私は魔導図書館の司書です。

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

魔導書の司書は安全……そんなふうに考えていた時期が 私にもありました。

 小さい頃の思い出を訊かれると少しだけ困る。

 私はいつもその質問に対してこう答えるしかない。

 『病院のベッドと、そこから見える窓の外の景色、あとは楽しい魔導書。』と。

 不治の病で子どもの頃はずっと病院で寝たきり。外に出る事なんてできなくて、窓の外は別世界で、私の生きる世界はベッドの中だけだった。

 治らないと言われた。大人にはなれないと言われた。何をしても痛くて苦しくて痛くて苦しくて、泣いて泣いて、泣き過ぎて心配されて、心が痛くて泣くのをやめて、そうして最後には痛みと苦しさに慣れるように心と体がなった。

 けれど、ベッドと窓の外に張り付いた狭い景色だけの世界じゃ相変わらず生きている楽しみは無かった。

 死ぬのが怖いとも思えなかった。あの時の私は終わるんだと安堵していた。

 そんな時に、とある人から一冊の本を貰った。

 それは、小さな魔導書。ページを開けば幻想の世界が広がって、自分が自分じゃない誰かになれて、ページを広げている間だけは世界が広くなった。

 世界の外から届けられる魔導書は、私に『世界がベッドの中だけじゃない』と教えてくれた。

 私に外の世界を見せてくれた。

 だから本当に当時の私の人生にはこれしか無かった。


 ただ、私が訊かれて困る理由はそれが不幸だったからじゃない。

 それを聞いた相手がとても申し訳無さそうな顔をして、ほとんどの場合必死で謝られるから困るのだ。

 確かに当時は辛かった。苦しかった。もし魔導書が無かったら生きる希望は完全に無くなって、夢も抱けなかった。今の私は文字通り無かった。今頃お墓の下に埋まっていただろう。

 けれど今は違う。不治の病は完治した。

 外に出て沢山のものに触れられる。

 歩けるようになってから外に出るのが楽しくて楽しくて楽しくって、学院に入ってから友達を一日中巻き込んで外を走り回って鬼ごっこをして、騎士の人に怒られるなんて事が出来ている。

 魔導書を幾つも読んできたから勉強に置いて行かれる事もなかった、どころか感じる全てが未知で楽しくて楽しくて楽しくって、勉強が止まらなくなって学院で一番の成績を取った事もある。

 そして、魔導書に出会えたから、私には『魔導司書』という夢が出来た。

 そして今、私はその夢を叶えた。魔導司書になれた。


 一晩中走って楽しかった思い出が浮かぶ。

 赤ちゃんと同じように立つ練習をして、歩けるようになって、走れるようになって、学院の友達が一緒に鬼ごっこをしようと言ってくれて、有り余る体力と魔力を使って夜の町を笑いながら全力疾走…………。

 そして巡回していた騎士の人に見つかってめっちゃ怒られた。

 楽しい思い出だったなぁ………あぁ、これ走馬灯だ。

 「やぁああああああああああああああ!」

 後ろから重い地響きが聞こえる。

 「「「グォオオオオオオオオオ!!!!」」」

 咆哮が周囲に響き渡る。耳鳴りがするしクラクラする。でも、両手は走るので手一杯で耳を塞げない。

 「やぁああああ!先輩!イース先輩!たす、助けて!」

 8m級の羽の無いドラゴンが三匹、地面を這う様にして追ってくる。

 ここは魔法都市オランドルの壁の外にある東の森。

 オランドル都市部より大きい面積を持つ森で、深い場所には危険な魔法生物が沢山居る。

 でも流石に8m級のドラゴンが三匹も居る筈が無い。

 「おー新人。そいつら全員シメても魔導書には傷一つ付かねぇから安心しろ。つーか、ソイツら倒さねぇと回収出来ないから。」

 鬼!悪魔!イース先輩!

 魔法が使えても、ドラゴン三匹を相手に立ち回るなんてそう簡単に出来ない。というか、ドラゴンが出るなんて事態は騎士団を呼ぶレベルの災害。それをたった一人でどうにかしろってどうかしてる!

 「折角役立たずの新人のお前にも出来る簡単な・・・魔導司書サンのお仕事をくれてやったんだ。

 無知蒙昧なお前に経験を積む機会を先輩がくれてやったんだ。

 さっさと片付けろよ。」

 何もない空中に腰掛けて、私とわざと並ぶように低空で飛んでいる・・・・・。そして、涼しい顔をして意地の悪い顔を見せ付けてくる。

 「これのドコが魔導司書なんですかぁあああああああ!」

 「ハナっから仕舞いまで全部だよ。」

 「グルゥゥゥゥアアアアアアアアアアアアア!」

 ドラゴン三匹が吠えながら追ってくる。


 私の名前はエルコ=ヒガシノ。国立王都魔道学院を卒業して、王都魔導図書館に念願の司書として配属されたばっかりの新人魔導司書です。

 『魔導司書』を知らない人、居ます?そうだよね、あんまり知られてないよね……


 魔導図書司書とは:

 魔法の方法論が記された図書や魔法が付与されている図書(通称:魔導書)の収集・購入・管理・保護・破棄・貸出/返却・案内・捜索を行う魔導書専門の司書のこと。

 就業には国家資格の魔導司書資格を要し、資格を得るためには魔法技能資格を持った魔導士が特別講習を受けるか、魔導省認可の魔導学院で単位を履修しなければならない。

 簡単に言えば『魔法が使えて魔法の本に詳しい魔導書図書館の人』。魔導書図書館で本を貸したり本を集めたり、お薦め図書を紹介したり、するインドアな仕事…………です。


 就業三日目にドラゴン三匹に追われて逃走する今の今まで、本当にそう思っていました。

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