第2話「婿探し②」
ヴィエラは素直に感嘆のため息を漏らした。
クレメントも美形の類だが、目の前の男も負けないほど整った容姿をしていた。
目は切れ長の印象だが、二重がハッキリしていて麗しい。鼻梁は筋が通り、口元はへの字に曲がっていても美しく見える。
年齢は同じくらいか、少し年上のようだ。
思わず見惚れてしまうが、すぐに冷静になる。
(こういう顔の良い男性はすでに婚約者がいるものよね。ない、ない。だからこの人の前で淑女らしさを出す必要はないわ)
先客は不機嫌そうに見てくるだけで何も言ってこない。
ヴィエラは遅れて「相席失礼しますね」と断りを入れた。そして会場から拝借してきたウィスキーをグラスになみなみに注いで、一気に半分ほど煽った。
「かぁー! きくぅ!」
あまりのアルコール度数の高さに喉が熱くなるが、それ以上に美味しくて声が出てしまった。
先客の青年はぎょっとした顔で見てくるが、気にしない。グラスに残った半分を、ちびちびと飲んで勝手に楽しむ。
先客はそんなヴィエラを凝視してくる。勝手に相席しておいて、ひとりでお酒を楽しんでいるのが申し訳なくなってきた。
「あはは、飲まなきゃやっていられない気分ですの。もし良かったら、あなた様も飲みます? この通り変なものは入れてませんよ?」
もう一度グラスにたっぷりとウィスキーを注いでから、ボトルの方を先客に渡した。
「……ありがとう」
身を起こした彼は素直に受け取り、直接ボトルに口を付けてグイっと飲んだ。
豪快な飲みっぷりに、ヴィエラは拍手を送る。
「良いですね~良いですね~あなた様こそ、そんな飲み方をするんて嫌なことでもあったのですか?」
「嫌味に聞こえるかもしれないが……令嬢に囲まれ過ぎて、嫌気がさして逃げて来たんだ。まだ彼女たちは諦めていないようだから会場に戻るわけにもいかず、同行している兄夫婦を置いて勝手に帰るわけにもいかず」
そう言って彼は、また酒を一口飲んだ。彼も酔いたい気分らしい。
「婚約者はいらっしゃらないのですか?」
「今まで忙しくてこういった場に出る機会も経験も少なく、元から社交も得意ではなくて。しかし両親や周囲に説得されて縁を探しに来たものの、令嬢たちの言葉を躱すので精一杯だ。社交辞令も下手に言えば、言質を取ったと騒ぎ出すから手に負えない」
普通の人なら鼻につくようなモテ自慢であるものの、この男の姿を見れば文句など言えない。
麗しい顔にしっかりとした体躯、着ている服は上質で優良物件だ。これは狙われても仕方ない。
「わぁ、容姿が良いのも大変なのですね。私はむしろ誰も寄ってこなくて、この通りやけ酒ですよ! 貧乏金なし、縁なし、時間なし! 早く婿が欲しいのに!」
「君も大変なんだな。どうしてまた急いで探しているんだ?」
「急に跡取りにならなきゃいけない状況に陥り、当主の資格を得るために結婚しなきゃいけないんですよ。でも私も今まで仕事漬けで夜会は約二年ぶりで、片手で数えるほどしか夜会経験がないんです。伝なんて無いし、領地は田舎で貧しいからハズレくじを引いてまで婿になりたい人なんていないですし……くぅ!」
一気に喋って乾いてしまった喉を潤すように、ぐびっと多めにウイスキーを飲む。
「なるほど」
「良い人を紹介してやると言われて聞いてみれば、親より年上だったり、女癖が悪かったり、散財癖のあるギャンブラーだったり、変態趣味で有名だったりで」
「酷いな。社交界はこれだから嫌なんだ。すぐに面白半分で誰かを蹴落とそうとする」
男の話に強く頷きながら、ヴィエラはウィスキーを飲み進める。
貴族としても淑女としても失格なのかもしれないが、お酒が進む。ふたりの意見は社交界から離れたいという意見で盛り上がった。
「普通で良いの……この際、婿は働かなくても良いの。贅沢はさせてあげられないけれど、私と結婚して静かに暮らしてくれるだけで良いのに! ちくしょうっ」
すきっ腹にウィスキーを流し込んだため、酔いがすっかり回っているヴィエラは初対面の男に愚痴を溢す。
目の前の男も同情したように深く頷いてくれるものだから、饒舌が止まらない。
「身分は誰だって良いのですよ? 平民でも問題ございません。私ってそんな理想高いですか? 妹が結婚して跡継ぎの座を交代したあかつきには、相手が望めば離婚する覚悟だってありましてよ。契約結婚で良いんです」
「うんうん、結婚するための条件は高くないはずなのに、クリアできる相手が意外と見つからないんだよな。俺としては依存してこなければ良いだけなのに、どの令嬢もか弱いふりして守って守ってと甘えてくる。俺の装飾品を褒めつつ、品定めをしながら将来の自分に使える金を計算してくる。どれだけ散財する気なんだ彼女らは! もっと地に足が付いた女性が良い!」
男も酔ってきているのか、頬にわずかに朱をさしながら語る。
ヴィエラは男の頭からスラリと伸びる足先まで見て、ふと気が付いた。よく鍛えている体なのは一目瞭然だ。
「もしかして、あなた様は騎士?」
「なんだ。やっぱり俺のこと知らないのか。珍しいな」
令嬢に嫌気がさすほど人気という話から、やはり社交界では有名な騎士らしい。
「私は仕事漬けの引きこもりなので、夜会もお茶会も参加しません。噂とか流行りに疎いんですの。有名人をチェックして、キャーキャーはしゃぐ年は過ぎましたし」
「だからか、君は俺に猫を被らない。非常に話しやすい」
「あら、嬉しいですわ。私も猫を被らなくていい相手というのは、話していて楽です」
気分よく、グラスの底に残っていたわずかなウィスキーを飲み干し、窓から燦々と光を溢している夜会会場を眺めた。
つい半刻前まで最悪だった気分も、今は非常に愉快だ。
この男のように気兼ねなく過ごせる人が婿だったら、愛のない契約結婚だとしても友人のような関係で楽しく過ごせそうだ――そう思い、はたりと思いついた。
「ねぇ、騎士様。私からひとつ提案しても?」
「なんだ?」
「私と契約結婚しませんか? 凄いド田舎で貧乏ですけれど、衣食住の保証あり。当主の仕事は私がするので、騎士様はのんびりスローライフ。先ほど言った通り、数年後に希望すれば離婚もできます」
言ってから「とんでもない誘いをしたな」と、思考が鈍っている頭で思った。
現在のヴィエラは酔っ払いで、他の令嬢のように優雅さも可憐さもない。当主の婿だとしても領地は貧乏で玉の輿とは程遠い。断られる前提の、駄目もとでの提案だ。
受け入れてくれたらそれこそ奇跡で――
「その話、乗った! 婿入りしてやる」
「はい!?」
「なんだ? 嘘か?」
「嘘じゃありません! まさか承諾してくれるなんて思っていなくて……だって騎士の仕事もあるのでしょう?」
騎士は腕を組んで「うむ」と少し考え、口を開いた。
「仕事には誇りを持っているが、正直なところ少し騎士の仕事から離れたいとは前から思っていたんだ。でも王都で住んでいる限り、やめさせてもらえないだろう。だから当主として帰郷しなければならない君について行けば、引退の許可も出ると思うんだ」
「何かしたいことでも? 田舎領地だとできることも少ないですが」
「勉強がしたいんだ。本を読める環境があればどこでもいい。ずっと騎士の訓練ばかりで、望むような勉強ができなかったから……何より、煩わしい人間関係から解放される!」
そう言って騎士は夜会会場を睨みつけた。
契約の婿が欲しい令嬢と、静かな場所に行きたい騎士。利害は一致していた。
「では決まりですね。改めまして、わたくしユーベルト子爵家の娘ヴィエラでございます。運命の騎士様、どうか結婚してくださいませんか?」
ヴィエラは微笑みを浮かべ、騎士に手のひらを差し出した。
すると騎士も口元に弧を描き、彼女の手を握った。
「俺の名はルカーシュ・ヘリング。喜んでお受けいたします」
やけくそで参加した夜会で、ヴィエラは婿候補を手に入れた。
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