婚活で追い詰められた貧乏令嬢、酔った勢いで神獣騎士と知らないまま婚約を持ちかけた結果、溺愛がはじまりました!?
長月おと
一章
第1話「婿探し①」
『父が急病。すぐに婿を見つけ帰郷せよ。婿は誰でもいい』
王宮の一角にある研究棟で、魔道具を使って届けられた短いメッセージが書かれたカード――魔法速達を見たヴィエラ・ユーベルトは、一旦そのカードを仕事場の机に置いた。
乱れていたイエローブロンドの髪を手櫛で整え直し、寝不足で霞んでいる薄紅色の瞳に目薬を差す。ついでに眠気覚ましの苦い栄養ドリンクを口にしてから、再度カードを見た。
「見間違いではないようね」
ヴィエラは、王都から馬車で一週間ほどの距離にある田舎領地を治める子爵家の長女だ。
昔は金が取れる鉱山があって栄えていたが廃鉱山となってからは衰退し、現在ユーベルト家は貧乏貴族として有名だ。
父であるユーベルト子爵が王家に領地の返上を申し出ても、他家に譲渡を申し出ても断られるほどの土地がヴィエラの故郷。
幸いにもヴィエラには魔法の才能があったためアルバイトをしながら魔法学校に通い、がむしゃらに勉強した結果、王宮魔法使いとして国に就職することができた。
現在は魔法局の技術課という部署で働き、実家と王立学園に通う妹に仕送りをする生活。
社交界に頻繁に出るためのドレス代や参加費用を捻出できるわけもなく、妹のデビュタントに付き添った以降、夜会には二年以上出ていない。
仕事漬けのため出会いもなく、令嬢の婚約適齢期である二十歳を三年ほど過ぎている。そんな行き遅れヴィエラに対して急に婿を見つけろというのは無理難題だ。
これまでは六つ年下の可愛らしい妹が金持ちを捕まえて、子爵家の後継者になるものだと思っていた。妹もそのつもりで高い学費を払ってまで王立学園に入学し、学園内で婿を見つけるために精を出している。
ちなみにこの国――トレスティ王国では女性でも当主の座に就くことができる。
しかし伴侶がいるという条件付きだ。男性と違って女性には妊娠出産が伴い、領主として働けない期間が発生するため、それを補う相手が必要というわけだ。
妹はまだ十七歳になったばかり。後継者資格を得られる十八歳までまだ一年もある。父に万が一のことがあった場合、後継者問題は宙ぶらりん状態となるだろう。
母ひとりでは、あの貧乏領地のやりくりをするのは難しい。未亡人になってしまえば、母でさえも当主資格を保有できないのだ。
そうなれば本来なら自動的に王家に領地が返上になるのだが、ユーベルト家が自主的に爵位返上しようとしたものの断られた過去がある。放置され、領民が飢えるようなことになっても大変だ。
つまり頼みの綱は、ヴィエラが結婚して帰郷できるかにかかっているということ。だから貧乏にもかかわらず、高い費用を出して魔法速達便を使ってまでメッセージを送ってきたのだろう。
「困ったわ……どうやって婿を探せばいいのかしら」
ヴィエラは頭を抱え、机に突っ伏した。
「ヴィエラ先輩、サボりですか? 僕が頼んだ魔道具の製作終わってないですよね?」
今、一番聞きたくない男性の声が後頭部に降ってきた。ヴィエラは顔を上げて、恨めしい視線を隠さず相手を睨んだ。
「クレメント様、そこまで早く欲しいのなら私以外の技術者を指名してくださいませ」
焔のような赤髪に、透き通ったアンバーの瞳、見上げるのが大変なほど高い身長の青年――クレメント・バルテルはニッコリ微笑んでこう返した。
「ヴィエラ先輩が魔法付与した装備が一番気に入っているのに、酷いですね。僕の個人注文のお陰で残業代も出て、指名代も出て、給与も上がっているはずなのですが……指名外しても良いんですか?」
「……分かりましたよ。結界課二班の班長様」
クレメントは魔法学校でゼミが同じだった後輩だ。
後輩に足元を見られ先輩の面目は丸つぶれだが、手が止まっているのは事実なのでヴィエラは渋々作業を再開した。事実、この男の所業によって給与は同僚よりも多く得ているのだ。
魔法局はみっつの課に分けられている。
ひとつはヴィエラが所属する技術課。服や武具、その他道具に魔法を付与し、魔道具の製作を仕事とする部署。
ふたつ目は魔道具の開発を専門とする開発課。発想力と知識が必要とされているインテリの部署。
そして最後はクレメントが所属する結界課。
この世界には魔物と呼ばれる、野生動物とは別の狂暴な生物がいる。魔物は人を餌と認識して襲う習性がある上に、自然界に普通に生息している厄介な存在。
動物は心臓で生き、魔物は核と呼ばれる石のようなもので生きていた。それが区別の基準になっている。
結界課は人が住むエリアに魔物が近寄らないように、危険な森に入って結界を張る専門の部署だ。魔法の才能だけではなく、高い運動能力が求められるエリート集団と言っても良いだろう。憧れる魔法使いは多い。
しかもクレメントは現在二十二歳と、若くして班長にまで上り詰めた秀才だ。そんな彼はいつもヴィエラばかりを指名し、大量の魔道具を依頼してくる。彼女が慢性的な寝不足と疲労に襲われている元凶と言っても過言ではない。
本気で断りたいと思ったことは何度もあった。けれどもクレメントが侯爵家の跡取り息子であるため貴族としても格上であり、魔法局においても班長という役職持ち。
一方でヴィエラは単なる平職員。立場的に断れる要素が皆無だった。
「もうすぐ遠征が多くなる時期ですから、しっかりお願いしますよ。僕と班員の安全は、防具を作るヴィエラ先輩に委ねているんですからね」
「相変わらずプレッシャーをかけるのが上手ですね。安心してくださいませ。手は抜きません」
「えぇ、信じていますよ。ということで、これ差し入れです」
コトリと音を立てて、クレメントは三本の小瓶を机の上に乗せた。
それは最高級の栄養ドリンクだった。一般人では手に入らない限定品。効果は抜群で、これを飲んで寝ればどんなに短い睡眠時間でも、翌朝スッキリの最強ドリンク。
(つまり、これを飲んで魔道具を間に合わせろということね)
優しいふりをして、人を酷使するのは彼の常套手段。ないよりは良いだろうとヴィエラは受け取ってから、あることが閃いた。
(伴侶を得るための出会いと言えば、なんだかんだ夜会よね。これがあれば平気で徹夜もできるから、夜会に参加できる時間も捻出できる。ドレスは妹から借りるか、型落ちをレンタルすればいいわ)
婿探しの希望を見出し、落ちていた気分が上昇した。
「ありがとうございます! 私、頑張れそうです」
思わず満面の笑みを浮かべてクレメントにお礼を言えば、彼はパッと視線を逸らして、「なら頑張ってくださいよ」と言い残して、足早に技術課室から出ていった。
そうして三日後、早速ヴィエラは夜会に参加した。
数年ぶりのコルセットの苦しみに耐え、妹から借りたドレスに袖を通した。一応、令嬢には見えるよう化粧も濃いめに施してみた。
そうして意気込んで来たものの、妹のデビュタント以来二年振りかつ人生四回目くらいの夜会は、引きこもり令嬢には過酷な世界だった。異性の知り合いが技術課の同僚のみで、彼らは婿になってくれることはないと断言できる。
婿探しの希望が見出せず壁の花になって遠い目をしていると、華やかに着飾った可愛らしい令嬢が近づいてきた。
蜂蜜のような淡い金色の髪に、ぱっちりとした薄紅色の大きな瞳を持つ彼女は、姉でも見惚れてしまう。
「私の天使は今日も可愛いわ」
「お姉様ったら相変わらずね。で、調子はどう?」
「見てのとおりよ。ねぇ、エマの知り合いでとりあえず結婚してくれそうな男性はいないかしら?」
ヴィエラが投げやりに問うと、妹のエマは眉間に皺を寄せてため息をついた。
「軽いノリで結婚しそうな人に限って、お金持ちの親のすねを大口でかじっている殿方ばかりよ。財布の紐もゆるければ、ベルトも緩いんですもの。初心なお姉様に紹介できないわ」
「でも、今はそんなこと言える状況じゃないと思うんだけど」
「分かってはいるけれど、あえて問題児を婿に取る必要はないわ。資産以上に、もう少し精神面で紳士殿方でないと」
「エマが結婚して跡継ぎになるまでの数年だけの結婚でも良いと思っているの。ダメ男なら離婚すればいいんだし、この際婿に来てくれるだけでも大歓迎だと思うのよ」
ふんっ、と鼻息を荒くしたヴィエラを見たエマは、整った眉尻を下げた。
「もうお姉様は十分家族のために頑張っているわ。お父様の事情は理解しているけれど、少しくらいは自分の幸せを考慮した相手を選んで欲しいの」
「優しい妹ね。じゃあエマが認めてもよさそうな人が見つかり次第、紹介してくれるかしら?」
「えぇ、お姉様に相応しい人を探すわ。早速、男漁りにいってくるね!」
エマは親指を立てて、漢らしく人の輪に向かっていった。
ヴィエラは妹の逞しさと頼もしさにクスリと笑みを溢した。
するとエマと入れ替わるように、また別の美しい令嬢が近づいてきた。赤髪にアンバーの瞳は、彼女の双子の弟クレメントにそっくりだ。
「あら、ヴィエラ様ではなくって? 社交界に出てくるなんて、まさかおひとり? パートナーはおりませんの?」
クレメントの姉サーラは扇で口元を隠しつつ、目で三日月のような弧を描いた。いい年になっても相手がいないことを、暗に馬鹿にしたいのかもしれない。
「残念ながら……サーラ様こそ、ご成婚おめでとうございます。素敵な旦那様と噂で聞いておりますわ」
「クレメントから聞いたのかしら? えぇ、わたくしには勿体ないほど素敵な方よ。そうだわ、幸せのお裾分けで殿方をご紹介してあげましょうか?」
「え? た、例えば……」
「そうね――」
こうしてサーラが名前を出した男性は、社交界に疎いヴィエラでも「ヤバい奴!」と思うほどの殿方だった。
エマの言った財布の紐とベルトが緩い以上に危ない訳あり男性ばかりで、ヴィエラは顔を引き攣らせた。
(クレメント様といい、サーラ様といい、この姉弟は私に何の恨みがあるの!?)
このまま話していては、実際に引き合わせられてしまうかもしれない。恐れたヴィエラは逃げ道を探る。
しかし、それを阻む様に弟クレメントがヴィエラの隣に立った。
「サーラ、義兄上がお探しですよ」
「あら、旦那様が? なら行かなくてはね。ごきげんよう」
サーラは顔色を明るくして、すぐにヴィエラの元を去っていった。
「大丈夫でしたか?」
「は、はい」
姉に便乗して
「それにしてもヴィエラ嬢、あなたがどうして夜会に参加を?」
仕事のときは魔法学校の延長で『先輩』と呼ぶ彼は、社交界ではきちんと令嬢扱いしようとすることにも驚いた。
ヴィエラは戸惑いながら、答える。
「伴侶を探しに……です」
「は?」
「今更ですが、親を安心させなきゃいけないと焦りまして」
「なんですか、それ……」
クレメントの呆れた声色にはわずかな怒りが含まれており、ヴィエラはわけが分からず彼を見上げた。
「ヴィエラ嬢が社交界で相手を探すことは無謀なことですよ。焦って見つけたとしても、サーラが名をあげた人たちのカモになるのがオチです。あなたは大人しく、魔法局に引きこもっているべきです」
「あら、随分と心配してくださるのですね」
「それはもちろん、あなたが――」
クレメントはそこで言葉を途切れさせた。
(それはもちろん、私が結婚してしまうと依頼を押し付けられる都合の良い相手がいなくなるから……なんでしょうね)
ヴィエラは彼に気付かれない程度に小さなため息をついて、にっこりと微笑みを返した。
「ご心配ありがとうございます。でも一応私も貴族の令嬢なものですから、年齢的にも動かないと。では私はお相手を探さなければいけませんので、失礼します」
クレメントの表情が固まったが、気遣う義務もないだろう。軽く礼をしてからその場から離れた。
そしてパートナーのいなさそうな令息を探すが、社交界の婚約情報を持たないヴィエラに判断がつくわけもなく、相手から声を掛けられることもなく……彼女はやけ酒に走ることにした。
なんせ参加費用を払っているのだ。婿を見つけられないのなら食事で元を取らなければ――と貧乏魂が訴えたのだ。
しかし、会場は人目があって気ままに飲めない。ちまちま隅っこで飲んでいた彼女はテーブルから一番高そうなウィスキーのボトルとグラスをさっと手に取って、そのまま誰もいなさそうな庭へと出た。
ちょうど東屋が空いているように見える。そこのベンチに座って、ボトルのキャップを開けてから気が付いた。
反対側のベンチに先客がいたのだ。
闇に溶けてしまいそうな長い黒い髪を三つ編みにし、ブルーグレーの瞳に不機嫌な色を乗せた美しい容姿の青年が寝そべっていた。
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