幕間:その庭には、彼に繋がる匂いがあった

 この間見つけた教会にテオを引きずってきてみた。

「ほら、このお庭! きれいでしょ!」

「うん。そうだね」

 テオは若干疲れた様子だったが、小さいながらも丁寧に手入れされた庭の様子を見て、少しだけ微笑んでくれた。

 散策する程大きな庭ではない。教会の片隅にある小さな庭園。

 けれども、楽しむべき所は多かった。


 綻びそうな蕾とか。

 綺麗に咲いた花とか。

 ノイスは一つ一つを覗き込むように庭を楽しみ。

 テオはその様子を微笑ましく眺めながら後をついていく。


 ――と。

 テオはふと足を止めた。

 辺りを軽く見回し。すん、と鼻を動かす。

 花や木、土の匂いに混じる、何かがあった。

 隠されている訳でもないが、ぼーっとしていてはなかなか気がつけないような。

 そんな僅かな違和感のある匂い。


 ノイスに視線を向ける。

 彼女が何かに気付いた様子はなく、存分にこの庭を楽しんでいる。

「ふむ……」

 テオはさりげなくその匂いを探す。


 庭を抜けて、教会の方へ。

 花の匂いが薄れて、少しずつ分かりやすくなっていく。

 血の混じった土の匂い。

 ずっとこの中に居たら気分が悪くなりそうな。最近のウィルによく似たそれを追って裏へ回る。


 そこには、小さな一軒家があった。


「……誰かのお宅だったか」

 でも、匂いは確かにそこにあった。

 ここが、ウィルの家なのか?

 いや、違う。とテオはすぐに否定する。

 それならばもっと匂いは強いはず。

 事実、先日街中で見かけた時の方がずっと匂いが強かった。

 これはどちらかと言えば――残り香だ。

 この家の誰かが、彼に関係しているのだろうか……?

 

「――おー? テオー?」

 遠くからノイスの声がした。


 慌てて庭へと戻ると、彼女は腕を組んでこっちをじっと見ていた。

「ちょっとテオ。どこ行ってたのよ」

「ごめん。ちょっと気になった物があって」

「もう。それなら一言くらい言いなさいよね。気付いたら居ないんだもの」

 びっくりしたわ、とノイスは頬を膨らませる。

 そんな彼女の頭をくしゃりと撫でて、テオは機嫌をとる。

「すまないね。お詫びに夕飯はノイスの好きな物にしよう」

 その一言で彼女の表情がぱあっと明るくなる。

「そこまで言うなら仕方ないわね。お魚のおいしいお店が良いわ」

「分かったよ」

 頷くテオに、ノイスは「それで」と緑の瞳を向ける。

「テオはどうして遠くに行ってたの?」

「ああ。うん。匂いがね。したから」

「匂い」

 ふうん、とノイスは首を傾ける。

「もしかして、近くに彼が居る、ってこと?」

「ううん。そんなに強い匂いじゃないんだ。残り香と言った方がしっくりくる程度の。だから……彼がここを訪れたことがあるか。もしかしたら接触した誰かが居たのかもしれない」

「ふうん。それならしばらく通ったら何か分かるかもしれないわね」

 ノイスの言葉にテオはそうだね、と答える。

「じゃあ、ノイス。しばらくここに遊びに行きなよ」

「テオは?」

「いや……俺が毎日のようにここに来てたらただの不審者だよ」

「それは、そんな野暮ったい格好してるからよ」

 ノイスの真っ直ぐな言葉に「そう言われてもね」と苦笑いする。

「とにかく、こういう所に来るのはノイスのような子の方がずっと良いはずさ」

「まあ、そうね。言い訳はそれなりに考えとくわ」

 うん、よろしく。とテオはノイスの頭をそっと撫でる。

 

 手掛かりが増えていく。

 少しずつ距離が近付いていく。

 テオにはその実感があった。

 ただ、近付くには壁がある。

 詳しい居場所はまだ分からない。

 けれども。

 

「また。近いうちに会えそうだ」

 

 夜の街では視線を交わしただけだったけど。

 次会う時は。きっと。

 きちんと向かい合うことができそうだ。

 

 テオの口元は、嬉しそうに笑っていた。

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