、この場でそれを言うのは余りに酷じゃないか?
少なくとも私達にはソレに関わる力がある。
だったら後輩の悩みくらい、もう少し力を貸してあげてもいいと思うのだが。
なんて思っている内に顔に出たらしく、巡から軽めのチョップを貰ってしまった。
「夏美。耳、出てますよ」
そう言われて気づき、慌てて狐の耳を引っ込めた。
どうやら顔ではなく頭に出てしまっていたらしい。
幸い鶴弥さんは俯いていたようでバレる事はなかったが、感情によって勝手に出てきてしまったりするんだろうか。
だとしたらちょっと困る。
「でも、私だけじゃどうすることも……それに頼れる人も居なくて……」
呟く鶴弥さんは、今にも泣き出しそうな声色だった。
彼女の事情を考えれば当然だろう。
訳の分からない怪異に家族を襲われ、やっと見つけたと思った蜘蛛の糸は、とんでもなく細いものだったのだから。
とてもじゃないが、私にとっては他人事とは思えなかった。
「巡」
「なんですか?」
短い呼びかけに、彼女は淡々と答える。
まるで待っていたとばかりに、余裕の笑みを浮かべながら。
「私は鶴弥さんに協力してあげたい、かな。正直私だけ行っても何の役にも立たないけど。それでも……それでも何か出来るならしてあげたい。多分、この子は私と同じだから。ううん、この子はまだ諦めて無いから」
私は草加先生に救われた。
もう無理だって諦めていたのに、それでも彼は救ってくれたのだ。
だというのにこの子はどうだろう?
まだ諦めてなんかいない、抗おうとしている。
それなら、手を差し伸べてあげたい。
私がそうしてもらったように。
「ということらしいですよ、鶴弥さん。どうせこのまま放っておいても、夏美は勝手に貴女に関わるでしょう。でも彼女だけでは事態が好転する事は無いかと思います。それならここはお互いメリットのありそうな取引でもしてみませんか?」
巡は急におどけた様子で、彼女に語りかけた。
それはまるで、この部活に私を勧誘した時にみたいに。
「もしも貴方がこの部活に正式に入部するというのなら、喜んで力を貸しましょう。当然ですよね? 部員の悩み事が、私達の専門分野だとするなら手を貸さない方がどうかしてます。猶予が無いのなら尚更部内でも優先度は上がるでしょう」
とても良い笑顔だった。
純粋な、とは流石に言い難いが。
作り物の様な笑顔を浮かべ、相手に絶対的有利と思わせる条件をチラつかせる。
まるで詐欺師のソレではないか。
普通の状態であればこんな怪しすぎる勧誘、すぐにでも断ってその場を離れるであろう。
しかし今の現状では多分、鶴弥さんには断る理由も逃げられる場所もなかったのであろう。
「……本当に信じていいんですか? 私がこの部活に入れば、おじいちゃんを助けてくれますか?」
真剣なその顔に、少しだけ罪悪感が残る。
なんか彼女を騙しているみたいで気が気ではない。
巡の事だ、なんだかんだ全力で対処しようとするし、解決までの道のりを考えてくれるんだろうけど。
ただ言い方が悪いのだ。
もう少しフレンドリーに接する事が出来ないのかと、思わずため息が漏れてしまう。
多分私が入部した時も、傍から見たらこんな感じだったのだろう。
「確実にとはいいません、でも全力を尽くす事はお約束しましょう。ただし条件が一つ……それは貴女の異能である『耳』を使って、これからも私達に全面的に協力する事。それが条件です」
「……わかりました、お約束します。でもそれは問題が解決出来たら、です。」
悪戯っぽく笑う巡に、真剣な眼差しで頷く鶴弥さん。
あぁなんというか……部員が増えること自体は嬉しいが、どうにも素直に喜べないのは何故だろう。
鶴弥さんに至っては、それこそ最後の手段というか……ココ以外に頼れる場所なんてなかったのだろう。
文字通り最後の希望にとして受け入れたのだ、選択の余地など無かったんだと思われる。
それを利用する形でスカウトする巡は、何とも良い笑顔で笑っている。
悪魔かお前は! っと思わず言いたくなってしまう。
彼女がどういうつもりで”私達みたいなの”を集めているかは知らないが、これでいいのだろうか……。
ちょっと先行きが不安になるが、それでも次にやる事は決まったようだ。
なら今日の活動はこれにて無事終了、となるはず。
「さて、それじゃ奥に行きます」
「待って、本当に待って? 何で行く必要あるの? 目的達成でしょ、終わったでしょ。ミッションコンプリートだよ」
今日の部活動は、あくまで鶴弥さんの勧誘を目的としたモノだと思っていたのだが、私の思い違いだったのだろうか?
巡は気を取り直したように通路を歩き始め、覚悟を決めたらしい鶴弥さんは真剣な顔で後を追い始めた。
おかしいな、疑問を抱いているのは私だけなのか?
「一番重要な事を、鶴弥さんに伝えていません。それをこれから実証しようとしているんですが、分かりませんか?」
今まで以上の笑顔で答える巡は、どこか誇らしげに振り返った。
その顔を見てから、先ほど鶴弥さんに話した内容を思い出して。
ああーなるほど、なんて思ってしまった私は既に毒されているのだろうか。
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