閑話 むかしむかしの誕生日(before)

 ネグレクト開始前最後のお誕生日です。


 味変にどうぞ

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「すみれ、もうすぐお誕生日だけど、今年は何が食べたいかな?」


 今年の誕生日の2週間前、夕飯の席で、向かい合ってご飯を食べているお母さんが、わたしにそんなことを聞きました。


 食べ物を食べている時に食べたい殿の話をされて、反射的に今食べているものの名前を言いそうになりましたが、一度口の中のものと一緒にしっかり咀嚼して、考えてみます。




「食べたいものって突然言われても、そんなすぐに思い浮かばないよ。うーん……あ!オムライス食べたいかも!」



 飲み込んで、考えてみて、出てきたものはそれでした。半熟のトロトロふわふわのやつが食べたいです。自分でも作れなくはないけれど、お母さんが焼くとびっくりするくらい上手に作ってくれるので、まだまだ敵いません。


 デミグラスソースもいいけど、やっぱりシンプルなケチャップも捨て難いです。



「うーん、そういうのじゃなくて、もっとお祝いっぽさがあるものなんだけど、ないかな?」


 そうは言われてももう口の中がオムライスになっちゃったしなぁと思っていると、その事が伝わったのでしょうか。オムライスは明日食べようねとお母さんは言ってくれました。


 わーいと素直に喜んで、他になにかないか考えてみます。



「なんでもいいんだよ?ちょっといいお肉にしたり、お寿司を頼んでみたり」


 食べてみたい料理とかがあれば、買ってきてもいいし、チャレンジして作ってみてもいいと、お母さんは言います。外食に連れていくことは出来ないけど、大体のものなら何とかしてくれると言います。



「うーん、でもわたし、お母さんが作ってくれるご飯が一番好きだから……」



 お母さんが挙げてくれた、美味しいお肉は美味しかったです。出前を頼んでくれたお寿司も美味しかったです。テイクオフで買ってきてくれたレストランのご飯や、ハンバーガーなどのファストフードコンビニのご飯やパンなども、どれも美味しかったです。



 けれども、一番好きなのは、お母さんがわたしのために考えてくれたご飯を、一緒に食べることです。こうして向かい合って、暖かいご飯を食べるのが好きです。今日知ったことや、面白かったテレビのことを話すのが好きです。


 お母さんが、ニコニコ笑いながら話を聞いてくれるのが好きです。



「……ごめんね、もっと普通の暮らしをさせてあげられなくて」



 だから、誕生日とか関係なく、お母さんのご飯が食べたいのです。なのに、それを言ったらお母さんは泣きそうになってしまいました。


 わたしは普通の暮らしなんてどうでもいいから、お母さんがいてくれればそれで幸せなのに、お母さんはそれを不幸なのだと言います。わたしがどんなに、今が幸せなのか伝えても、伝えれば伝えるほど、悲しそうな顔をします。



 お母さんのところまで歩いていって、ギュッと抱きつきます。言葉で言っても伝わらないから、行動で伝えます。



「ごめんね、すみれ。ありがとう、大好きだよ」


 ちゃんと伝わったみたいで、お母さんはわたしのことを抱きしめて、頭を撫でてくれました。優しく、安心できる匂いと、温かさに包まれます。そっと頭を撫でてくれるのが、嬉しいです。



「うん。でもお母さん、わたしの方がお母さんのこと大好きだからね!」


 ちょっとだけ照れくさくなって、そんなことを言います。お母さんもクスリと笑って、自分の方がもっと好きだ、なんて言います。



 自分の方がもっと好き、なんてことを、しばらく言い合って、なんだかおかしくなって、最終的には2人で笑い出してしまいました。お母さんが笑顔になってくれて、嬉しいです。



「もうっ、ご飯中に立ち上がるなんてお行儀悪いから、早く戻って食べちゃいなさい」



 冗談めかしたように、お母さんが言います。言葉だけ聞けば窘めているように聞こえますが、そこに籠った温度は、母娘のコミュニケーションのそれです。


 ちょっと不満そうに、はーいなんて返事をしますが、それは見た目だけのもの。お母さんもわたしも、内心はにっこにこです。



 お互いに目が合うと思わず笑ってしまうから、目を合わせないようにしながら晩御飯を食べます。会話こそありませんが、とても心地いい時間が流れます。


 このおひたしはわたしが全部作ったもので、この野菜炒めは味付けだけお母さんにやってもらいました。メインの生姜焼きはお母さんが全部作ったものですが、お豆腐とわかめのお味噌汁は、わたしが味噌を溶いたものです。



 一つ一つ、真剣に味わって食べてみると、なんというか、完成度の違いを感じてしまいます。わたしが手を加えたものも、食べれないというわけではないですし、普通に料理としては合格程度の出来ではあると思いますが、食材への味の染み込み方や、食感なんかを考えると、どうしてもお母さんが作ったものの方が美味しいのです。



 ちょっとだけ悔しく思いながら、でもお母さんの料理の腕は確かなので、目標として燃えます。わたしもいつかは、こんなに美味しい料理を作れるようになりたいです。これよりも美味しい料理を作って、お母さんが料理をしないでもいい状態を作りたいです。




 そんなことを考えながらご飯を食べ終えて、お母さんが茶碗を洗います。本当はわたしが洗いたいのですが、すみれが私より早く食べ終われるなら考えてあげる、と言って洗わせてくれません。お母さんの料理を味わうことと、茶碗を洗うことだとどうしても前者に軍配が上がってしまいます。



「……まったくそんなに膨らんじゃって。風船になっちゃうよ?すみれは笑顔でいるのが一番かわいいんだから、笑って」



 それでもやっぱり、お母さんのお手伝いがしたくてむくれていると、洗い物を終わらせたお母さんが後ろからやってきてわたしのほっぺを突きます。ふしゅ、と空気が抜けて、お母さんが笑います。


「うん、それでいいの。……さてすみれ、すみれにやってもらわないといけないことがあります」



 つられて笑ってしまうと、お母さんに撫でられます。優しくて、洗い物の後だからちょっとひんやりしているのに、暖かい手です。



「今年もそろそろ誕生日だから、いつもみたいに飾りを作って欲しいの。去年はお花を作ってもらったから、今年は紙風船なんてどうかな」



 そう言うと、お母さんは折り紙を取り出して、わたしに説明しながら折っていきます。



「こんな感じで折って、色んな色が沢山あったら華やかになると思わない?」



 テープ飾りがあって、お花があって、鶴があって、色々なものが並んでいます。そこにコロコロとした紙風船が並ぶのをイメージすると、うん、とっても素敵です。



「思う!いっぱい作るから、楽しみにしててね!」



 お勉強もちゃんとするんだよ、とお母さんと約束して、早速作ってみます。お母さんみたいにテキパキとは折れないから、一折り一折り丁寧に折ります。上手に出来たねと褒められて、お母さんの隣に座りながらたくさん折ります。



「たくさん折れたね。すみれ、そろそろ遅いからお休みしよう?」



 褒められるのが嬉しくて、眠い目をこすりながら折っていると、お母さんに止められます。えらい、えらいと撫でてくれるのが気持ちよくて、つい目を閉じてしまいそうになりますが、我慢です。まだ歯磨きをしてないのに眠ってしまうと、虫歯になってしまいます。



 わたしに合わせて、書類をしまったお母さんと並んで歯磨きをします。立ったまま眠ってしまいそうになるのを起こされながら、何とか歯磨きを終わらせて、お布団を敷きます。



 並べて二枚敷いて、お母さんと一緒にそれぞれの布団に入ります。でも、なんだか今日は甘えたい気分なので、お母さんの方にお邪魔しちゃいます。



「どうしたの?今日はやけに甘えんぼさんだね」


「だって寒いんだもん!」


 嘘です。そんなに寒くありませんから、ひとりでも大丈夫です。でも、こう言ったら優しいお母さんはぎゅっとして暖かくしてくれます。


「あらら。おやすみなさい、すみれ」


「うん、おやすみ、お母さん」


 とん、とん、とん。


 背中を優しく叩かれます。安心できて、すぐに眠くなってしまいます。すぐに、意識が遠くなっていきます。







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 起きると、お母さんは家を出ていることが多いです。わたしを起こさないようにこっそり起きて、こっそり支度を済ませて、こっそり家から出ています。朝ご飯の準備まで済ませてくれているのだから、起こしてほしいと度々言っていますが、子供は沢山寝るものなのと言って起こしてくれません。



 だから今日は、なかなかいい朝なのだと思います。朝起きたらお母さんが寝ていて、わたしが布団から出るタイミングで目を覚まします。起こしてしまったかと思いましたが、時計を見るとお母さんがいつも起きている時間です。


「おはよう、すみれ。お誕生日おめでとう」


「おはよう!お母さんもおめでとう!」


 誕生日当日の朝、いい朝です。お母さんと一緒に朝ごはんの準備をして、一緒に食べることが出来ました。



「それじゃあお仕事頑張ってくるから、いい子で待ってるんだよ」


「うん、行ってらっしゃい!」


 今日はいつもより早く帰ってくるからね、と言うお母さんを、笑顔で送り出します。



 昨日の夜のうちに、お母さんと飾り付けを済ませた壁に囲まれながら、お勉強をします。いつ外に出れるようになっても大丈夫なようにと、お母さんはわたしに色々なことを教えてくれます。


 普段はもっと長い時間勉強しているところを今日はお昼ご飯までで終わりにして、布団のために用意できなかった部分の飾り付けをします。お誕生暇のお祝いのための準備です。予め紙風船を折っておくこと以外で、わたしが唯一できることになります。



 そうして準備を済ませて、余った時間でまた少しだけ勉強をします。お母さんに、さすがにこれ以上は大丈夫だと言われてしまったので、これ以上の紙風船はいりません。わたしにできることは何もありません。残っていません。


 だから、わたしはお勉強をします。そのことをきっとお母さんは後で喜んでくれて、褒めてくれます。



 そうしながら暫く待って、玄関の悪音が聞こえたので、そこらかしこに散らばった花や紙風船を割らないように気を付けて避けながらそちらに向かいます。



「お母さん、おかえりなさいっ!!」



 お母さんが帰ってきてくれたことが嬉しくて、2人だけのお誕生日会が楽しみで、玄関と鍵が閉まるのと同時にお母さんをお出迎えします。


 お母さんが持っていた荷物を受け取り、靴を脱いだお母さんの手を引いて、リビングに向かいます。



「あらあら、上手に飾り付けできたね。えらいよ、すみれ」


 頭を撫でてくれたお母さんは、それじゃあ私も急がないとと言って手際よく買ってきた野菜を刻みます。二人用の鍋に野菜とお肉、割り下を入れて、30分も掛からずにすき焼きの準備を済ませてしまいます。



 お母さんが完成させるまでの間、白身だけならメレンゲができるだろうほどまで卵を混ぜ続けていたわたしは、自分の分と同じくらい沢山混ぜた卵を用意して待っています。お母さんが、出来上がったすき焼きを鍋つかみで掴んで持ってきます。



 グツグツいっているすき焼きから、お肉と野菜をたっぷりとって卵にくぐらせます。甘しょっぱい味が卵でマイルドになって、思わずご飯が進みます。



 新しく入ったお肉や野菜をもう食べてもいいかとお母さんに聞きながら待たされて、ようやく火の通った食材をかき込みます。



 食べ過ぎ!や、取りすぎ!や、ずるい!なんてやり取りもありますが、お母さんが二人でおなかいっぱいになるまで食べても十分な量を買ってくれているから、笑い話で終わるコミュニケーションです。





「すみれ、今年のお誕生日プレゼント、色々考えてみたんだけど図鑑がいいかなって思ったんだ。受け取ってくれるかな?」



 ご飯を食べ終わって、お母さんが渡してくれたのは本屋さんの包みです。開けていい?と聞いてみて、いいよと言われて開けてみると、美しい海の生き物図鑑という図鑑が入っていました。表紙を飾っている魚の写真を見て、わたしは一目でそれを気に入ってしまいます。



 ありがとうとお礼を言って、思わずお母さんに抱きつきます。頭を撫でてくれたお母さんは、実はまだあるのと言って、タンスの中からひとつのセーターを取り出しました。



「これからちょっと寒い季節が続くから、これを着て風邪をひかないようにしてほしくって」



 お母さんが着せてくれたそれは、わたしの体にピッタリのサイズで、とってもモコモコで暖かいです。


 私が編んだんだけど、きつくない?と聞くお母さんに、ピッタリだということを伝えて、また抱きつきます。


「お母さん、すごくあったかい」


 お母さんの温かさと、セーターの温かさと、プレゼントの暖かさです。



「ふふ、お母さんもすっごく暖かいよ」


 お母さんが、私のことを抱きしめてくれます。暖かさと、優しさと、愛情に包まれます。わたしは今、間違いなく幸せです。




 お母さんが買ってきてくれたケーキを食べて、おめでとうを言い合ったら、お誕生日会は終わりです。歯磨きをして、また来年使おうねと約束して飾りを片付けます。




 どうしても今日はこれで寝たいとわがままを言って、お母さんの編んでくれたセーターで寝ます。おかあさんといっしょの布団でわがままを言って寝ます。





 わたしはお誕生日が大好きです。






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 ギリギリ滑り込みセーフ!!



 ひつまぶしで言うところの出汁部分です。薬味分(お母さん視点)は今のところ出す予定は無いです。

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