本編(下処理をし、下味をつけます)

おかえりなさいが聞ける日々

 話タイトル変えてみました(╹◡╹)


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 2週間が過ぎた。最初の3日こそ服や布団やと色々足りずにトラブルも多かったが、ある程度落ち着いてくると徐々に日常になっていき、家に帰ると暖かい食事が待っている生活にも慣れた。


 これまでは土日に数食分まとめて作って、冷凍しておいたそれをその日の気分で食べていたが、毎日違う物を出来たてで食べれるというのは、なかなかいいものだ。エンゲル係数こそ跳ね上がってしまったものの、満足感が違う。




「お兄さん、おかえりなさいっ」



 家に帰ると出迎えてくれるのは、玄関前でクッションに座っていたすみれだ。


 目が合うやいなやにっこにこになって手を出してくる。わざわざ待っている必要も、荷物を受け取る必要も無いと言っても、自分がやりたいのだと言って聞いてくれないため、せめてクッションに座っているように言い聞かせて、ようやく今の状態だ。

 最初は連絡も何もしていない状態で、少し遅くなったこともあり2時間程度板張りの廊下に座り込んでいた。


 多少呆れつつもそれ自体は全く嫌では無いどころか嬉しくすらあるので、連絡を取れるようにSIMカードが入っていないお古の携帯を渡して、帰宅直前に連絡を入れるようになった。



 鞄を渡して、先に歩いていくすみれの後を、置いていかれたクッションを片手に追いかけると、座卓に用意されているのは、湯気の立ち上る食事。


 ご飯はどれくらい食べたいかと訊ねるすみれに対して少し多めと答え、クッションを持って部屋の奥側に座る。手前の方だと、茶碗を持ってくるすみれの邪魔になるからだ。


 戻ってきたすみれと一緒に手を合わせて食べ始めるのは味噌ベースの肉野菜炒め。ニンニクが強めに効いていて、食欲をそそる味だ。味噌汁にも野菜が多く、そのことを聞いてみたら昨日野菜が足りなかったぶんの補填らしい。栄養的にもこれで完璧との事。



 すみれが今日していたことを聞かされたりしながら、和やかに食事が進む。話しすぎて食事があまり進んでいないすみれがその事に気付く頃には僕は八割方食べてしまっているので、話すのをやめて真剣に食べ始める。


 そんなに急がなくていいと言ってはいるものの、すみれは急いでご飯を食べ始めた。僕がほかのことをする時間を削るのが申し訳ないとか、色々言ってはいるものの、個人的にはすみれが美味しそうにご飯を食べている姿を見るのは、嫌では無いどころか好きですらあるので、もっとのんびり楽しんでもらいたいものである。


 なんなら、僕はこの2週間で初めて、人が幸せそうにご飯を食べている姿を見て嬉しく思った。人の食事風景に対してある種特殊な喜びを得てしまったのはなかなか珍しいことだろう。


 のんびり食べているのも急いで食べているのも、見ていて和むなと考えながら待って、程なくして食べ終わったすみれと揃ってご馳走様を言う。僕の育った家では、いただきますとご馳走様はみんな揃っていないといけなかったから、待っている習慣が着いたのだ。

 自分で決めたことなのに、僕の食べる速度が遅いと不機嫌になる父に、ならやめればいいのにと不満を持っていたこともあったが、そのおかげか誰かと食事をする時に待たせることはなくなった。


 洗い物くらいしようとして、わたしがやるからと洗面所に押しやられる。正直家にいてもらうための口実に過ぎなかった家事をここまでしっかりやって貰えるとは思っていなかったため、嬉しさよりも申し訳なさが勝っていた。



 具体的には、これだけやってもらっていて一日当たり500円というところが申し訳ない。それを仕事にしている人たち相手なら軽く十倍以上はかかるような内容だし、常々愚痴を聞かされている、お嫁さんの尻に敷かれまくっている先輩であっても、一日当たりこの三倍はかかっているうえに細かな家事は押し付けられているらしい。


 そんな中で僕がすみれをこんなに安いお小遣いで酷使するのはよくないのではないかと、彼女いない歴イコール年齢の身で考える。きっと、もっとまともな条件ですみれを置いておける人もいるのだ。こんな風に自分の利益を考えるのではなく、完全な善性のみで優しくできる人もいるのだ。


 でも、僕はそこまで自分の生活を犠牲にすることはできなかった。すみれに、当たり前の幸せを感じてほしいと思いながらも、自分のことが一番大事だった。



 そんな思いによる、罪悪感とも懺悔ともつかないような感傷を流すべく熱いシャワーを浴びる。


 流れる水の音に紛れて、壁越しに僅かに聞こえるすみれの鼻歌。以前、自分がやりたいから頑張ると言った言葉に嘘は無いのだろう。聞いている限りでは間違いなく楽しそうで、実際に家事をしている時も嬉しそうにやっている。




 その頑張りに対して、何かしらのお礼をしたくなった。日々に渡す金額の増加でもいいし、何か欲しいものを買ってくることでもいいし、すみれがして欲しいと思うことをするのでもいい。


 内容自体はなんでもいいのだ。ただ、すみれが喜んでくれるだけでいい。ないとは思いたいがこの家に1秒でも長くいることが苦痛だというのであれば、そう言われるなら来週には終わりを見届けたっていいかもしれない。どうせ、それほどかからない睡眠薬代とガソリン代くらいのものだ。


 そのくらいなら、僕の精神的なところにある、他人と過ごすことが怖いという先入観を改善してくれた分として、払っても惜しくないのだ。



 そうと決まったら直ぐにそれを話そうと思いシャワーを終わらせて、湯気を上げながらリビングに戻る。夕食の片付けは既に済ませれており、僕のベッドと座卓を挟んだ位置にすみれの布団が敷かれていた。



「これだとカロリーが1000キロで、タンパク質が20だから……これをにんじんに変えると今度はこのビタミンが足りなくなるから……」



 敷いた布団の上にクッションを置いて、その上に座りながらすみれはメニューを考えていた。ある程度数日分まとめて考えた上で、その週の分を無駄なくまとめて買い出しリストを作ってくれるのだ。



 こういうところも申し訳なく思うところであり、同時に買い物さえ自分の力でできるようになれば完璧だなと一人思う。



「あ、お兄さん。今週買ってきてほしいものなんですけど、後でメッセージに入れておきますね」


 振り返りながら言うすみれに対してわかったと返して、その横を通ってベッドに座る。構図としては、少し高い位置からすみれの作業を見下ろす形だ。



「……すみれちゃん、ちょっと話があるんだけどいいかな?」


 独り言を言いながらメモを書いていたすみれが、顔を上げる。


「はい、大丈夫です。……もしかして、独り言がうるさかったですか?」


 独り言自体は滑舌の改善や思考を言語化する練習も兼ねているらしい。予め言われているし、すみれの声自体も個人的には好きなので、なくなると少し寂しくすらあるかもしれない。


「いや、そういう訳じゃないよ。ただ、僕が最初に思っていたよりもずっと頑張ってくれてるから、なにかお礼をしたいなと思ってね。なんでもいいんだけど、やって欲しいこととか欲しいものとかはあるかな?」


 頑張っているのところで表情が明るくなり、お礼のところで困惑が混ざり、最終的にはそれで満たされた。


「……お礼、ですか?本当になんでもいいんですか?」


 おずおずと、問われる。もちろん大金をせびられたりしたら叶えられないが、すみれはそんなことを望んだりしないだろう。

 直ぐに死にたいと言われたらきつくもあるが、この2週間、それなりに楽しそうにしていたことを考えると、それも言われないように思える。


 それに、2週間かけて生きたいと少しも思わせられていないのなら、きっと僕のやっていることに意味なんてない。


「なんでもいいよ。僕にできることなら何でもしよう」


 だからどうか、何かを欲しがってほしい。そんな思いを込めてすみれを見つめる。



 五分ほど、無言の時間が続いた。意識的に言うようにしているという独り言もなく、真剣に悩んでいるように見える。その悩みの内容が、欲しいものを考えるのではなく、欲しいものを選んでいるものであることを願う。



「……えっと、おにいさん、決めました」


 意を決したように真剣な表情を挟んでから、下手に出るようにおずおずとすみれは切り出した。こんなに申し訳なさそうに切り出すのだから、さぞすごいお願いをしてくるのだろうと少し期待しつつ続きを待つ。




「あの、……ドーナツが食べたいです。黄色いつぶつぶが付いてる、チョコレートのやつ」



 申し訳なさそうに、少し恥ずかしそうに、すみれはそんな言葉を口にした。


「その、出来ればふたつで、一緒に食べたいです。……だめ、ですか?」



 あまりにも、小さなお願いだ。ドーナツを食べたいと言うなら、一ダースくらいはほしがってくれていいのに、たったの二個。しかも自分の分は一つだけ。


 もっとないのかとも思ったが、一番最初のお願いなんてものは、こんなものなのかもしれない。


「もちろんダメじゃないよ。明日の帰りに買ってくるから楽しみにしててね」



 安心したように、すみれは微笑む。この子がもっと欲しがってくれるように、わがままを言ってくれるようにするには、どうしたらいいんだろう。



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 しばらくはのんびり幸せわからせパートになります。


ストック切れたからここからが本番……

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