滝落ちの魔導書1

 『魔導司書エルコ=ヒガシノの日記』


 魔導司書一日目。

 学院で魔導を学び、魔導司書の資格を得て、就職試験を越えて私はついに来た。

 王都魔導図書館魔導図書館司書として今日から頑張る。

 最初は図書館内部を一通り案内されて一日が終わった。皆優しそうで安心した。


 魔導司書二日目。

 内部業務を一通り行う。本の貸し出しや返却、書架整理、予約本の割り当て、軽度破損本の修理、延滞本の返却催促等、子どもの頃に考えていた司書の仕事の何十倍もの業務があった。一早く覚えて戦力になりたい。喜んで欲しい。


 魔導司書三日目。

 しぬかとおもった。




 それは魔導司書二日目の午後の事だった。

 「エルコさん、ちょっと宜しいですか?」

 「ハイなんでしょうか館長。」

 先輩のマープルさんから教わった魔導書の修理を事務室でしている最中、この図書館の館長に呼ばれた。

 王都魔導図書館魔導図書館館長モーリスさん。初日に自己紹介をされたけど、フルネームは教えて貰えず、『館長とだけ呼んでくれて構いません。』と言われた。

 モノクルに燕尾、常に穏やかな笑みを湛えた顔、隙の無い立ち振る舞い。どこからどう見ても、どう考えても素敵な紳士だ。

 「あぁ、修理は続けて耳だけ傾けてくれれば大丈夫ですよ。世間話だとでも思って聞いて頂ければ構いません。」

 修理の手を止めて立ち上がろうとして、止められた。緊張しているのが声に出ていたみたい。

 「どうですか?魔導司書この仕事は。想像とは違っていましたか?」

 修理に使っていたテーブルの近くの椅子に座り、マープルさんが『これの修理は慣れてからトライしてみてね。』と除けた魔導書を手に取り、慣れた手付きで(当り前だけど)修理をしながら話し始めた。

 「いいえ。利用者視点で図書館を見た事はあってもそれ以外の視点で図書館を見た事が無かったので、全く想像が出来ていませんでした。

 今こうして修理をするのも、本を貸し出す時も、返される時も、別の視点で改めて考える事が出来て新鮮な気持ちと発見で一杯です。」

 その時の私は多分物凄い緊張していた。

 「ははははは、成程。長年司書をやっていると図書館から図書館職場になってしまいますからね。その考え方を忘れて久しかったのでこちらも新鮮な気持ちになりますよ。」

 私がページの端の小さな破れを三つ直している間に館長はのど割れ(ページとページの間が剥がれ掛けた状態)の酷かった本を一冊直して終えていた。

 「さて、エルコさんは当然、魔導司書の資格を持っていますね。」

 「はっ、ハイ。」

 「あぁ慌てないで下さい。これは雑談の延長ですよ。

 講義で一般司書と魔導司書の違いについては勉強したと思うのですが、覚えていますか?」

 頭の中でページをめくる。数年前からついこの前までの記憶のページをめくり、該当する場面の書かれた部分を探し出す。

 通常の司書、魔導司書……えぇっと、コレだ『一般司書と魔導司書の相違点』。

 「通常の司書と魔導司書は第一に管轄省庁が違っています。

 通常司書は文部科学省管轄、魔導司書は『魔導士』に該当するので魔導省管轄となります。故に必要資格も『司書資格』と『魔導司書資格』と異なっています。」

 魔導士は辞書で調べると『魔導士の資格を持った人間』と書かれている。でも一般的には『高度な魔法の行使・研究が出来る魔法使い』と考えられる。

 そして、魔導司書資格はコレを持っていないとテストすら受けられないし、その上でテストが物凄い難しい。

 「正解。では、魔導司書と一般司書の業務内容の違いについてはご存じですか?」

 業務の違い、業務の違い………あった、コレだ。

 「扱う図書が一般図書~魔導書の5種までなのが一般司書で、5種以上の魔導書を扱うのが魔導司書です。

 同じ『司書』という名前ですが、本質は別の職業と断言しても差し支えが無い程に異なっています。」

 魔導書は魔法の本。魔法の使い方が載っていたり、魔法が付与されていたり、魔法が本の形になっているものもある。それらはとても便利で生活を支えている。

 そして、便利だからこそ中には危険なものもある。

 これを区別して管理するために魔導書には一般的に『5種(初歩的な魔法に関する魔導書)』から『1種(扱いに細心の注意が必要)』までの『ランク』が存在している。

 「正解です。魔導司書の資格取得に際して魔導士の資格が必須になるのはこれが理由です。扱うものが如何いかんせん危険ですからね。ただ、その違いを一般的にはあまり認識されていないのが、一般司書と魔導司書の悲しいところですね。

 更に言えば、魔導司書には『魔導書の保護・管理』という業務があります。

 これは一般司書の方の仕事に対応するものが無いので違いと言えますね。」

 「あ、」

 やってしまったと思った。

 「安心して下さい。別にこれはテストではありません。ただの確認、あるいは説明ですよ。そこでちゃんと気付いてハッとなってくれる分、君は優秀です。

 実は明日、魔導書の保護業務があるので急ですがそちらに回って貰おうと思いましてね。

 大事な業務なのですが普段中々無いのでイース君に連れて行って貰って、流れを確認してきて下さい。」

 イース君。

 頭の中のページをめくる。初日に紹介された人の顔写真と対応する名前は全員分、頭の中の魔導書に貼り付けてある。

 イース君、イース君………ナオミ=イースさん。この人だ!

 身長は約180㎝位、逆立った金髪にサングラス、八重歯…というより肉食獣の犬歯みたいな牙が口から覗いていた、正直言って少しだけ怖そうな人。

 「わ、分かりました。明日、魔導書の保護ですね。何かこちらで準備するものはありますか?」

 頭の中の予定表のページに『魔導書保護』の文字を書き込む。その下に余白を用意して詳細を書き込もうとして……

 「あぁ、安心して下さい。そんな大事ではありません。何時も通り、資格取得時に貰った魔導司書手帳だけあれば大丈夫です。」

 「解りました。頑張ります。」


 「つぅ訳だ新人。やって来い。」

 翌日の朝、イース先輩と図書館から出発した私は東の森に連れて行かれ、森の中にあった魔導書を取ってくるように言われた。回収する魔導書は『滝落ちの魔導書』。『4種で危険は無いから一人でやって来い』と背中を押された。

 そうして森の中で竜三匹に見つかって、最初の命がけの追い掛けっこに繋がっていた。



 『滝落ちの魔導書』:4種

 最大三匹の飛べない竜を召喚する魔導書。

 魔力を使わず魔導書を開くだけで召喚可能だが、飛べず、火も吹けず、牙と爪のある8mの出来損ない怪獣三匹を召喚するだけの魔導書。

 故に危険度は低いと判断されて4種となっている。

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