第11話 暗殺術を使った夜のお仕事
英雄食堂は昼のピークが過ぎたあとに休憩時間がある。俺はその休憩時間を使って、夜の営業のための仕込みをしている。
うちはメニューの多さを一つの売りにしているから、仕込みの量が多くて大変だぜ。
ただ、俺は元勇者だからな。普通の料理人をはるかに超える動きの速さと視野の広さで、どんどん仕込みをこなしていける。
キッチンが広いのも大助かりだ。
コンロだけでも一〇個ある。正確に言えば、正面側に五個、後ろのスペースに五個だな。
本当は二、三人の料理人で使うキッチンなんだろうな。おかげで広くて動きやすいし、同時に複数の料理を作れるから本当に助かっている。
「この店、きっと高かっただろうな」
賃貸だとは聞いているけど、二階に広い住居スペースまでついているし、絶対に高いだろう。
そういえば、詳しく聞いてなかったけどアリスは資金面はどうしていたんだろうな。俺と離れていた二年間はスカウトがあってわりの良い仕事を頑張っていたらしいが……。
そのうち落ち着いたときにでも聞いておくか。
アリスは今、客席で俺の作ったまかないを食べている。ほっぺに手を当てて、なんだかすげー幸せそうに食べているから今は邪魔したくない。
仕込みを進めていく。
よし、こんなもんかな。準備が必要なものは全部終わった。
あとはアリスがまかないを食べ終わったら休憩中の札を外そう。
「ああ、美味しかった。ごちそうさま」
「おお、お粗末様」
アリスが皿を流しに持ってくる。
「外の札、とっといてくれるか」
「うん、分かった」
ちょうど、外にお客さんが来た気配がした。バッチリのタイミングだな。
「アリス、ダッシュだ」
「らじゃ」
アリスがパッと消えて、次の瞬間には店の入口に立っていた。ドアを開けて笑顔を見せる。
「いらっしゃいませー。開いてますよー」
夕陽が店内に差し込んでくる。オレンジ色で綺麗な色だった。晩ごはんを食べるにしては少し早い時間だろうか。
「わあ、アリスちゃん、ちょっとぶりね!」
「わー、ジニーさん! ちょっとぶりー。来てくれたんだね」
「もちろん来るわよ。アリスちゃんのお店だもん」
アリスの知り合いなんだろうか。二人でハグをしているようだ。
それからアリスが「入って入ってー」とその女性客をつれてくる。
うお、すっげー美人だ。
スタイルが超大人っぽくて綺麗だし、セミロングの髪型がいやに色っぽい。あと、お腹を出したかっこいいパンツ姿がさまになっている。
年齢は俺と同じくらいだろうか。美人の年齢はよく分からないな。
「いらっしゃいませー!」
とりあえず元気に挨拶をしておいた。
「アリス、知り合いか?」
いつもよりもウキウキしているアリスに聞いてみた。
「うん。私がレオから離れて働いていたときの先輩だよ。名前は、ジニーさん」
ということは、アリスがお世話になった人ってことか。
アリスがどこでどうお金を稼いでいたのか知らなかったけど、この人が傍にいてくれたのなら安心だろう。ちゃんとした人にしか見えないし。
よし、ここはアリスの保護者の一人としてちゃんとお礼を言うぞ。
「どうも。レオ・ハーモニーです。アリスがすげー世話になったみたいで。本当にありがとうございます」
ぺこりとした。
「いえいえ、アリスちゃんはよく働いてくれましたよ。職場のみんなの人気者でした。だから退職する日はみんなで泣いちゃったくらいです」
「へえー、どんな職場だったんですか?」
アリスがここに座ってと、俺の真正面のカウンター席にジニーさんを案内した。
ジニーさんが色っぽく座る。
そして、ジニーさんがニコニコしながら頭の上に手をやって、手の平を俺に向けた。
なんだろうかそのポーズは。単純に考えると――。
「猫……の耳ですか?」
「ぴょんぴょん」
「うさぎですか?」
「そう、バニーガールの仕事よ」
俺はたまたま持っていた皿を落としてしまった。ガシャーンと派手な音を立ててしまう。その音、今の俺の心境にピッタリかもしれない。
「あらあら」
ジニーさんが上品にほほえむ。
「うわ、びっくりした。レオ、どうしたの?」
アリスが床に落ちた皿を素早く回収した。
「バ、バニーガール、ですか?」
「はい、バニーガールです。可愛かったですよ」
「レオにも見せてあげたかったなー。かなりサービスした格好だったし」
「え、いや、お前、バニーガールって……」
まあ、今も露出過多な服装ではあるが。
「俺は聞いてないぞ。詳しく話すんだ。さあ、どういう仕事をしていたのか正直に言ってみろ。怒らないから。詳細にな」
ジニーさんはくすくすしている。俺がアリスを心配しているのが面白いんだろうか。
「え? レオ、どうしたの?」
「いいから早く」
「そんな怒るようなお仕事じゃないと思うんだけど。夜にね、男の人と一緒に遊ぶだけのお仕事だよ?」
はい、アウトー。もうその時点で完全にアウトー。
バニーガールの姿で男の人と遊ぶ仕事ってさー。もう悪い想像しか働かないだろ。
ジニーさんがますますくすくすしている。
「アリス、その仕事ってお酒は出るのか?」
「うん、私も注いだことあるよ」
アウト、アウト、アウト。
ジニーさんがテーブルに一回顔を伏せた。肩が震えているから笑っているらしい。
「男の人の言うことをなんでも聞いちゃう仕事か?」
「んー? 男の人が盛り上がるように自分の身を犠牲にするお仕事かな」
アウトすぎる。アリスはまだ未成年だぞ。
ぶはーっとジニーさんが吹いていた。
「おさわりは? おさわりはありか?」
「おさわり? って何?」
「男の人に身体をさわられたりとか」
「あー、そういう人もいたけど、私、いつもかわしてたよ」
「え? かわしていい仕事なのか?」
「かわしちゃダメだったの?」
「いや、指一本ふれさせちゃダメだが。よく分からないな。仕事の名前はなんて言うんだ?」
「ジニーさん、笑ってないで説明してあげてよ」
ジニーさんが顔をあげた。半泣き状態だった。笑い過ぎたらしい。
「あはは、ごめんなさい。お兄さんの反応が面白くて。ついつい」
「どう言えばレオが納得してくれるの?」
「普通にカジノでディーラーをやっていたって言えばいいのよ」
「レオ、それそれ。カジノでディーラー」
「え、カジノ! ディーラーっていうとトランプを配ったりする人ってこと?」
「うん。ポーカーとかブラックジャックでトランプを配ったり、コインの管理をしたりとかしてた。あと、お酒を持っていったりとか。大当たりの人が出たら笑顔で拍手を送ったりとかしてたかな」
「じゃあ、服を脱いだりとかは?」
「なんでそんなことをしないといけないの?」
「王様ゲームをやらされたりは?」
「それ、どういうゲーム?」
「お、お持ち帰りされたりなんてことは……?」
「テイクアウトの商品は何もないよ?」
ジニーさんが吹いていた。テーブルをバンバン叩いている。
「……もしかして、まっとうな仕事なのか?」
「そうだよ。お給料、良かったよ」
「へえー。バニー服で働くカジノか。アリスがディーラーならカードの調整できそうだな」
「うん。勝ちすぎたお客様がいるとね。支配人が合図をくれるの。そうしたら、私が一瞬だけ時を止める技とかを使ってカードをパッと入れ替えて、勝敗を調節するんだよ」
アリスになにやらせてんだ。勇者パーティーの一員だぞ。
まあでも、アリスの暗殺術が役に立つ仕事ではあるか。アリスはパーティーのなかでも素早さと観察力に関しては圧倒的に一番だからな。ディーラーっていうのは適正に合っている仕事かもしれない。
「まあ、格好はよろしくないが。カジノのディーラーなら許可してやるか」
「なになら許可しなかったの?」
「……それはまあ、内緒だ」
「えー」
ジニーさんがなにやら手提げ袋をカウンターに置いた。なんだろうか。
「はい、アリスちゃん。これ、お兄さんに見せてあげたら?」
「これなに?」
「アリスちゃんのバニー服。ロッカーに置きっぱなしだったから持ってきたわ」
「え。別にいいのに」
「そう? こういうのってね、男の人はすっごく興奮するのよ?」
ジニーさんが大人の女性らしく艶っぽいウインクをした。
俺はそのウインクにメロメロだったけど、アリスの手前、表情には出さなかった。頑張ってこらえた。
「レオが喜ぶなら着てくる」
手提げ袋を持って奥へと消えていった。
「俺はジニーさんのバニー姿を見たかった……」
「あら? うちの店に遊びに来てくれるのかしら」
「店、どこにあるんですか?」
この街の川向こうだった。だいぶ遠い。たしかにあっちの方は夜のお店が多かったな。
「でも、貴族階級のための紳士淑女のお店だから正装しないと入れないわよ」
「うわ、ハードル高いっすねー」
正装なんてほとんどしたことない。なにせ俺は勇者で、ずっと冒険ばっかりしていたからな。
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