5『先輩に対するスパイ疑惑』

「うへぇ……またべちょべちょだよ」


 バグ討伐を終え、僕がネットワーク室の片隅で引っくり返っていると、


「あはは、お疲れ様」


 可愛い女の子がタオルをくれた。

 彼女はクー・ローマック14歳。

 先月入社した、僕の可愛い後輩だ。

 くりっとした大きな黒目、ふわっとした赤毛のショートと小麦色の肌をした元気な少女。

 健康そうな見た目に反して、手が少し荒れている。


 僕の後輩ということは、サボり魔な先輩の被害者2号ということでもある。

 先輩が電話を取らないせいで、僕らはいつも問合せ地獄にいるんだ。


「ありがとう」


 僕がタオルを受け取ると、クーちゃんがふわっと笑って、


「バグ退治までできるなんて、ルーくんはやっぱり男の子ね!」


 後輩ではあるものの、僕と同い年ということで、僕とクーちゃんは普段からこういう感じで話している。


「いやぁ」


 いつも塩対応(『愛帝あいてぃー語録』第8章3節)なモーリー先輩と違い、クーちゃんはこうして僕を労ってくれたり褒めてくれるから嬉しい。


「それにしても、もう冬も近いのにバグだなんて」


「そうなんだよ。先月から急に増えてさ」


「大変だよね……あれ?」


 クーちゃんが、物陰から何かを拾い上げる。


「なに、それ……?」


「触っちゃダメ! 触ったら手に臭いが付いちゃう。――これは、バグ寄せの香木だよ」


「「「なっ!?」」」


 クーちゃんの発言に、僕だけでなく周囲のバグ討伐班員たちも一様に驚く。


「嬢ちゃん、貸してみな」


 バグ討伐班長さんがタオル越しに香木をつかむ。


「……間違いねぇ。バグが好む臭いを発するルヨガシムの木だ。嬢ちゃん、よく知ってたな」


「実家が、森に飲み込まれそうなほどの田舎でして」









   ◆   ◇   ◆   ◇









 オペレーションルームは騒然となった。

 何しろ、故意にネットワークやサーバを傷付けようとしている者――スパイがこの中にいるかもしれないんだから。

 誰も彼もが互いのことを疑うような目で見始める。


「――落ち着きなさい!」


 普段はけっして声を荒げることのない課長が、びっくりするほどの大声を出した。


「「「――!」」」


 それで、みな一様に落ち着きを取り戻す。


「とにかく、通常業務に戻ること。この件については僕が軍警察といっしょに対応するから。君たちは何も心配しなくていい」


 普段は弱々しい笑みを浮かべてばかりな課長なのに、有事の際にはなんと頼もしい!

 理想の上司だ。


「ね、ルーくん」


 クーちゃんが僕の袖を引っ張り、オペレーションルームの隅っこへと連れていく。


「私、あの女があやしいと思う」


 クーちゃんが真剣な顔で言う。


「あの女って?」


「アイツよ、ジュリア・モーリー」


「先輩!?」


「しーっ、声が大きい!」


「ご、ごめん……」


「だってそうじゃない。あの女、ちぃっっっっっっっっともシゴトしないクセに、ずっと居座ってて。きっとあの体を使って課長を惑わせてるのよ。けど、そうやってごまかすのもいい加減難しくなってきたから、最終手段に出たんだわ」


 確かに、先輩がバグの発生地点を言い当てたのは、今日が初めてじゃない。

 数ヵ月ほど前から……そう、先輩がちっとも仕事をしなくなったころから、ぽつりぽつりとこういうことが増えてきたように思う。


「い、いや……いくら何でもそれは」


 でも、まがりなりにも僕に業務を仕込んでくれた先輩のことを、そうも悪し様に言う気にはなれない。

 それに、先輩が隣にいると目の保養になるというか、ええと。


「ほら、ルーくんだってアイツの体に惑わされて。あんなウシみたいな乳の何がいいっていうの!? オンナはバランスよ、バランス」


 言ってポーズをキメて見せるクーちゃん。

 先輩と同じOL風なスーツとスカートという出で立ちで、膝丈のスカートから伸びる脚はすらりと細く、引き締まっている。

 腰も服の上からでも分かるくらいくびれていて、ひょっとしたら僕より腹筋が鍛えられているかもしれない。

 田舎育ちで野山を駆け回って育ってきたと自称するだけあって、クーちゃんの体は何というか元気いっぱい、開放的な魅力で満ちている。

 先輩の、怪しい感じ、妖艶な感じとはまた違う魅力。


「ふふん」


 僕がクーちゃんに見惚れていたのに気を良くしたのか、クーちゃんがニカっと笑う。

 が、急に怖い顔に変わって、


「と、いうわけで!」


 びしり、と人差し指を立てるクーちゃん。


「明日から、覆面捜査を行います! ルーくんも強制参加ね!」


「えぇ~~~~~~~~ッ!?」

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