私は魔導図書館の司書です。

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

魔導書の司書



 小さい頃の思い出を訊かれると少しだけ困る。

 私はいつもその質問に対してこう答える。『病院のベッドとそこから見える窓の外の景色、あとは楽しい魔導書だけ。』と。

 不治の病で子どもの頃はずっと病院で寝たきり。外に出る事なんて無くて、窓の外は別世界で、私の生きる世界はベッドの中だけ。

 その世界に外から届けられる魔導書は、私に世界がベッドの中だけじゃないと教えてくれた。私に外の世界を見せてくれた。

 だから本当に当時の私の人生にはこれしか無かった。

 ただ、私が訊かれて困る理由はそれが不幸だったからじゃない。それを言うととても申し訳無さそうな顔で殆どの場合謝られるから困るのだ。

 確かに当時は辛かった。苦しかった。もし魔導書が無かったら生きる希望は無くなって、夢も抱けなかった。

 でも今、その病気は完治した。

 外に出て沢山のものに触れられる。

 歩けるようになってから外に出るのが楽しくて楽しくて楽しくって、大人になってから一日中友達を巻き込んで外を走り回って、騎士の人に怒られるなんて事が出来ている。

 魔導書を幾つも読んできたから勉強に置いて行かれる事もなかった、どころか感じる全てが未知で楽しくて楽しくて楽しくって、勉強が止まらなくなって学院で一番の成績を取った事もある。

 そして、魔導書に出会えたから、私には『魔導司書』という夢が出来た。

 そして今、私はその夢を叶えた。魔導司書になれた。




 一晩中走って楽しかった思い出が浮かぶ。病院を出て、歩けるようになって、走れるようになって、学院の友達が鬼ごっこに付き合ってくれた後、有り余る体力を持て余して夜の町を魔法も使って全力疾走。そして巡回していた騎士の人に見つかってめっちゃ怒られた。

 楽しい思い出だったなぁ………あぁ、これ走馬灯だ。

 「やぁああああああああああああああ!」

 後ろからズシンズシンと地響きが聞こえる。

 「「「グォオオオオオオオオオ!!!!」」」

 咆哮が周囲に響き渡る。耳鳴りがするしクラクラする。でも、両手は走るので手一杯で耳を塞げない。

 「やぁああああ!先輩!イース先輩!たす、助けて!」

 8m級の羽の無いドラゴンが三匹、地面を這う様にして追ってくる。

 ここは魔法都市オランドルの壁の外にある東の森。

 オランドルより大きい面積を持つ森で、深い場所には危険な魔法生物が沢山居る。

 でも流石に8m級のドラゴンが三匹も居る筈が無い。

 「おー新人。そいつら全員シメても魔導書には傷一つ付かねぇから安心しろ。つーか、ソイツら倒さねぇと回収出来ないから。」

 鬼!悪魔!イース先輩!

 魔法が使えても、ドラゴン三匹を相手に立ち回るなんてそう簡単に出来ない。というか、ドラゴンが出るなんて事態は騎士団を呼ぶレベルの災害。それをたった一人でどうにかしろってどうかしてる!

 「折角新人のお前にも出来る簡単な魔導司書のお仕事をくれてやったんだ。

 無知蒙昧なお前に経験を積む機会を先輩がくれてやったんだ。さっさと片付けろよ。」

 何もない空中に腰掛けて、私とワザと並ぶように低空で飛んでいる・・・・・。そして、涼しい顔をして意地の悪い顔を見せ付けてくる。

 「これのドコが魔導司書なんですかぁあああああああ!」

 「端から仕舞いまで全部だよ。」

 「グルゥゥゥゥアアアアアアアアアアアアア!」

 ドラゴン三匹が吠えながら追ってくる。





 私の名前はエルコ=ヒガシノ。国立王都魔道学院を卒業して、王都魔導図書館に念願の司書として配属されたばっかりの新人魔導司書です。

 『魔導司書』を知らない人、居ます?そうだよね、あんまり知られてないよね……


 魔導図書司書について:

 魔法の方法論が記された図書や魔法が付与されている図書(通称:魔導書)の収集・購入・管理・保護・貸出/返却・案内を行う魔導書専門の司書のこと。

 就業には国家資格の魔導司書資格を要し、資格を得るためには魔法技能資格を持った上で魔導士が特別講習を受けるか、魔導省認可の魔導学院で単位を履修しなければならない。

 簡単に言えば『魔法が使えて魔法の本に詳しい魔導書図書館の人』。魔導書図書館で本を貸したりお薦め図書を紹介したりするインドアな仕事……就業三日目でドラゴン三匹に追われて逃走する今の今までそう思っていました。

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