鍋パーティー
はんせいぶん
わたしはすべりこみでとうこうできたとおもったけどぎりぎりまにあいませんでした。さいごによけいなことをかいてたせいです、あーあ。
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「先輩、お疲れ様です」
仕事終わりに上司から呼び出されて、ねちっこい喋り方でしこたま褒められたのから戻ると、先に帰らずに待っていた溝櫛から声をかけられる。
おつかれと返して、荷物を持って外に出ると、着いてくる。この後に約束していることがあるから、当然だ。
「それで、かわいいかわいい後輩ちゃんを待たせてまで、どんなお呼び出しだったんですか?」
あ、機密とかあるんだったらなんにも教えてくれなくていいです。知らない方がいいことは知りたくないタイプなんで。と、続ける溝櫛。
そんなに大したことじゃないと断りを入れてから、半分くらいプライベートの話だったので、褒められた内容だったりをそのまま伝える。
「あー、確かに先輩前よりも動きにキレがありますし、雰囲気も柔らかくなりましたよね。健康的にも見えますし、なんか人間らしくなった気がします」
自分ではそんな自覚は無いので、そんなに違うかと聞き返す。上司だけでなく溝櫛からも言われるのなら、何か違いが出てるのかもしれない。
「結構違いますよー。健康診断で引っかかって、生活習慣を一新した山縣さんと、猫を飼い始めて生活に潤いが出たって言ってる福沢さんを足して2で割ったくらいには違ってます」
溝櫛の例えはあまりわかりやすくなかったが、確かに上司からも、運動を始めたのかとか、なにかペットを飼い始めたのかとか聞かれた。
とはいえ、最近変わったことなど、すみれが家にいることくらいである。
「うーん、タイミング的に考えてもまず間違いなくそれが理由でしょうねぇ。ペットは飼ってないけど女の子は飼ってます!とか言ってません?大丈夫です?」
アホなことを言う溝櫛に、軽くデコピンをする。大袈裟に、いたーいとか暴力ハンターイとか訴えるのを軽くあしらい、すみれに連絡を入れて、もう少しだけ歩く。
「おー、そういえばここに来るのも随分と久しぶりですねぇ。すみれちゃんが来てから先輩、意地でも家に人を入れなくなってましたし」
ついに先輩から嫌われたのかと思ってヒヤヒヤしてましたよ。と、嘘か本当かわからないことを言う溝櫛を連れて、玄関を開ける。
「お兄さん、おかえりなさいっ!!瑠璃華さんも、お久しぶりです!」
玄関を開けてすぐのところで待ち構えていたのは、いつもに増してテンションが高いすみれだ。ウキウキした様子で僕からカバンを受け取り、部屋の奥に一度引っ込むとスリッパを取ってくる。客人用だと以前伝えたことがあったので、それを思い出したのだろう。
どうぞこっちですと、先導するすみれについて行って部屋に入る。自分の家だから案内される必要も無いが、こういうときはその場の空気に流されておくものだ。
「おー、また随分と雰囲気が変わりましたね。前まであんなに殺風景だったのに」
部屋に入って、中を見回した溝櫛が少しだけ驚いたようにそう漏らす。以前溝櫛が来たときは、当然ながらまだすみれがこの家に来る前だ。そのころは必要最低限のものだけを部屋の中に置いて、それ以外は収納の中にまとめてしまい込んでいた。
そんな状態しか知らなかったのに、今の部屋の中は本や図鑑をはじめ、すみれが作った小物なんかがいたるところにある。机の上に無造作に置いてあったペンはフェルト生地のペン立てに入っているし、コップの下にはコースターがある。ドアノブにだってカバーが付けられているし、なにか人形のようなものまで飾られている。
「何もない部屋で待ってるのが寂しかったから、作っちゃいました」
まじまじみられることが恥ずかしいらしく、少しだけ照れながらすみれは溝櫛が興味を持ったものに解説を入れていく。
そのまま少しして、満足したらしい溝櫛がようやく座卓に着く。仕事終わりで、ここまで多少とはいえ歩いてきたばかりなのに、よくそんなに元気があるものだ。
それじゃあ少しだけ待っていてくださいと、すみれが一瞬だけ席を外し、キッチンから土鍋を取ってきて、カセットコンロの上に置く。載せられた蓋を取ると、一気に広がる豆乳の香り。
今更にはなるが、今日溝櫛が僕の家までついてきた理由がこれ、すみれの準備してくれていた豆乳鍋だ。
以前図書館で遭遇した時に交換していた連絡先で、毎日何通かの間隔でやり取りをしていたらしく、いつの間にか仲良くなっていた。そしてそのやり取りの中で溝櫛が、またすみれちゃんの作ったご飯が食べたいなぁ、なんて言っていたらしく、困ったすみれが僕に相談。すみれが嫌じゃないなら招待してみようかという話になり、今に至る。
「いやー、先輩は毎日すみれちゃんのご飯を食べているわけですよね?ほんと羨ましいなぁ。そりゃあ仕事の効率も上がって褒められるわけですよ」
私も毎日食べたい!と無茶を言う溝櫛に、すみれが困ったような顔になってしまったので、わがままはほどほどにしろと伝える。それほど本気で言っていなかったこともあって、すぐにやめたので、すみれに合わせていただきますと言って
食べ始めた。
豆乳と顆粒出汁で作られたスープが野菜にしみ込み、口の中に広がる。優しい味だ。かなりの時間をかけて煮込んだのだろう、歯がなくても食べられそうなほど、トロトロになっている。
「ご飯もありますし、これでラーメンを茹でてもおいしいんですよ。お兄さんに買ってきてもらったものなら二分もあれば茹で上がりますけど、お二人は食べますか?」
スープの味が麺にもしみ込んで、とってもおいしいんですよというすみれの言葉に溝櫛と二人顔を見合わせる。うまうま言いながら食べていた僕達が、そんなことを教えられていらないなんて言うはずがない。すぐに二人前を頼んで、わかりましたと微笑みながら小鍋にスープを分取するすみれを見送る。
「すみれちゃん、本当に料理上手ですね。あの守銭奴の先輩が、食費にちゃんとお金をかけるようになったと聞いた時には何があったのかと思いましたが、あの子が毎日温かいご飯を用意してくれているからなら、納得です」
しみじみとつぶやきながら、今から誘ったらうちの子になってくれないかなぁ、なんて漏らす溝櫛に、お前にはやらんと返すが、実際のところはどうなのだろうか。
最初こそ、他に頼れる人がいなかったから、僕の下に置いておくしかなかった。でも、正確な年齢は知らないが、すみれも多感なお年頃だ。僕みたいな得体のしれない異性の下ではなく、顔を合わせた数こそあまり多くはないものの、結構仲良くなっている様子の同性である溝櫛の下で生活をしたほうがいいのかもしれない。
近頃の振る舞いを見るに、今更死にたがっているとも思えないし、僕と最初にした約束は、もう忘れて他所に行ってもいいだろう。僕がこの子のためにできることは、もうやりきった。
なら、これ以上この子をうちに縛り付けることは、すみれの人生を奪うことになるのではないだろうか。そうなるくらいなら、然るべきところに相談して、もっとすみれのために動くべきではないだろうか。
「せんぱーい?なんで突然黙り込んじゃったんですかぁー?」
考えながら、少し暗い気持ちになりかけたところで、溝櫛から声をかけられて意識を戻す。
「そろそろすみれちゃん戻ってきそうですし、しっかりしてくださいよぉ。そんな顔してたら不安にさせちゃいますって」
その言葉から程なく、というか、その直後にキッチンへのドアが開き、すみれが小鍋を持ってやってくる。
「お兄さん、瑠璃華さん、茹で上がりました」
持ってこられた鍋の中身は、ラーメンと茹で汁。ラーメンを茹でる際に出てくるデンプン質だったり、豆乳を煮つめた影響だったりですごくドロドロしているが、これが美味しいとのこと。
好みで鍋の汁を加えて薄めることもでき、好きな濃さで食べればいいらしい。
豆乳だから肌に良いという言葉につられて、多めによそってと駄々を捏ねた溝櫛に、一人分弱を渡し、残ったものをすみれと半分に分ける。
「わたしはご飯で食べるのも同じくらい好きなので、だいじょうぶです。それに、お兄さんと瑠璃華さんに美味しく食べてもらいたいから」
わざわざ茹でてきてくれたのに、あんまり食べれなくて大丈夫かと、良かったら僕の分を少し少なめにしようかと提案すると、すみれはそう言って微笑んだ。真っ先に半分近くをごねたどこかの後輩にも見習って欲しいくらいである。
「ご馳走様でした。あー、ここの子になりたーい」
食べきれなかった分を明日の朝食に残して、だいたい満腹になったら晩御飯は終わりだ。すぐにだらしなく後ろに倒れ込んでいる溝櫛に、せめて洗い物くらいはやれと言って、さすがにそれくらいはやらないと申し訳ないと思ったらしく文句を言いながら直ぐに取り掛かる。
「瑠璃華さん、すっごく面白い人ですね。一緒にいて飽きませんし、楽しいです」
少しだけ寂しそうに笑いながら、すみれは言う。溝櫛は確かに、時折面倒くさいけれど邪険にはされないような人間だ。あれで意外と気遣いもできるし、人の気持ちを考えることも出来る。
「すみれも……いや、なんでもない。シャワー浴びてくるね」
すみれも、僕の家よりも溝櫛のところに行った方がいいのかもな、なんて言おうとして、やめた。肯定されて、すみれがいなくなってしまったら、もう以前までの生活に戻れる気がしなかったから。自分で栄養だけしか考えていない料理を作って、食べるのは虚しかったことに気付いたから。
すみれのためを思って始めたこの生活を、僕のために続けたくなってしまったから。
そんな自分に気付いて、その自分勝手さに吐き気がして。そんな自分を流して、上がったらちゃんと話そうと決めて、僕はシャワーに逃げた。
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