姉さんはオーブンの中

梅緒連寸

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『最近暑くてどうですか。なんだかとても嫌になりますね。もう死にます さようなら』

コンビニのレシート裏に書き込まれたこの文章が私の姉の遺書になる。

もう死にますといった言葉を姉はきっちり実行しきった。マンションの台所に備え付けられたガスオーブンに、睡眠薬を大量に飲み込んでから頭を突っ込んで。

周りの人が気がついたのは6時間以上も経った後だったから、姉の望みは見事に完結。

病院に向かうときの私の足取りは自分でもびっくりするくらいに緩慢としていた。

気持ちも落ち着いていた。昔から姉は生命力が薄くて輪郭線がはっきりしないような人だったし、

あたしは長く生きていけないからいつか死ぬのよ自分で死ぬのあんたはあたしを見送ってねお願いよあたしより先を越すのよあたしはあんたより先に死ぬの絶対よ抜け駆けしたらゆるさないわ絶対の絶対よ約束よ、

うん分かった。

といった内容の会話を私が小学生の頃からしていたから、私が大学生になった今、姉の自殺の報せを聞いても、ああそのときがきたのか。といった感じだったし、むしろ死と生きるうえでの無明について話し合ってきたこれまでの時間を思えば、それは少し遅かったくらいかもしれないと思ったりもした。

ガス自殺と凍死は死に顔が綺麗だと聞いていたけれど、実際にこの目で見たときはそういう印象は別段感じなかった。なんだ、こんなものか。

姉は特にそれほど美しいという訳ではなかったけれど、こうしてみれば生きているときの顔のほうが断然ましに思える。

まじまじ観察してみれば、傷はなくても唇とかが気持ちの悪い色になっているし、髪もなんだかスカスカしていて見るからに指どおりが悪そう、姉さんもうあなた身繕い自分で出来ないのね。

散々こき下ろしたけど顔のほうは結局化粧師の人がなんとかしてくれた。真っ白く塗りたくって口紅が赤くて頬は色鉛筆の朱色みたいな色。

葬式が終わって皆で釘を棺おけに打ち込むとき、私は蓋が被さって薄暗くなった姉に向かって、チチ、とこっそり舌を鳴らした。猫を呼ぶときみたいな、あの動作。

姉は私を呼ぶときこうしたし私もそうした。

でもこんな行儀の悪いしぐさは他の人には絶対しないから、もうそれで最後だった。

火葬場は山の上にあった。山の上に煙突が3本、そのうちのいちばん右端から姉は白くて細い筋になって空に消えていく。

たまに焼かれてる途中で蘇る人がいるって本当かな。そうなったとして、姉さんは後悔するのかしら。

こんなところで目覚めるなら死んだほうがましだったって、思うのかしら。

そんな事ももう分からなくなってしまって、一時間ぐらいかけて骨になった姉さんをみんなで壷につめて、とりあえずお葬式は終わった。

意外と食欲は普通に出たし、私はまるまる余った参列者用の御膳を包んで持って帰って、家のレンジでチンして食べた。

姉さんのマンションの管理人さんはすぐにでも荷物を片付けて部屋を引き払ってほしいみたいだったから、業者を呼んで大きな家具はほとんど処分した。

私は最初姉の死に方を聞いたとき、シルヴィア・プラスの真似かしら。と思ったんだけれど、姉さんの手持ちの本には『自殺志願』も『ベル・ジャー』もなかったし、どちらかというと書店売り上げランキングに載ってるような、流行をそれなりに嗅ぎ取った趣味をしていたみたい。

姉はどうして死んだのだろう。

姉さんはどうして死んでいったの。

私は総合的には彼女の死が悲しかったと思う。だけど美味しいものはちゃんと美味しいと思ったし、自暴自棄な生活をしたりせずしばらくしたら学校にもまた通い始めた。

姉は私がこんな反応をすると思っていただろうか。

私は姉がどういう事を考えて死を選んだのか、あの支離滅裂なレシート裏の遺書以外のことばでは理解が出来なかったし、当然私のことを姉が理解することも、もうない。

姉さんわたしたちお別れなのね。

同じお母さんから生まれてきたけど、こうやって別れるなんて思いもしなかったね。

私はいろいろが片付いた後も時折姉のことを思い出したけど、やっぱり私は生きていたいし、姉もそうだったかもしれないけど、でも死んだ。

それはもうどうしようもない。姉妹として生まれてきたことと同じくらいにどうしようもない。

「姉さん、わたしも生きててとても嫌になることがあります。だけどまだ生きていくようです。

とても暑いですね。さようなら」

私はレシート裏じゃなくて、ちゃんと便箋に書いた。

姉に似てなくて、几帳面だから。

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