第7話 「お家ルール」と伝説の猫チョビさん
ギュウシャの隅にクモの巣があって、そこにちっちゃな虫がパタパタ貼り付いて、そこに、じわじわとクモが寄って行って、ムシャムシャと食べた。
ああいうのが「自分で餌をとる」ってことなんだなあ、って、ぼんやり考えながら、ぼくは、クモの巣を見ていた。
ぼくにできるだろうか……。
やっぱり大人しく、ちゃんと「お家ルール」も守るから、家に入れてもらうわけにはいかないんだろうか?
「それは無理だろうなあ」
オマガリさんが言った。
「キヨマルさんが無理だったから? ぼく、頑張って、キヨマルさんより、もっともっと大人しくするよ」
「大人しく、っていうかな、賢くないとダメらしいんだ」
「カシコク?」
「キヨマルさんは、大人しくキッチンのテーブルの上や料理を置くところで寝てたりしたみたいだぞ」
「えっ? ダメなの?!」
「ダメだ。人間のご飯を食べたり、置いたりするところには乗っちゃダメなのさ。大人しいだけじゃダメみたいだ」
「どうしたらいいの?」
「ニンゲンが決めたルールを守らないといけないってことさ」
「それって、どんなルールなの?」
「んー、例えばだなあ……」
オマガリさんに聞いた細かいルール(オマガリさんも、キヨマルさんやオマガリさんのママにきいた話だそうなんだけど)を、ミントに話して聞かせた。
入ってはいけない部屋がある。リビングやキッチンのテーブル、料理をするところの上に乗らない。ニンゲンの食べ物を食べない。よその人に勝手にスリスリしない。オシッコやウンチはトイレでする、あとでちゃんと砂をかける。……。
「ぼく、できないことはないと思うんだけどなあ」
ぼくが言ったら、ミントは呆れたという感じで言った。
「じゃあさ、テーブルの上に美味しいごはんがあったら、上に乗らずに我慢できるの、チョコは?」
「えっ、あ……いや……」
「おかあさんが、その猫が入っちゃいけない部屋に入って出てこなかったら、出てくるまで鳴くだろ?」
「え、そんなこと……うーん……」
「ほら、キヨマルさんと一緒じゃん。無理なんだよ。大体さあ、そんなことができる猫がどこにいるのさ?」
ミントは怒ったように、そう言ってプイッと横を向いて寝てしまった。
ぼくはガッカリしながら、次の日、またオマガリさんのところに聞きに行った。
「ねえ、オマガリさん。あの『お家ルール』を守れた猫って、ホントにいたの?」
「いたんだと。物凄く賢い猫が」
「そうなの?」
「うちの猫の間じゃ、もう伝説だがな」
オマガリさんは、伝説の猫「チョビ」さんについて教えてくれた。
チョビさんは、オマガリさんのママのママなんだって。チョビさんは、ニンゲンの言うことは全部わかっていたみたいで、ダメって言われてることはしなかったし、逆に、おとうさんとおかあさんのことを凄く喜ばせるようなこと(「芸」って言ってたっけ)もしてたんだって。一緒に遊んでて、「はい、今日はおしまいだよ」っておかあさんに言われると、ちゃんと自分の寝床に戻ってたんだって。
そんな、家猫でも難しいらしいことをしながら、外では、ちゃんと狩りもしてたんだって。大きな鳥に飛びついて仕留めたりもしてたって。
「凄い! チョビさん! そんな猫がホントにいたんだね」
「そうなんだ。それで、チョビさんには、俺の親の『クロ』と、『シマコ』さんと『キヨマル』さんっていう3人の子供がいたんだ」
「そうなんだ」
「クロとシマコさんは、まあまあ賢かったみたいなんだ。キヨマルさんは……あんまり……まあ、な」
うふふ、ぼくは笑ってしまった。キヨマルさんに会ってみたいな。
「シマコさんとキヨマルさんは家猫として残ったんだけど、俺の親のクロだけは牛舎猫になったんだ。」
「えっ?? どうして?? お家ルールが守れなかったから?」
「違うよ。そんな馬鹿じゃない……」
ふぅ。ため息をつくと、オマガリさんは続けた。
「ニンゲンはな、俺たち猫に、子供を作らせないように手術するんだ」
「シュジュツ?」
「お腹を切って、何かして、また閉じるらしいぞ」
「ええー!! なんでそんな酷いことするのさ?!」
「だから、子供を作らせないためだって」
ぼくは、ちょっとクラッときた。子供を作らせないためのシュジュツ? お腹を切って閉じる? 怖すぎるじゃないか。
「チョビさんと、シマコさん、キヨマルさんは、その手術を受けたんだ」
「えっ? クロさんは、受けなくてすんだの?」
「次は自分の番だってわかったんだと。だから、一人で牛舎に逃げ込んだ。そこから、クロは家族をたくさんたくさん増やしていったのさ」
「えっ? じゃあ、他のひとたちは?」
「チョビさんとシマコさんとキヨマルさんは家猫として、そのまま家にいたんだけど、ある日、シマコさんは病気で死んでしまった。それから一年もせずに、今度はチョビさんが死んでしまったんだ」
「そうなんだ……」
「チョビさんが死んだ時には、おかあさんは、やっぱり、かなりショックだったみたいだ」
「だろうね……」
「キヨマルさんも、それで寂しくて、おとうさんやおかあさんを大声で呼ぶようになったみたいなんだ。でも、おかあさんには、その声に耐えられなかったみたいだな」
そんな理由があるんなら、よっぽどのことがない限り、家で猫を飼う気にはならないよなあ……。
ぼくは、家猫の道を諦めるしかないみたいだった。
それにしても、ぼくに「狩り」ができるようになるんだろうか……。ぼくは、巣を一生懸命張っているクモを見ながら、考え続けていた。
※↓伝説の猫「チョビ」の写真はこちら。
https://kakuyomu.jp/users/hiyuki0714/news/16818023214097116660
※↓伝説の猫「チョビ」のお話はこちら。
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