第5節 雪生が行くー新魔大陸編ー
@anyun55
第1話 月影のガイド
雪生と月影は新魔大陸に来た。
この新魔大陸は,魔界の魔大陸の名前を真似て,そこに,『新』という文字を加えたものだ。この新魔大陸は,月本国からは比較的容易に往来することができる。故に,昔から新魔大陸の住人が月本国に女狩りに来ていたという歴史がある。だが,その史実はどの月本国の歴史書にも記載がない。
月影はガルベラ国出身だ。ガルベラ女王国は,新魔大陸の南西部地域を支配している国だ。隣国のメランブラ女王国は,南東地域を支配している。北部一帯は,北部領域と呼ばれて,魔獣が跋扈している地域だ。南部には大きな海があり,それを越えた南方がどのようになっているのかは不明だ。誰もそこを越えて戻ったものはない。
雪生と月影の立っている場所は,ガルベラ女王国でも,最南部に位置する都市,ナトルア市だ。月本国からの秘密の出発ゲートから,この都市の到着ゲートへと繋がっている。
この都市は,治安がもともとよく,警護隊員はいるものの,あまり人数は多くはない。しかし,その人数でもなんとか治安維持ができていた。南東地域や南西領域にいる魔獣は,魔界出身の魔獣だが,北部領域で跋扈する魔獣は,魔界出身とは違うのはわかっているが,詳しくはまだ解明されていない。
この新魔大陸にはもともとヒトを襲うような凶暴な魔獣はいなかった。だが,誰かが人為的に召喚魔法で魔獣界から召喚したり,魔界から連れてきたりした。でも,それなりに歴史があり,今では,かなりの魔物が跋扈している。
この新魔大陸のガルベラ女王国やメランブラ女王国では,月本国からの高度な科学文明が入ってきており,それが魔法技術と融合して,独自の科学魔法文明が発達してきた。この高度な文明は魔界に流出することはなかった。魔界の住民には秘密にされてきた。
月影は,ガルベラ女王国の最南端の都市ナトルア市に来てから,記憶のほとんどを取り戻した。この都市の外観を見ると記憶が蘇ってきた。
月影「私,記憶が戻ってきたわ。この都市は,ナトルア市っていうのよ。この都市にいれば安全よ。そして,,,私のほんとうの使命も思い出したわ」
雪生「その使命って?」
月影「今は,言えないの。雪生,私は,また月本国にもどらなくちゃいけないわ。でも,2,3日なら,一緒にいてあげれる。その後は,なんとか自分ひとりでがんばってちょうだい」
悲しくなった。また,涙が出てきた。
雪生「えーー,,,しくしくしく,,,わたし,,戦っても弱いし,魔力がないから魔法も使えないし,,,すぐに,また犯されて殺されてします,,,」
月影「そんなに悲観的にならないでちょうだい。ナトルア市の治安はいいのよ。それに,娼館も充実しているから,男たちの性処理は問題ないはずよ。レイプ事件は人気のないところさえ避ければ起こらないと思うわ。でも,あなたみたいな若くて超美人な乙女はほとんどいないから,確かに男どもの餌食になるかもしれないわね,,,雪生は,魔力があれば魔法は使えるの?」
雪生「生前は,初級魔法士でした。魔力があれば初級魔法は使えます」
月影「じゃあ,魔獣を食らって魔力を取り込むしかないわね。いまから,魔獣を狩りに行くわよ」
雪生「えーーー??今から??もう日が沈みますよーー」
月影「野宿なんて,ハンターにとって当たり前よ!!」
月影は,嫌がる雪生を引っ張って,このナトルア市の城壁を越えて,魔獣の生息する森林へと向かった。
月影は,記憶を取り戻したので,自分の強さがよくわかった。月影はSS級魔法士だ。より正確にいうと,S級の10倍がSS級とすれば,月影のそれは,SS級のさらに10倍のUS級(ウルトラS級)魔法士だ。
月影は,温度探知魔法で周囲にいる魔獣の存在を認識した。かつ,相手の強さもある程度予測することもできる。月影はオーラを認知できる能力を有していたからだ。
月影「ここから1kmほど先に,ブラック・ウルフがいるわ。変哲も無い魔獣ね。しかも,レベルは上級魔法程度よ。駆除しにいきましょう」
雪生「え?上級魔法?怖ーい!」
月影「上級って,この新魔界では最低レベルよ。初級なんて,くそよ!くそ!」
雪生は,涙が流れた。この霊体の体はよく涙が流れる。
月影に発見されたブラック・ウルフは悲劇だった。こんな危険な森林に,若い女性がやって来るということは,よっぽど腕に自信があるか,バカのどちらかだった。ブラック・ウルフは,逃げることに決めた。だが,彼女たちの顔をしっかりと見てから逃げることにした。それが不幸の始まりだった。彼は,雪生の顔を見てしまったのだ。彼は,ヒトの霊体を持つブラック・ウルフだった!
ブラック・ウルフ「う,美しいーー!こんなにも美しい女性がいるなんて,,,」
すでに,日が沈んで,辺りは薄暗かったが,ブラック・ウルフは夜目が効いた。彼は,雪生の顔を心に刻んでしまった。彼は,思わず,茂みに隠れている場所から這いだして,月影と雪生の前に出てきてしまった。
彼の下半身はすでに反応していた。彼の頭の中は,雪生を犯すことしか考えていなかった。月影の存在など,視界から消えてしまった。月影の強さに対する警戒心も完全になくなった。雪生の,かよわそうな,そして花も恥じらう15歳くらいの少女に対して,『この乙女を犯したい』という欲望だけが彼の頭を支配していた。
這いだして来たブラック・ウルフをみて,月影は少し奇異に感じた。このブラック・ウルフにとって,月影の存在など,眼中にない様子だった。月影は,ブラック・ウルフの下半身の反応をみた。
月影は,ボソッと心の中でつぶやいた。
月影『なるほど,,,雪生は,獣のオスさえも,我を忘れて反応させてしまうほどの美人なのね。これでは,雪生は,この世界では生きていけないかもしれないわ。スペアの体がなかったら,この場で月本国に引き返てほらうしかなかったわね』
バッヒューーー!
月影は,ほぼ無抵抗状態のブラック・ウルフにS級レベルの火炎魔法で攻撃した。
我を忘れているブラック・ウルフは,火炎攻撃に気がつくのが遅かった。
「ウワーーー!」
ブラック・ウルフは火炎攻撃を避けることもできず,直撃してしまい,火だるまになった。火だるまになって,やっと我に返ったブラック・ウルフは,自分の人生を恨んだ。
『俺はどうしてこんなに不幸なんだ!この新魔界に来て,まだ1回も女を抱いていないのに,こんなところで死ぬなんて,,,この恨み,晴らさないですむものかぁぁーー。その恨みを,この恨みを,あの女に取り憑いて,晴らしてやる!』
恨みを抱きつつブラック・ウルフは死んだ。いや,正確には,霊体が支配するブラック・ウルフの肉体が,その機能を失ってしまった。
支配すべき肉体を失った霊体は,恨みを晴らすべく,雪生のそばに来た。だが,霊体では,何もすることはできなかった。ただ雪生の周囲を飛び回るだけだった。
悪霊大魔王の部分意識体として存在していた雪生は,他の霊体の存在に敏感だ。雪生は,自分に纏わりついている霊体がいるのに気がついた。
雪生『あの,霊体さん? 霊体さん? そこにいるのは,霊体さんですか?』
雪生からの念話を聞き取ったブラック・ウルフの霊体は,その問いに返答した。
ブラック・ウルフ『私に話しかけているのか?お前は,念話に慣れているな。私の声が聞こえるのか?』
雪生『はい,はっきりと聞こえます。霊体同士の念話は,いつものようにしていたものですから。もし,よかったら,私の霊体に接触しませんか?いちいち会話する必要はありませんよ』
ブラック・ウルフ『霊体に接触?え?』
雪生『はい,私の頭の中に入ってください。接触といっても,霊体は,膜で覆われていますから,合体するようなことはありません。手と手を繋ぐようなものです』
ブラック・ウルフ『なるほど,,,経験があるような台詞だな』
雪生『はい,いままで,ぎゅうぎゅうに他の霊体や霊体のカスたちと接触していましたから』
ブラック・ウルフの霊体は言われた通り,雪生の頭部の中に進入した。
ピタッ!
ブラック・ウルフの霊体は,雪生の霊体に接触した。
ドドドーー!!
この接触により,雪生の脳裏にブラック・ウルフの記憶が瞬時に流れ込んできた。
大量の記憶ーーーその内容は,次のようなものだった。
ー ブラック・ウルフの記憶 ー
ブラック・ウルフの霊体は,ブラック・ウルフになる前は,ヒトだった。まだ18歳の青年だ。その青年の名は『ケン』といった。ケンの家族は,母親のマイラだけの母子家庭だった。
ケンは,この新魔界の住人ではなく,魔界の北東領内にある小さな町に住んでいた。ケンは,自宅で病気療養中だった。母親は,いろいろとツテを頼って,ケンを治せる術士を探していた。
回復魔法というものは,外傷を治すものであって,病気を治すものではない。そのため,病気に対しては,魔法はほとんど有効ではない。病人に対して魔法ができるのは,体力をある程度回復させる程度だ。だが,体力を魔力で強制的に回復させるのは,寿命を削ってしまうという欠点がある事実は,まだ一部のものしか知られていない。
母親のマイラが病気を治せるという術士を連れてきたのは,もう5人目だ。これまで,いずれもうまくいかなった。だが,マイラが言うには,今度こそ,間違いがないとのことだった。
マイラはケンに連れてきた道士を紹介した。
マイラ「ケンさん,この方を紹介するわ。新興宗教の『乙女教』の地域長,ズルベ道士様です。彼がケンさんの病を救ってくださいますよ」
ケン「ほんとに,私の病が治るのですか?病が治るなら,どんな厳しい試練でも受けることができます」
ズルベ道士「それは大変よい心構えです。命が助かるのであれば,どんなことでもしますか?」
ケン「はい,どんなことでもします。我慢できます」
ズルベ道士は同じ質問をマイラにもした。マイラももちろん同じ答えだった。
ズルベ道士は,ケンとそのマイラに,永遠の命を得る方法を伝えた。
ズルベ道士「ケンさん,マイラさん。残念ながら,この魔界の医療水準では,ケンさんの病を治すことはできません」
この答えを聞いて,ケンもマイラもあまりショックを受けなかった。というのも,これまでにも,何度も聞かれた言葉だったからだ。
ズルベ道士は言葉を続けた。
ズルベ道士「ですが,この魔界を離れて,『新魔界』という所に行けば,永遠の生命を受けることができます。どうですか,新魔界に行きませんか?」
マイラ「新魔界?それって,どんな世界ですか?私たちにはお金がありません。その新魔界という所にいっても,生活できる自信がありません」
ズルベ道士「いま,あなた方はなんでもするとおっしゃいました。その気概さえあれば,なんとでもなります。さきほど言った言葉は,うそだったのですか?」
マイラ「・・・,確かにそうでした,,,はい。ケンの病が治るのであればなんでもします。その新魔界というところに行きましょう!ケン,それでいいですね?」
ケン「はい,お母さんさえいいのであれば,行きたいと思います。この病から逃れることができるのですから」
ズルベ道士「では,新魔大陸に行くことに同意した,ということでいいですね?細かなことは,新魔大陸に行ってからにしましょう。明日の朝10時に,町外れにある幽鳴公園に来てください」
マイラ「わかりました。よろしくお願いします」
ズルベ道士はその言葉を聞いて,笑みを浮かべてその場を去った。
ーーー
翌日の10時になった。
ケンとマイラは,町外れの幽鳴公園に姿を現した。そこには,すでにズルベ道士が待っていた。
ズルベ道士「ケンさん,マイラさん。お待ちしておりました。では,こちらに来てください。一度,転移します」
ズルベ道士は,ケンとマイラを連れて,新魔大陸への出発ゲート前に転移した。
そこから,貴重な魔法石を使って,新魔大陸のメランブラ女王国にあるデラブラ市にある到着ゲートに次元転移した。
マイラは,貴重な魔法石を使ってまで,マイラやケンを新魔大陸へ連れていくほどの価値があるのかと疑問に思ったが,もう迷わないことにした。少なくとも命は長らえることができるのだ。
ー 新魔大陸 メランブラ女王国デラブラ市の乙女教支部 ー
ズルベ道士は,デラブラ市にある乙女教支部に案内した。ここで,始めてマイラとケンの運命が明かされることになる。
ズルベ道士は,マイラとケンを別々の部屋に案内した。マイラは,女性用の部屋で,ケンは男用の部屋だ。
女性用の部屋には,女教徒が2名いた。マイラは,彼女らから自分の運命を知らされた。
女教徒「マイラさんですね?お待ちしておりました。マイラさんの場合,この新魔大陸までの移動料金,息子さんの治療費等で,金貨5000枚を支払っていただきます」
マイラは,ある程度予想された展開ではあったが,その話を聞いてもあまり驚かなかった。だって,もう,どうしようもないからだ。
女教徒は話を続けた。
女教徒「ですが,支払えない場合は,マイラさんの体で支払っていただきます。その方法は,2通りあります。
ひとつは,自分の肉体を売ることになります。娼婦になるという意味ではなく,文字通り,肉体を売却するのです。つまり,マイラさんは,霊体の存在になります。霊体となったマイラさんは,ヒト型の魔力による体,つまり魔体の中に,その霊体を収めていただきます。魔体は1ヶ月しかもちません。定期的に魔鉱石を摂取する必要があります。マイラさんはその魔鉱石を購入する資金を稼ぐため,魔体の体で仕事をしてもらいます。家政婦などで稼ぐことができます。だいたい1ヶ月で稼ぐお金で,その魔体を維持することがギリギリ可能でしょう。女性の魔体は,子宮はありませんが,性行為するだけの器官はありますので,性的仕事にもつくこともできます。その場合,家政婦で稼ぐお金の数倍は可能だと思います。
もうひとつは,肉体を売却せずに,その生身の体を使って娼婦になって,金貨5000枚を稼ぐことになります。ですが,その場合,一度に金貨5000枚を貸し出して,金利と一緒に支払っていただくことになります。10年返済の場合は,1年で金貨1000枚を稼ぐ必要があります。この新魔大陸では,女性の多くが娼婦の仕事をしています。そのため,相場がかなり低い状況にあります。若いとか,美人とかであれば,かなり稼ぐことは可能です。しかし,正直言って,マイラさんの年齢とその美貌では,1年で金貨1000枚を稼ぐのは,かなり厳しいと言わざるを得ません」
マイラ「なるほど,,,よくわかりました。その他の第3の方法はないのですか?」
女教徒「あるにはあるのですが,おすすめできません」
マイラ「それは,どんな方法ですか?」
女教徒「女性の性的な機能だけを残して,他の臓器を販売する方法です。半魔半肉の体になります。この場合,金貨2000枚程度をすぐに稼ぐことが可能です。残りの金貨3000枚は借金になります。それであれば,マイラさんでも,娼婦の仕事でギリギリやっていけるかもしれません。ですが,その半魔半肉の体にするには,その医療費が特別に加算されてしまいます。別途,金貨1000枚が必要です。それに,医療事故もたびたび起こっており,安全な施術というわけではありません。それがお勧めしない理由です」
マイラ「説明ありがとうございます。あの,,,1ヶ月だけ,娼婦の仕事をして,それでやっていけるかどうかを判断したいのですが。それでやっていけないとわかれば,肉体を販売したいと思います」
女教徒「それは,それで結構です。こちらとしては,お貸しした金貨5000枚を,利子と一緒に返却していただければいいのですから。くれぐれも,返済を滞らせないようにお願いします。では,この条件で,息子さんの担当者に連絡しておきます」
女教徒は,ケンのいる部屋に言って,金貨5000枚の貸与の了承を得たことを伝えた。
ー 男性用の部屋 ー
男性用の部屋には,男教徒が2名いた。金貨5000枚の貸与が決まったことを受けて,男教徒は話を始めた。
男教徒「ケンさん,無駄話はここまでにしましょう。ケンのお母様が金貨5000枚の借金をしてくれました。さて,そこで,このお金でケンさんの病気をどこまで直せるかです」
男教徒は,水を一杯飲んでから話を繋げた。
男教徒「正直いって,金貨5000枚では,ほとんど治すことはできません。ケンさんの場合は,ガンが全身に廻っており,臓器がほとんどダメな状況です。その肉体を捨てないといけません。そこで,肉体を捨てて,魔体になることになります。ですが,人間の体の魔体は,金貨2万枚以上です。若い女性の魔体で,かつ,生殖機能も持つとなると,金貨10万枚以上になってしまいます。金貨5000枚では,最低限の魔体になります。それは,魔獣の体です。ブラック・ウルフ,大きな蛇の形をしたサーペントくらいでしょうか。でも,安心してください。魔獣の体といっても,オスの魔獣の場合は,魔力因子を性器から放出させることができます。荒野でうまく女性を見つけることができれば,彼女と交尾して,魔獣の子供を産ますことが可能になります。魔獣を繁殖させることも可能になるでしょう」
ケンは,絶望的になった。生きながらえるといっても,魔獣として生きながらえることになるのだ。ケンは何も質問することはできなかった。
男教徒は,言葉を続けた。
男教徒「あ,そうそう,魔獣の体になると,この都市内では生活することはできません。城壁の外に出て,荒野で住むことになります。それに,魔獣の体は1ヶ月しか持ちません。ですから,この間に,他の魔獣を殺して食べるか,自然発生の魔結晶を探すか,という生活になります。もし,十分な魔力を確保出来な買った場合は,霊体を収めるよりどころを無くしてしまいます。その場合,霊体は,転生するのか,消滅するのか,浮遊してさまようのか,よくわかりません。一般的には,それが『霊体の死』ということになると思います」
ケンは,ショックを受けたものの,男教徒の説明をしっかりと聞いていた。
ケン「あの,母は,金貨5000枚の借金をしたのですね?どうやって,返すのですか?」
男教徒「体ひとつで,特に技能もない中年の女性です。だいだい察しはつくと思います。聞かない方がいいでしょう」
ケン「・・・・,そうですね。聞くには辞めておきます。母がそこまでしてくれたのですから,たとえ,魔獣になったとしても,なんとか生きていくことにします。荒野では,魔結晶は,容易に見つかるのですか?」
男教徒「いえ,簡単ではありません。皆,死に物狂いで探します。でも,これまで,他の魔獣に殺される場合は別にして,魔結晶を発見できずに死亡した話は,ほとんど聞きません。それに,もし,魔鉱脈を発見できたら,ブラック・ウルフの体でかまわないので,私どもに連絡してください。特別報酬として,金貨5万枚を差し上げます。人間の魔体の中でも,上等な魔体を買うこともできますよ。もし,その魔鉱脈に,魔力の埋蔵量がある一定量以上に達していたら,追加報酬もあります。荒野での生活も,決して夢がないわけではありません」
ケン「わかりました。では,ブラック・ウルフでお願いします。施術の前に,母に会いたいのですが,いいでしょうか?」
男教徒「いいでしょう。最後になるかもしれませんので,しっかりと会ってください」
ー 乙女教支部の控え室 ー
ケンと母親のマイラは,控え室で,人生で最後になるかもしれない最後の再会を果たした。
マイラ「ケンさん。病気のほうは,大丈夫?ちゃんと治るの?」
ケン「お母さん,心配しないで。魔体になるけど,大丈夫だよ。それに,金儲けの方法も教えてもらったから,なんとかやっていけると思う。お母さんのおかげだよ」
マイラ「そう,よかったわね。ママ,仕事が忙しくなるから,しばらくの間,会えなくなるけど,しっかり頑張ってね。この世界で頑張って行くのよ」
ケン「わかっているよ」
こうして,ケンと母親のマイラとの最後になるかもしれない再会は終わった。
それから,数日後に,ケンは,雪生に魅了されて,月影の火炎魔法で焼かれてしまった,,,
ブラック・ウルフの霊体が雪生の霊体に接触したことにより,ブラック・ウルフであるケンの霊体の方にも,雪生の記憶が瞬時に流れ込んでいった。というよりも,雪生が自分の記憶をケンの霊体に流したというのが正確な表現だ。
ドドドドーー!
大量の記憶ーーーその内容は,次のようなものだった。
ー 雪生の記憶 ー
雪生も魔界の出身だ。魔界での名前はフララ。15歳。両親と一緒に,南東領の領都で,市内観光をしていて,両親とはぐれてひとりでいるとき,千夏によって誘拐されてリュウキ城に連れてこられた。そこでリスベルに処女を奪われ,あまつさえ,精気と寿命をも奪われて,老婆にされてしまい,首を絞められて殺されてしまった,,,
この記憶がケンの霊体の中に流れてきてから,フララに対して,哀れみ,悲哀,同情,憐憫の情などの複雑な気持ちが沸いた。フララは,ケンよりもはるかに不幸な運命だった。ケンは,フララのためなら,なんでもしようという気持ちになった。
ケンのこのような気持ちの変化は,雪生も瞬時に理解した。
ーーー
雪生は,ケンの霊体に,接触状態から離れるように促した。すでに,お互いの状況を理解できたからだ。
雪生は,月影にあるお願いをした。
雪生「月影さん,そのブラック・ウルフを治癒してくれませんか?そのブラック・ウルフさんの霊体は人間です。魔界で,ケンという名の青年です。まだこの新魔大陸に来て,数日しか経っていないです」
月影「あらら,やっぱり,,,魔獣に人間の霊体が使われているという噂はあったのですが,ほんとうだったのですね。でも,,,どうして,わかったのですか?雪生さんは,霊体と交信できるのですか?」
雪生「はい,どうも,そのような能力があったようです」
月影「つまり,ブラック・ウルフを支配下に置いた,ということですね?わかりました。S級の火炎魔法でのダメージなので,回復魔法では,SS級以上の魔力を使ってしまいますが,ブラック・ウルフを治癒してあげましょう」
月影は,最上位レベルのSS級を超えるUS級の回復魔法で,ブラック・ウルフの治療回復を行った。
ボボァーー-!!ボボァーー-!!ボボァーー-!!
全身大やけどして,機能不全になった魔体は,みるみるもとの健全な魔体に変化していった。
ケンの霊体は,機能が回復した魔体の体の中に戻っていった。
ケンは,自分を治してくれた月影に,お礼を言った。
ケン『私は,,,生き返ったのですね,,,月影さん,私を治してくれてありがとうございます。私は,ケンです。数日前に,魔界からこの世界に来ました』
月影「ケンさんは,魔法が使えるのですか?」
ケン『上級魔法が使えます。ですが,この体は魔力で維持しています。魔力を使ってしまうと,体の維持ができなくなってしまいます』
月影「なるほど,,,確認ですが,あなたは,私たちの敵ではないのですね?仲間とみていいのですね?」
ケン『はい,そうです。私は,雪生さんの仲間になりました。雪生さんのためなら,なんでもします。雪生さんの力になりたいと思います』
月影「そうですか,わかりました。その体は,小さくすることは可能ですか?小さくすれば,魔力の消費も少なくて済みますから」
ケン『なるほど,,,確かにそうですね。気がつきませんでした。子犬に変身することは可能です』
月影「それなら,都市で生活しても咎められないわね」
そんな会話をしているとき,雪生に大きな変化が起こっていた。
雪生の霊体に,ケンが上級魔法士になるために,修行した厳しい訓練の経験が,ドンドンと雪生の霊体に流れ込んでいった。
その経験を追体験するため,雪生は,目を閉じ,あぐらを組んで,ケンが経験した訓練をわずか10分間で追体験した。そのことにより,雪生は上級魔法士の能力を得ただけでなく,霊力の操作も数段階レベルアップしてしまった。
月影は,雪生が見る間に変化していくのがわかった。それは,雪生のオーラの変化で容易にわかった。
いままで,雪生に対して,ほとんど強さというものを感知することができなかった月影だが,この10分間の変化で,雪影は,どんどんとレベルがアップしていくのがわかった。
雪生の変化が収まったところを見計らって,月影は,雪生に疑問を投げかけた。
月影「雪生さん,あなた,いったいどうして急にそんなにレベルアップを果たしたの?いったい,どれだけ強くなったの?」
そのように質問された雪生は,ゆっくりと目を開けて,月影に返答した。
雪生「この10分間で,ケンさんが経験した数年分の訓練を追体験することができました。そのことによって,霊力操作によい影響を与えたようです。霊力の操作では,私が半年間,努力して得られるであろう操作能力を得ることができたようです」
月影「なるほど,,,これは,とんでもないことになったわ。この調子で,ほかの霊体の能力を吸収していったら,とんでもない化け物が生まれてしまうわね。霊力の能力を100%発揮するのも,時間の問題だわね,,,千雪様が雪生さんにこの世界を征服しなさいって命じたのも,あながち出鱈目な命令ではなかったみたね」
雪生「私に,相手の経験を短時間で追体験する能力があるとは思ってもみませんでした。この調子なら,千雪様の命令を実行に移すことも可能かもしれません」
月影は,溜息をついた。まさか,こんな展開になるとは思ってもみなかった。もう,雪生に付き添う必要もなくなったと感じた。
月影「雪生さん,あなたは,もう私がいなくても,ケンさんと一緒にやっていけると思うわ。ここで魔獣狩りを続けてもいいし,ナトルア市に戻って仕事をしてお金を稼いでもいいわ。そして,いずれは,千雪様の命令を実行してこの世界を征服してちょうだい。あなたがこの世界を征服することは,私の願いである『私の国を救う』ことにもなるわ」
雪生「はい,なんか,自分に少し自信がついたように思います。ケンさんと一緒なら寂しくもないですし,なんとかやっていけそうです。あの,,,できれば,ナトルア市に戻って,仕事を探したいのですが,どこで探したらいいのか教えてくれますか?」
月影「そうね。ケンも子犬に変身できるから,当面は魔力不足の不安はないしね。じゃあ,今晩はここで野宿して,明日の朝,ナトルア市に戻りましょう。夜は,3人で交代して見張りをすれば安全だと思うわ。戦力的にも不安はあまりないしね」
一晩野宿をして,翌朝,彼らはナトルア市に戻った。
月影は職業紹介所の場所を雪生に教えた後,雪生と別れて,月本国に戻ることにした。
月影が月本国でする任務は,自分の国であるガルベラ国を救うこと以外に,もうひとつあった。月本国での,敵対する勢力の発見だ。だが,そのことについては,サルベラたちには言っていない。もし言ってしまって,その情報が月本国の中枢に漏れてしまうと,月本国がパニックになってしまう恐れがあった。
月影は,雪生に別れの挨拶をした。
月影「雪生さん,ここが職業紹介所です。いくらでも仕事がありますから,好きに選んでくださいね。今のあなたの状況では,住み込みの家政婦さんがいいかもしれません。暇な時間を見つけて,魔力や霊力のレベルアップをさらに上げていくのがいいでしょう」
雪生「月影さん,ありがとうございます。では,そのようにしたいと思います。では,お元気で」
月影「雪生さんもね。ケンも元気でね」
月影は,この場から去った。
月影を見送ったあと,子犬のケンを抱いた雪生は,職業紹介所で,住み込みの家政婦の仕事を紹介してもらった。
また,雪生は,ケンの体に標的魔法陣を植え付けた。こうすることで,いつでもケンを自分のもとに転送させることができる。
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