招かれざる人

「ユーリ王女。あなたが何故ここに?俺はあなたに招待状を出した覚えはない」


ティタンが立ち上がる。


緊迫した空気が流れた。

サミュエルは体を震わせ、ユーリ王女を睨みつける。


言われた言葉と仕打ちは忘れていない。


「…サミュエルを下がらせるぞ」

「あぁ」

ルドとライカが動揺しているサミュエルを下がらせ、労るように体を支えた。


「何があった?」

ルドとライカは心配するロキに、二人の因縁を話し、サミュエルをロキに託す。




「あら、私はティタン様のお祝いにと来ただけよ?」

突如現れた彼女は十数名の護衛と共にティタンの前へと出る。



白に近い銀髪と蜂蜜色の肌。

レナンと並ぶほどの長身と突き出た胸やお尻、そして素晴らしいくびれを持つスタイルは、誰が見ても美女だと認めるだろう。



美人が凄むと恐ろしい。

ミューズは睨まれて体が震えてしまった。


ティタンがユーリの視界を遮るようにして前に出る。


「お引き取りを。今日は俺にとってとても大事な日、あなたからのお祝いは不要だ」

ティタンの感情を殺したような声、必死で憤りを押さえている。


「冷たいのね、私はあなたの婚約者なのに」

「婚約者だった、だ。誤解を招く言い方は止めてください」


ニコラとマオが既に人払いを済ませ、周囲に他人を近づかせないようにしている。

周囲に会話がもれないよう防音の魔法を使用していく。


「私は納得してなかったわ。なのにお父様が了承してしまって、あっという間に婚約がなくなってしまった…私、とても悲しかったの」

ハラハラと涙をを零す姿はとても美しい。


ミューズはその言葉と様子に罪悪感から胸が痛くなるが、ティタンは寧ろ怒りしかなかった。


「そうやって悲しいという気持ちがあるのなら、何故俺の部下も悲しむのだと考えてくださらなかった。あいつだって、相当傷ついたんだ」


ユーリの涙などティタンにはどうでもいい事だった。


自分の為だけに動き、こうして我儘を言う。

ティタンの大事な結婚式をぶち壊しにきたのだから、どう言葉を飾っても許せるわけがないし、靡くはずもない。


ユーリはそんなティタンの気持ちなど構いもしない。




だからティタンはユーリが嫌いなのだ。



ミューズはティタンが言っている人物がサミュエルだと気づき、すっと立ち上がる。

大事な従者を傷つけた相手だ。

自分も戦わなくては、とティタンと共に並ぶ。


「ミューズ?」

「私も、しっかり向かい合いたいのです」

サミュエルの事ならば、自分も一緒に立ち向かわなくてはならないと思ったのだ。


そしてティタンはもう自分の夫だ。

彼を奪いに来たユーリから逃げるわけにはいかないと奮起する。



ユーリの鋭い目が向けられミューズは少し怯むが、安心させるようにティタンの手が肩に回された。


「破棄の理由、少しはわかっただろう」

ティタンが耳打ちし、ミューズはコクリと頷いた。


「平然と人を傷つける者を、俺は伴侶にしたくない。特に人の心を傷つける言い方をするものは…帰ってください」

「嫌よ、帰らないわ。破棄の本当の理由も聞いた、あの醜い火傷をした平民のせいだったってね…だから私自ら治しに来たの。そうすればこの婚姻は無効になる、あなたは私と結婚するのよ」


あまりにも身勝手な言い分にミューズも怒りを覚える。


「傷を治す力があっても心は癒せません。戻らない事だってあるのです。それにティタン様は渡せません!」


サミュエルはとても傷ついていた。

自分を呪い、何度泣いたのだろうか。

彼を思うと心が痛む。


そして未だティタンを諦めていないユーリに若干の恐怖を覚える。


ティタンが彼女に靡いてしまったらと、怖いのだ。




「あら、私に口答えするの?」

ユーリは余裕の笑みを浮かべ、改めてミューズの頭の先からつま先まで吟味するように見る。


「守ってあげたくなるような可愛らしい子、ティタン様の好みはこういう子なのね。でも、隣に並ぶには些か役不足よ。その顔も体も甘すぎる考えも」

ユーリは胸を反らす。


確かに美人で身長もあるし、ティタンと並んでも引けを取らないだろう。

ユーリもとても自信があるようだ。


「あの男だけど、そもそも王族である私にただで頼み事をしようとしたのよ?

なんて無礼なのかしらと思ったわ。それに平民の癖に許可なく私に近づいた、本当に礼儀知らずな奴だったわ」


サミュエルの顔色が青くなっている。

ロキとシフが支えているが、今にも倒れてしまいそうだ。


「それだけ必死だった…それに俺が謁見の許可も出したのだから、あいつではなく俺の過失です。これ以上俺の家臣であり、家族であるあいつを侮辱する事は許しません」


ティタンは真っ向から対立する。



「家族だなんて、あんな平民が」

鼻で笑われる。


「大事な家族です、彼も、そしてここにいる者も」

ミューズも声を張り上げる。


「これ以上、酷いことを言わないでください。王族だろうが平民だろうが、傷つける言葉を軽々しく言ってはいけません。そのような言葉は凶器でしかありません」


ユーリは露骨に嫌な顔をする。


ティタンに言われるならともかく、ミューズに言われるのは気に食わない。


「あなた、どの立場でものを言ってるの?たかだか公爵令嬢の分際で私に楯突く気?」

「身分差の話ではありません。誰だって悪しく言われたら傷つくという話です」


ミューズも引きはしない。


この機会を逃せばサミュエルはずっと傷ついたままだ。


「偉そうな事ばっかり言うけれど、結局あなたに何が出来て?ティタン様に守られてばかりじゃないの。それよりも、あの時の平民を出しなさい、この私が直々に治してあげるわ」


これ以上ミューズがティタンの隣にいるのは許せないのだ。

ユーリは自分こそが相応しいとしか思っていない。




「ユーリ、もう帰れ。お前に出来ることなど何一つない。ここの誰もがお前を必要としていない」


ティタンは敬語すらかなぐり捨てて、そう言った。


「何を言うの。私以外にあのような醜い顔を治せる者がいるわけないじゃない、家族だと言うほど大事なのなら、尚更治してあげたいんじゃないかしら?」


ユーリはまだ余裕を見せていた。


自分の力がないと、サミュエルの顔は治せない。

それを治す代わりにティタンを手に入れに来たのだから。


「サミュエルの顔はもう治っている。ミューズが治してくれた」

「はっ?」


耳を疑った。


それほど高位の魔法を使えるものならば、もっと名を馳せていておかしくない。


(そんな嘘を…)

「信じられない、私を追い返す為に言ってるのでしょ。信じるわけ無いわ。本当だとしても、そこの女はそれを利用してあなたを手に入れたのね。なんて小賢しい…!」

認められるわけはない。


「サミュエルを治してくれたのは、俺がミューズとの婚約を決めた後だ。回復魔法が使えることも知らなかった。利用したというのなら、俺こそがミューズを利用した。責められる謂れはない」


魔力を消耗させ過ぎてしまい、ミューズを三日も寝込ませてしまった。

あの時を思い出すと申し訳ない、ぎゅっとミューズを抱き締める。


「いえ、私がサミュエルの為になりたかったのです。彼は私の家族でもありますから」


ティタンの大切な人は、自分にとっても大切だ。

そしてサミュエルはミューズの命の恩人の一人である。


感謝を返すのは当然だ。


「何が、家族よ…」

ユーリの顔が醜く歪む。


「ティタン様は私の物よ、彼以上に強く、逞しい騎士はいないの。シェスタの王女である私に相応しい血筋と力を持つのは、ティタン様しかいないんだから」


シェスタでは強い男性が尊敬されている。

騎士と巫女の国、王族であれば尚更強くなければいけない。


「小さい頃からティタン様を見てきたわ、外交を重ね、二人で食事もした。誕生日にはプレゼントも貰ったし、好きなものだってわかってる!婚約もして、ようやく一緒になれると思ったのに…!」


ティタンはいつもユーリに優しかった。


それなのに、あの、平民のせいで初めて怒鳴り声をあげられたのだ。


それ以降は会うことも叶わず、手紙を送っても返事は来ず、婚約破棄の書類と多額の慰謝料が送られてきて、長年の関係が終わったのだ。


ユーリは到底納得など出来なかった。



「外交上の付き合いだ。それ以上の気持ちはない」

ティタンは今の話を聞いたミューズが身を震わせたのに気づき、両腕を回ししっかりとその小さい体を包む。


「本当に何もなかった、俺を信じてくれ。ユーリに愛情などない、ミューズだけだ」


「ティタン様…」

ティタンの手にミューズは手を重ねる。

ティタンの匂いと体温、大丈夫だと自分に言い聞かせる。


「信じます…」

ミューズはぎゅっと唇を噛み内心の動揺を抑える。




ミューズを大事にする様子と慈しむ視線。

そんな気持ちなどユーリは向けられた事もない。


嫉妬と憎悪でどうにかなりそうだ。




「その女がいなければ…」

ユーリの目に映るはミューズだ。




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