呪いを送るは…

ミューズを睨みつけていたユーリの目に、急に映り込んだのは黄緑色の髪をした、顔色の悪い青年。



術師のサミュエルが間に立ち塞がったのだ。




「ユーリ王女…もうお止めください」

発言の許可など得るつもりもなく、そう言い放った。

声も体も震えるが、これ以上自分を庇ってくれたミューズが傷つくのは嫌だ。


「これ以上ミューズ様を傷つけないでください!」

サミュエルはぎっとユーリを睨みつけた。


体の震えは止まらない。


「あなた誰?私にそんな口を聞いていいと思っているの」

ユーリはミューズに向けていた怒りのそのままサミュエルに移した。



「誰?…だと」

ユーリが覚えていないとは思っていたが、いざ言われるとやはり悔しい。


唇を噛み締め過ぎて血の味が口内に広がる。


「邪魔ね」

急に現れたサミュエルにユーリは蔑みの目を向けた。


「関係のないものはどきなさい。私はティタン様と、そこの女に用があるのよ」


「覚えていないか…俺は、お前が醜いと蔑んだ男だよ。酷い火傷のせいでフードで顔を隠して生きるしかなかった、醜い平民だ!」


サミュエルの顔には火傷の傷も跡も、もはやない。

だが、心の傷は消えることはなかった。


「ティタン様が婚約破棄となった時、本当に悔やんだ。俺がお前に治してもらおうと言ったせいだとな。だが、それは間違いだった。こんな女がティタン様の配偶者になることなんて、これからもない!これは俺等皆の総意だ」


サミュエルが目をやると、マオもルドもライカも頷く。

ニコラとオスカーも同意を示していた。



サミュエルは呼吸を整える。

「今度は間違えない、ミューズ様を侮辱するものは許さない」



上着のポケットから一つの小瓶を取り出し、一気に煽って、手に黒い靄を集めていく。

呪力を高める薬を飲んだ為、靄は急速にサミュエルの手元に集まった。


「待って、サミュエル!」

ミューズはサミュエルがしようとしている事がわかり、止めようと動いたのだがその体をティタンが遮る。


「いい。あいつが決めていた事だ」



次にユーリに合ったら呪いを送りたいとサミュエルから相談されていて、それをティタンは了承していた。


呪いたいと言いつつ内心サミュエルは怯えているように見えた。

人を呪うことなど、自らの意志でしたことがないからだ。



だが、今やその躊躇も見えず、箍が外れたのだろう。



ユーリを守ろうとついてきたシェスタの騎士が、王女を護る為に前に出る。



オスカーやルド、ライカなどアドガルムの護衛騎士もサミュエルの隣に並ぶ。


「させないわよ」


サミュエルに斬りかからないよう牽制を示すため、いつでも抜けるよう剣に手を掛けていた。


抜けばどうなるか、お互い均衡状態を保つ。


「私に何かあれば、シェスタが黙っていないわよ!王族ですらないミューズなんて、ただじゃ済まないわ!」

ユーリ王女のその言葉にサミュエルの手が一瞬止まる。


「サミュエル!」


聞こえてきたのは、国王のアルフレッドの声だ。

隣にはロキがいる。


彼が呼んできたのだろう。


「大丈夫だ」


何がとは言わないが、アルフレッドはそれだけ言った。

それを聞いてサミュエルは躊躇う事なく、黒い靄をユーリとシェスタ国の一団に放った。


「ぐっ?」

護衛達が張った防御壁をすり抜け、それらはユーリ王女と護衛達の体に入り込んでいく。

サミュエルの放ったものは魔法ではないため、防御壁が効かない。


皆は一瞬息苦しさを感じたが、すぐに楽になる。


「何をしたのよ…?!」

ユーリは自身の体を見下ろす。

体に異常はないようだが、何かの違和感が残っていた。


崩れ落ちたサミュエルをルドとライカが両脇から支える。


「サミュエル!」

「ありがとうございます…」

ミューズがすぐに回復魔法をかけるが、だるさは完全には消えない。


大勢の者に一気に呪いを掛けたので、呪力が枯渇したのだ。


回復には時間がかかるだろう。


サミュエルが虚ろな目をユーリ達に向けた。


「真実の、愛…」

ポツリと呟いた。

「真実の愛があれば、その『呪い』は解けます」


それだけ言うとサミュエルは意識を失った。




「どういう事なの?呪いって、何のことよ?」

ユーリは得体のしれない力に恐怖を感じる。


「俺様が代わりに説明した方がいいか?」


ロキが不遜な表情を浮かべ、サミュエルの体を背負う。


「ロキ様、俺達が運びますよ」

ルドの言葉にロキは断りを伝える。


「この後は部屋に転がしておけばいいだけだろ?お前らはティタン殿とミューズの護衛があるんだから、任せておけ」



ロキは目線を移した、ギラギラした金の目がユーリを射抜く。




「あなた、誰よ」

ユーリは急に現れた男に訝しげな視線を向ける。


「サミュエルの呪術の弟子で、同僚だ」


ロキは言った。


「だから親切にも説明してやる。サミュエルが掛けた呪いは、お前らの魔法を半永久的に封じるもの。ユーリ王女、あなたがあれだけ自慢していた回復魔法も使えないはずだ」


「そんなの、嘘よ!」


ロキの言葉にユーリは激しく動揺する。




「嘘じゃない、そこの護衛達も魔法を封じられたはずだ」


試しに出そうとするが、誰も魔法が出ない。

皆に焦りが生まれる。


「早く解きなさい、命令よ!」

特にユーリは必死だ。

自分の自慢の力が封印されたなど信じられないのだろう。


ロキは呆れ顔で王女を見た。


「まるで反省なしか。サミュエルの頑張りが無駄になるし、俺様ではその呪いは解けん。自力で解く方法については、サミュエルが言っていただろう?」


真実の愛があれば、呪いは解ける。

サミュエルはそう言っていた。




他の者はいざ知らず、この王女が愛などもてるとは思わないが。


「お互いを想い、想われる存在を見つけられるといいな」


ロキが魔力を込めた腕を振るうと、ユーリ王女含めたシェスタ国の一団が消えた。



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