楽しい楽しい?お泊まり会2

 出張でやることが終わり、あとは好きにしていいよと言われたので、すみれと溝櫛に買っていくお土産を選ぶ。シンプルかつ名産品で、食べたら無くなるものだ。


 比較的賞味期限が長いものの中からいくつか選び、自分でも食べたいので3セット買う。




 寂しくなったら電話とかしてもいいと伝えたのに、結局来なかったなと思いながら帰りの電車に乗り込み、溝櫛に到着予定時間を送れば、あとは電車に揺られるだけだ。


 夜遅くなるならすみれちゃん、もう一泊預かりますよとアピールされたので、すみれの作るご飯が食べたいからと却下して、折衷案として溝櫛の家ですみれが作ることになっているので、少し遅めの時間だが何も食べずに空腹だ。



 電車に乗る前に、何か少し食べておくべきだったなと思いながら、揺られ続けて、ようやく覚えのある駅名。そこから更にいくらか揺られて、溝櫛の家の最寄り駅に着く。


 本当なら、1度自宅まで帰って車を回収してから来たかったが、結構びっくりするほどお腹がすいていることと、すみれにも電車に乗る経験があった方がいいかなという理由をつけて、なるべく早くご飯にありつける、直行を選択する。



 その旨を伝えて、僕の家から最寄りまでよりは多少短い道を歩き、ようやくたどり着いた溝櫛のマンションの前。お腹を好かせながらインターホンを鳴らして、中に入れてもらう。


「お疲れ様です、先輩。ゆっくりしていってください」


「お兄さん、おかえりなさい!……おかえりなさい?いらっしゃい?」


 荷物はそこでいいですよと玄関を指す溝櫛と、受け取れる荷物がないせいで手を出したまま戸惑い、なんて言い方が正しいのか混乱していいる様子のすみれ。あまりにもかわいくて、頭をわしゃわしゃしたくなったが、年頃の女の子にすることでは無いし、まだ手も洗っていないので我慢する。


 待ってもカバンが来ないし、来たとしてもどこに置けばいいかすらわからないことに気付いたらしいすみれが、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしながら手を下げるのを見てから、部屋の中に案内してもらってソファに座る。すみれも同じように座るかと思いきや、食器を運ぶからと言って溝櫛とキッチンに引っ込んでしまった。



 お待たせしましたと言って、溝櫛が運んできたのは、一人暮らしの女性が持っているにしてはサイズの大きい土鍋。後ろからちょこちょこと、重ねた食器を持ったすみれが着いてくる。


 こんな大きな土鍋を持っていたんだねと驚くと、昨日買いました!と、元気よく答えられる。随分と気合を入れているものだと半分呆れていると、今日の鍋は途中で味変があるんですよとすみれが教えてくれた。



「一人じゃこんなにおっきい鍋、いりませんからね。ずっと使い続けられるようにって、願掛けみたいなものですよ」



 昔の約束を、果たされなかったそれを思い出して、場が冷える。すみれが、なにか察したように表情を暗くしてしまっているのは、溝櫛が何かいらないことを話したのだろう。



「そんなことより、先輩。すみれちゃんが今日帰るなら明日は私一人じゃないですか。私が朝食べきれないくらい残っちゃったら、すみれちゃんにも泊まって一緒に食べてもらいますからね」


 嫌だったら、沢山食べてください。作りすぎちゃったから難しいかもしれませんけど。と、溝櫛はふざけるように言って、空気を戻す。すみれも表情を、おそらく意識的に明るくしたし、今は楽しむべき時なのだから暗いままにするのは良くないだろう。



 きっとご飯がすすみますよと、多めに米を盛り付けてくれたすみれに、それで鍋が減らなかったら、溝櫛のことだから本当にもう一泊させるんじゃないかと不安になり、まさかすみれもそのつもりなのかという考えが頭をよぎる。

 

 けれどそれも、わたしも沢山食べます!と鍋をいっぱいよそうすみれと、苦笑いしながらそれを見守る溝櫛を見れば、すぐに勘違いだということがわかった。気にせずに具材を掬い、諦めた様子の溝櫛が普通に取るのを待つ。きっと溝櫛なりの、沢山食べてくださいねだったのだろう。どこか背中が煤けて見えるが、そういうことにしておく。




 キノコと野菜の旨味がよく効いた醤油ベースの鍋に、途中味変として上からとろろをかけて、ご飯のおかわりまでしながら食べる。鍋が空になる頃には三人ともすっかり満腹になっていた。



 動いたら吐きそうだと言う溝櫛に代わり、洗い物を済ませる。普段ならすみれに押し切られて任せることになってしまっていたが、有言実行して沢山食べていたすみれも溝櫛ほどでは無いがグロッキー気味だったため、何とか洗い物の仕事を奪い取ることに成功した。



 鍋のスープは明日使いたいから取っておいてくださいと言う溝櫛の言葉に従って、あまり残っていないスープ部分を丼に移して、ラップでぴっちり密閉する。ラップの皺が全部つかないくらいの、ラップをかけているのかすらパッと見てわからないくらいにしっかり密閉させるのが、僕の趣味だ。




 さすがに、ご飯食べて洗い物だけしてすぐ帰るのも寂しいのと、今の状態ですみれを歩かせたら良くないことになりそうなので、食休みを兼ねて軽くトランプで遊ぶ。現代っ子なら、ここでスマホゲームだったり、スマホじゃないゲームだったりをするのかもしれないが、これまで全くゲームに触れてこなかったすみれが、いきなり始められるものは比較的単純なアナログゲームくらいであった。




 そのまま30分くらい遊んで、この日は解散した。最後の最後まで、すみれちゃん、やっぱりもう一泊しませんか?と言い縋っていた溝櫛に対して、お兄さんのお家が一番落ち着くのでと言ったすみれの姿とそれを聞いた溝櫛の表情に、あまりよろしくはない優越感を抱きつつ、溝櫛に預かってもらったお礼を伝えて家を出る。



 結論から言うと、すみれは溝櫛の家よりも僕の家の方がいいと思ってくれたのだろう。半分くらい冗談めかして言っていたけど、本当に溝櫛が誘っていたであろうことは想像にかたくない。


 それであれば、もう一泊と言われたのに対して、僕の家をすみれが選んでくれたということは、そういうことになる。自分のところにいるよりも、溝櫛の家なり、他のところにいる方がすみれのためになるんじゃないかと思っていた僕にとっては、自分がすみれに求められるような環境を提供出来ていたことは、この上なく嬉しいことだ。



 普段と比べて多い荷物と、すみれのお泊まりセットのカバンを持って駅までの道を歩き、すみれがちゃんとお泊まり会を楽しめたかを聞く。



 しっかり楽しめて、またしたいと、でもそれ以上に、お兄さんと居られなかったのが寂かったのだと話すすみれ。


 僕としても、出張先で食べたご飯は美味かったけれど、やっぱりすみれのご飯が一番だと伝える。僕のために、気を使ってくれて、沢山考えてくれるご飯が、どんな美食よりもいちばん嬉しいものなのだと伝える。



 ここで綻んだすみれの笑みは、きっと狙って見れるようなものでは無いのだろう。


 ふにゃふにゃと笑みを浮かべながら、横に座っている僕の方に擦り寄るのはこれまで見たことがない姿で、僕は思わずその頭を、初めて会った時とは比べ物にならないくらいサラサラな髪を撫でて、いつもありがとうと伝える。


 すみれのこれからの事を考えたら、言わない方がいいであろう、これからよろしくねの言葉も伝えてしまって、ようやく自宅に着いた。やけに張り切ったすみれが鍵を開けて、近所迷惑にならないくらいの声で、お帰りなさいと言い、僕より先に部屋に入って、いつもと同じように僕を迎える。



「お兄さん、おかえりなさいっ!!」



 いつもと同じはずの言葉。いつもであれば、嬉しさはあれども感動はしなかった言葉。



 それなのに、その言葉は、その笑顔は、この上なく僕を安心しせてくれるものだった。僕は、この子が居ないともうまともに過ごすことは出来ないんだと思ってしまうほど、強い安心感を抱かせるものだった。

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