第5話 独りかくれんぼ 2
そして現在。
「なぁいつまでココに居ればいい訳?」
その後色々と指示された作業をこなし、今は自室のクローゼットに身を潜めている状況だった。
ひとりかくれんぼなんていう代物だからある程度予想はしていたが、誰も居ないアパートの一室で、一人クローゼットに隠れているというのは流石に心に来る。
誰が探しに来るわけでもなく、いわば一人芝居で人形とかくれんぼをする。
その降霊術そのものに文句を言う訳ではないが、それを行っているのが三十路に近いおっさんだという今の状況には、非常に不満がある。
俺は一体何をやっているのだろうか。
『何かあるまで、ですね。もう少し待ちましょうよ』
胸ポケットからカメラ部分だけ飛び出たスマホ、そこから黒家の声が聞こえてくる。
向こうからしても真っ暗な画面しか映し出されていないであろうに、アイツは眠くなったりしないのだろうか。
「くっそ暇なんですけどぉ……」
そんな文句をブツブツと呟きながら、目の前の暗闇を見つめる。
もういっそこのまま寝てしまおうか、なんて考えが起きない無い訳ではないが、胸ポケットから響く声と、腰に巻いた黒家弟のベルトのキツさがそれを許してはくれない。
そう、ふざけて荷物に詰めただけであろうベルトの玩具を今俺は装備している。
当然大人サイズに作られてはいないので、結構お腹まりが苦しいのだ。
一応延長はされている様で、何とか入りはした……しかし。
別に太ってる訳ではないが、腹筋に力を入れたら弾けてしまいそうな恐怖がある。
もしそんな事になったら弟怒るだろうなぁ……なんて考えながら、小脇に置かれた食塩水の入ったペットボトルを弄り回す。
こちらも必要だと言われたので準備したが、傍から見たらとても悲しい光景になっている事だろう。
そんな事をしていると、ふと昔考えた漠然とした疑問が頭に浮かんだ。
本当の真っ暗闇の中に長時間居た場合、人は目を開けているのか、それとも目を瞑っているのか、それを把握できるのかというものだ。
確かに目の前は暗い、それこそ真っ暗だ。
でも、クローゼットの扉の隙間から漏れる微かな光と、その光が反射して映し出す光景を、暗闇に慣れてきた俺の瞳は映し出している。
では目を閉じたら本当の暗闇になるのだろうか?
なんて考えて瞼を閉じても、結局塞がれるのは人の肉と皮膚。
向こう側から光が差し込めば、その暗さに慣れた瞳は僅かな光だって追ってしまう。
そう考えると、本当の暗闇ってやつを見るのは相当難しいのではないのか、なぁんて考えてしまう訳だ。
それこそガキの頃に考えた内容だから、今やどうでもいいと思える事なのだが。
未だに未解決な疑問、とはいえ恥ずかしくて今更公表できたものではない。
『という話を、私に公表してくれるのは何となく嬉しい気がしますよ? 確かに思うところがある疑問ですね。同時に黒歴史ですけど』
そんな言葉が胸ポケットから響く。
「ああ、うそ。俺喋ってた?」
『眠くなってくると、先生は大体喋ってますよ? 気を付けてくださいね?』
嘘……だろ?
では今まで、というか過去一年くらいの間、暇を潰すために考えていたアレやコレが筒抜けだったとでもいうのだろうか。
時にはゲームの攻略法を、時には理想のバストサイズを。
そんな思考が、煩悩垂れ流し状態だったとでもいうのだろうか?
いや、流石にそれはない筈だ。いくら俺でも眠いからといってそんな——
『先生、気づいていますか? さっきから何か変です』
「あ、あぁ……そうだな。今までのは寝言と考えてくれていいぞ? これまで俺が何を言ったか知らんが、そうだな……胸は大きい方がいいが、現実を見てない訳じゃ……」
『そんな事はどうでもいいですが、確か理想のサイズはEカップでしょ?』
「おい待て、なんでそんな事知ってる。あっいや、Eまでいかなくてもそれなりに大きければ別に、うん。そうだな、せめて——」
『ちなみに私はEカップです、良かったですね? そんなことよりホラ、聞こえませんか?』
唐突なバストサイズの発表に意識を持っていかれかけたが、その後の黒家の声で、彼女の緊張感がジワジワと伝わってきた。
まさか……。
「黒家、Eカップを揺らす音を聞かせたいなら、もう少しマイクを近づけてくれ」
『……本当に馬鹿なんですか? そんな事してませんよ。というか、耳を澄ませてください』
ちょっと教師としての威厳を削り取られた気がするが、まあ致し方ない。
彼女の言う通りに、クローゼットの中で耳を澄ます。
これといって特に変わった様子はない、と思うんだが……。
——ザ、ザザ——ザ——
微かにその耳障りな音が聞こえる。
なんだろう? まるで周波数の合っていないラジオか、壊れたテレビの様な音だ。
とはいえ、こんな音が我が家の中から響いているのは問題である。
ラジオはもちろん、テレビだってこの家には置いてないのだから。
では何がこんな音を立てているのだろうか? そんな疑問を胸に抱えながら、両耳に神経を集中させていく。
というか今時のテレビなんて壊れたら単純に映らなくなるし、ラジオを知っている若者……は流石にいるか、使った事のない若者は結構いるのではないだろうか。
なんてどうでもいい疑問を胸に抱えながら、黒家に……というよりも、スマホに視線を向けた。
「なんだろうなぁ、この音。砂嵐みたいに聞こえるんだが……あ、砂嵐って分かるか? 砂漠のアレじゃないぞ?」
最近のテレビなんかは放送していないチャンネルに回しても、真っ暗な画面が表示されるだけだったからな。
放送終了後の深夜なんかは、今時はどういった画面が映るのだろう?
そんな事を考えながらも両方の掌を耳の後ろに押し当てて、音の正体を探ろうとしたのが、そう都合よく原因は分かったりはしなかった。
まぁ当然であるといえば当然なのだが、俺の耳はそこまで発達してるわけではない。
分かるのは砂嵐のような何かが聞こえる、程度なもの。
『えぇ、確かに聞こえますね。先生、ちょっと部屋の中を覗いてみましょうか』
今時の子はテレビの砂嵐を知っているのか、という質問に答えてもらえなかったのは少なからずショックだが、まぁ後で聞いてみればいいだろう。
黒家の声に促され、クローゼットの扉を少しだけ開く。
そこには、パソコンのモニターから溢れる明かりで映し出される薄暗い自室があるだけだった。
特に変わった事は……あれ? 俺部屋の電気消してたっけか?
正直、促されるまま作業を進めていたのであまり覚えていない。
クローゼットに入ってから、しばらくの間部屋の明かりを眺めていた気もするのだが……モニターの明かりだったのだろうか?
『こっちからだとあまり見えないんですけど、何か変わった事はありましたか? それこそ砂嵐みたいな音がする元凶とか』
そう聞いてくる黒家も多少なり部屋の様子が見えているのだろうが、やはり照明に関しては特に言ってこない。
ということはやはり、部屋の照明は最初から消してあったと考えるべきだろう。
「いや、コレといって特には……なっ!? うそ……だろ?」
問題ないと答えようとした直後、俺は部屋の中に起きていたとんでもない変化を見つけてしまった。
そしてソレは俺にとって信じられない光景、いや信じたくない光景だった。
『先生、どうしました!? 何かあったんですか!?』
悲痛な声がスマホから響き、その声が暗い部屋の中に反響する。
「黒家……俺はどうしたらいい……?」
諦めと、絶望の入り混じった声が漏れる。
だって、こんなの……こんな事信じられるはずがない。
『先生、何が見えるんですか? お願いです、答えてください! せめてカメラをそっちに向けてください!』
その声を聴いて、無言のまま胸ポケットからスマホを取り出した。
そして、ゆっくりとその元凶に向かってカメラを向ける。
そこに映し出されたのは……。
『パソコンのモニターが砂嵐に……先生! これって——』
「俺のログインボーナスがぁぁぁ!」
暗い部屋の中、俺の心からの叫び声が響き渡った。
『……はい?』
スマホからは呆れた声が返ってくるが、こっちはそれどころではなかった。
「はい? じゃねぇよ! パソコン砂嵐になってるじゃねぇか! え、なにこれどうなってんの? ネトゲは? 今日のログイン一時間は必要なのに……どこがぶっ壊れた? モニター? それともまさか……本体?」
なんとも情けない声でブツブツと呟き、暗いクローゼットの中でオロオロと狼狽するおっさんなど、とてもじゃないが他の人には見せられない光景だろう。
まぁ観客は一人だけいるわけだが。
『え~っと、先生? もしもーし、聞いてますかー? あの~それ別に壊れたって訳じゃないと思いますけど……』
ではなんだと言うのだろうか。
現にモニターは映らず、その向こうではパソコンが正常に稼動しているのかも分からない。
もしもこれでパソコン本体に異常が発生し、根本から動いていなかった場合俺のログインボーナスはどうなるのか。
そして明日から俺は何を楽しみに生きていけば良いというのか。
『え~っと、えっと……あっホラ! もうバイトのお給料も振り込まれましたので、明日! 明日新しいモニター見に行きましょう! お手頃で良い物があれば買ってあげますから、ね?』
三十路のおっさんが、女子高生にこんな慰め方をされるのもどうかというのもあるが。
更に一回りも歳の違う女の子に、何かを買い与えて貰う……本当に意味が分からない事この上ない展開である。
当然そんな事させられる訳もないんだが、ちょっと心惹かれるのは何故だろうか。
単純に俺が貧乏だからか。
「う、うぅ……いい。明日見に行くから、とりあえずいい」
ちょっと泣きそうになっているおっさんという、とてもではないが見ていられない状況をどうにかこうにか乗り越えて、次の行動に移ろうとしたしたその矢先。
次の異変が俺たちの耳に届く。
ピチョン……ピチョン……とどこからともなく聞こえてくる水音。
『先生……聞こえてますか?』
確かに聞こえるはずなのに、どこからその音が響いているのか確信が持てない。
まるで四方八方から聞こえてくるようなその音に、思わず背筋が冷たくなっていく。
「おいおい、マジかよ……」
悪い事というのは、次から次へとやってくる。
思いつく限り最悪の事態を想像して、嫌な汗が頬を伝う。
『落ち着いてくださいね、決してそこから出たりなんて考え——』
「今度は水漏れかよ!? マジでふざけんな!」
『ちょ、先生!?』
彼女の言葉を遮るように、クローゼットの扉を思いっきり蹴り飛ばしながら外へと飛び出したのであった。
今月、マジでヤバイかもしれない。
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