会社休職しました。

奈良 敦

診断書

「林さん、休職したほうがいいかもしれませんね。」

 会社を早退し、メンタルクリニックの主治医からの発言を聞いて休職しようと決めた。なぜなら、休職を勧められるのは3回目だからだ。

 以前休職を勧められた時に、「会社に行かなかったら誰かに迷惑かけてしまうと思うので、休職よりも会社に行ったほうが外に出て体を動かすことにもなるので、休職はしなくて大丈夫です。」そう強がっていたが、無理した結果精神的にきつくなり、本来月1の通院が仕事終わりに病院に行く事が増えた。

「林さん、休職考えてはどうですか?」

 2回目に病院で言われた時も「まあ会社行くと会社の人と話したり、リフレッシュできると思うので休職は無しで大丈夫です。」

 結局ウソの理由を言ってしまった。本当は会社で話す人はいないのに。

 会社の人たちが自分を変な目で見ている事、嫌ってるのを知ってるのに。

 そして3回目に休職を勧められた時に正直に

休職することを主治医に伝えた。主治医がパソコンで診断書を書いていく。

 「会社の人にはなんて言えばいいですか。迷惑かけそうな気がするんですけど。」

 この気に及んで林はまだそんな心配をしている。

 「もうドクターストップをかけないといけない状態だと言えばいいと思いますよ。」

 ドクターストップ。ドラマなどでよく聞く言葉を直接自分に向けて話された時、林はそんなにひどい状態なのかと少し驚いた。

 「休職期間はどれくらいにします?1ヶ月だとあっという間に過ぎてしまうので、ウチでは2ヶ月を勧めているんですけど。」

 もうここまで来たら全て主治医のいう通りに2ヶ月間休職するのが最適解だ。

 だが、林は「いや、2ヶ月も休むと逆に戻りづらくなるかもしれないので、1ヶ月でお願いします。」と伝えた。主治医は「じゃあ、1ヶ月にしましょうか。」と診断書を作成していく。林と主治医の2人だけの空間にキーボードを叩く音だけが響いている。

「休職期間中は体調など様子が気になるので1週間に1回通院してもらう形になります。」

「わかりました」

「今日は診察代と診断書代がかかります。」

 診断書代も休職を断る理由の一つになっていた。あまりお金が無い林は診断書代も結構かかるので払う気にはなれなかった。

 だが、この日は休職を勧められるかもしれないと思い、多めに銀行のATMからお金を引き出していた。

 林はついに休職まできてしまったな、会社の人達はどう思うだろうか。自分のこと悪く言ってないだろうか。そんな事ばかり考えていた。

 「では1週間後に様子を見させてください」

と主治医が伝える。

 「わかりました。では失礼します。」

 待合室には3人の人がスマートフォンを操作しながら名前を呼ばれるのを待っていた。

林はバッグから本を取り出す。今読んでいるのは吉村昭の「戦艦武蔵」だ。林は幼い頃から読書をしていた。祖父が読書好きで隔世遺伝というやつかもしれない。だが、家ではスマートフォンで動画を観ることが多い。外ではWi-Fiが使えず、通信料がかかるからだ。何かのテレビ番組でフリーのWi-Fiは危険だとやっていた。テレビの情報が正しいとは限らないが、パスワードがバレバレなのはどうも安心できない。だから林は外では基本困った時以外スマートフォンは使わない様にしている。

「林さん」

受付で名前を呼ばれて、診察明細と領収書を見る。いろいろ点数や病院の住所が書かれているが、目線は金額にしかいかない。結構するなと思いながら財布から1万円札を出す。

「1万円お預かりします。」

 会計を済ましここから少し歩いて薬局に行かないといけないと思うと、少し気分が沈む。

 薬局で薬をもらい、自宅の最寄駅に着く。

 駅前のスーパーで買い物をするが、会社に

休職を伝えるためスマートフォンで社員証の電話番号を見ながら番号を打っていく。

 「お電話ありがとうございます、リーチ&ビル株式会社の淀川でございます。」

 「すいません、林ですけど水野さんいらっしゃいますか。」

 「水野さん、えー少々お待ちください。」

淀川という話たことがない人が電話に出た。

保留の状態が3分ほど続く。曲はそよ風の誘惑だ。

 「お電話代わりました、水野です。」

 「すいません、林です。」

 「おーどうだった。」

 水野は数少ない林に優しく接してくれる上司だ。会社を早退し、メンタルクリニックに行くことを話したのも、許可してくれたのも水野だ。

 「さっき病院に行ったんですけど、会社を休職しないといけなくなったんですね。」

 水野に正直に伝えた。

 「えっ、そんな状態。」

 予想していた通り、水野は驚いた。

 「病院で診断書を書いてもらったので明日会社に持って行きます。休職期間は1ヶ月です。」

 「わかりました。ちょっと俺もどうすればいいか人事に確認したりするけど、なら明日朝一で診断書を持ってきて、そして診断書はとりあえず人事に回してその日は診断書したらそれで休職って形で大丈夫ですか。」

 「はい。それでお願いします。じゃあ、明日朝一で診断書持ってきます。では失礼します。」

 「はい、失礼します。」

 会社に伝えるだけ伝えたが、同じ部署の他の人たちはどう思うだろうか。仲間同士で自分への不満など話していないだろうか。そんなことを考えながら駅前のスーパーで夕食のお惣菜や冷凍食品を買い帰宅した。

 家ではWi-Fiが使えることもあり、スマートフォンを使うことが多い。テレビ番組の見逃し配信や、動画配信者の切り抜き動画などを観て過ごす。寝る前に薬局でもらった薬を飲む。


 スマートフォンのアラームが鳴る。時刻は

午前6時ちょうど。いつもは眠いがこの日は

眠くなかった。水野に直接診断書を手渡し、

人生初の休職をする日だからなのか、朝からなぜか少し緊張していた。

 会社まではいつもと同じで満員電車に乗る。駅から会社が入っている建物へ向かう。

エレベーターで4階を押し、社員証をタッチして会社に入る。

 そして、ここからは診断書を水野に手渡さなければならない。

 水野は会社の奥でパソコンで何かを入力している。

 林は会社には余裕を持って行くため、他の人より早い時間に会社に着く。そのため、出社している人は少ない。

 診断書を持って水野のもとへ向かう。

 水野は何かを察したのか、足音が聞こえたのか、目線をパソコンから林へと移した。

 「おー、ちょっと面談室で待ってて。」

 「はい。」

 林は安堵した。診断書を同じ部署の別のチームの人に見られたら、関係ない人にまで休職したことが知られてしまう。だが、林と水野の2人だけの空間ならその心配もないからだ。

 林は面談室の椅子に座り水野を待つ。

 3分ほど経ったとき、水野がメモ帳を持って入ってきた。

 「今日診断書って持って来てる?」

 「はい、持ってきました。」

 診断書在中と印を押された茶封筒を渡す。

 水野がカッターで封筒を開け、診断書に目を通す。

 「これ今日中に人事に回すので、2.3日後にもしかしたら人事から電話かかってくるかもしれないけど。」

 「わかりました。そして、診断書を出された経緯なんですけど。」

 林は主治医から休職を勧められたのが3回目であること。いままでは会社の人に迷惑をかけると思ったので休職を断っていた事などを話した。

 「そっか。わかりました。休職期間中はとりあえずゆっくり休んでください。」

 「わかりました。」

 「あと何か聞きたい事とかありますか。」

 「いや、特に大丈夫です。」

 「了解です。何かあったら電話してください。では1ヶ月後に。」

 「はい、では失礼します。」

 林は自分のビジネスバッグも肩にかけエレベーターへと向かった。

 会社にはかなりの数の社員が出社していた。

 











 

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