目覚め
ミューズが目を覚ましたのは三日後だ。
「良かったです、大丈夫そうですか?」
目を開けたミューズに、マオが声をかける。
「ありがとう、もう大丈夫よ」
ミューズが起きたことに安堵し、マオは侍女を呼んだ。
軽食の準備をするようにと、ミューズが目覚めた事をティタンに知らせるようにと伝えた。
ずっとマオが付き添っていたと話される。
医師によると魔力切れと、呪いによる体力低下で、意識が戻らなかったそうだ。
知らせを受けてきたティタンはすぐに来て、今度こそミューズを抱き締めた。
マオが止める間もない早さだ。
「良かった、無事に目覚めて、本当に良かった!」
ティタンの大声が耳元で響く。
「大丈夫ですから、落ち着いてください」
少し遅れてサミュエルも来た。
走ってきたようで、肩で荒い息をしながら、また、土下座をする。
「ミューズ様、すみませんでした!俺のせいでこのような事になってしまって」
フードは相変わらず被っている。
「大丈夫よ、それより、あれからどうなったのかしら」
恐る恐る聞いてみる。
きちんと治ったと思うのだが。
「えぇ、すっかり傷はなくなり、問題はありません」
サミュエルがフードを外し、ミューズへと見せる。
黄緑の髪と茶色の目をした、優しそうな青年の顔がそこにあった。
顔色は青白く、やや不健康そうではあるが、火傷の痕はもうない。
「良かったわ」
ミューズが笑うとサミュエルは照れくさそうにし、またフードを被る。
「ずっと隠していたので、今更顔を見せるのが恥ずかしんです…暫くはこのままで居させてください」
サミュエルの顔が赤くなったのを見て、ティタンが牽制する。
「ミューズはやらんぞ!」
「そ、そういう事ではないです!誤解です、ティタン様!」
主に妙な嫉妬を持たれては困ると焦ってしまう。
コンコンとノック音がした。
「失礼します。ミューズ様へとスープをお持ちしました」
何故かルドがお盆を持って入ってくる。
そっとベッドサイドへ水差しとコップ、そしてスープを置く。
「ミューズ様は病み上がりです。皆様、静かに騒がずお願いします。侍女が圧倒されていましたので、俺が代わりに運びました。外まで響いてましたよ」
本来ならばルドは運んだりなどしないのに、入室したのはそのような理由があったみたいだ。
「同僚として、俺からもお礼を言わせてください。ミューズ様サミュエルを治して下さりありがとうございます」
深々と頭を下げると、ルドは廊下に出ていった。
「ここの皆は仲が良いわね」
羨ましいほどだ。
「皆、訳アリですからね。持ちつ持たれつ、助け合ってるのです」
「そうなのね…」
ミューズは少し寂しくなる。
「いいなぁ。リンドールで私のことをあんな風に心配したり、待つ人なんていないから…」
ユミルとの噂があんな風に広まってしまっても、親しい人がいれば平気だった。
しかし、実際は友人だと思っていた者もミューズが嫌がっていると知りながら、本当はユミルの気持ちを弄ぶ悪女だと、陰で面白可笑しく吹聴しており、ミューズはショックを受けた。
一人になったミューズはますます孤立をし、独りでいたから隙となり、呪いなんてものをかけられた。
「お父様には会いたいけど、戻りたくない」
本音がポツリともれる。
信じてくれていたのは父と親類だけだ。
このままここにいたいと本当に思ってる。
「ならばずっと居ていい。帰りたくなければ、帰らなくていいんだ」
ティタンはミューズの小さな手を握った。
「でも、私はリンドールの者です。このままいるには、アンドレイ陛下の許可が必要になります」
移住も婚約も、リンドールの国王の許可がいる。
宰相の娘として、顔も見せずに書類だけで終わらせるという不義理は、父の立場を悪くしてしまうかもしれない。
「安心してくれ、ディエス殿が全ての手続きをしてくれた。彼もこちらに移り住む予定だ」
「何故です?」
父が国を出るとはどういうことか。
仕事は、領地は、どうなるのだろう。
「リンドールという国に愛想が尽きたそうだ。領地は一旦王家に返上するが、次の領主はディエス殿の信頼出来る部下に引き継がせるらしい。それが済み次第、こちらに来るはずだ」
自分が寝ている間に一体何が起きたのか。
「ディエス殿にはアドガルムより爵位を与え、王家管轄の領地を収めてもらう予定だ。文官として登用も考えている、是非こちらでも手腕を発揮してほしいものだ」
すでに次なる事は決まっているらしい。
アドガルムがそこまでしてくれるとは、嬉しいものの疑問がある。
「愛想が尽きたって何故です?父はリンドールを本当に大事にしていたのに…」
「リンドールはディエス殿を大事にしなかったからな。仕方ないことだ」
ティタンは複雑な表情をし、言いにくそうにしながらもミューズに伝える。。
「…あのパーティの後で、ミューズがいなくなった本当の事を、ディエス殿はアンドレイ様に伝えようとしていたらしい。パーティが終わったら報告しようと思っていたそうだ、忙しいのもあったからな。しかし、あの呪いの薬を掛けた令嬢方が既に噂を流布していた。『スフォリア公爵令嬢は男とパーティ会場を抜け出していった』と。実際にパーティ会場にミューズはいなかった事で、信憑性が増し、もしかしてとなることもなく広まったみたいだ。」
ミューズは落ち込む。
そんな風に見られているなんてと。
「ディエス殿はもちろん怒った、だから試した。ミューズがいなくなったので、国王も探してほしいと」
ディエスは王家の兵を出してほしいと持ち掛けた。
ディエスの事を大事に思っているのなら、娘の事も親身になって心配してくれるはずだ。
国王自ら探すよう命じて欲しいと、噂が嘘であると皆の前で言ってほしいと訴えた。
「噂の撤回もなく、ミューズを探すのに派遣された兵士は数名…そんな国に何を期待出来ようか。ディエス殿は失望していた」
軽んじられているとしか思えなかった。
「部下はただの駒ではありません。きちんと心があるのだから、不誠実な主にいつまでもついていく事は出来ない」
サミュエルの言葉にマオも頷いている。
「ミューズの呪いを解いた時に、呪い返しを受けた令嬢方も、酷い言い分をしていたそうだ。自分達は、ユミルとの仲を嫉妬したミューズによって、呪いをかけられた、と言っていた」
「そんな事を…」
ミューズは口元に手を当て、悲しそうに下を向く。
「大人しく罪を認めればサミュエルの派遣も考えてはいたんだがな。如何せん根が腐りすぎていて、サミュエルとて体を張ってまで助ける事をしないと拒否したよ」
「例え大金を積まれても解呪などしません。ミューズ様に対して行なったことを、悔いてもらわないといけません」
サミュエルは反省もない令嬢達に怒っている。
こうなると元の姿に戻りたかったら、自分達で術師を探さなければならなくなった。
「だが、嘘偽りの話をしたり、兄上への不敬を行なったりと賠償金が高くつきそうだからな。果たして呪いを解くための財力すら残るかどうか…三人は今やミューズへの殺人容疑で勾留もされているし、薬を売った商人すら探しにいけない状況だ」
「殺人?」
ミューズはそのような事をされた自覚はなかった。
「体を小さくされ、ただでさえ歩くこともままならない状態なのに、更に裸で屋外に放置したのだぞ。殺意がないはずないだろう」
俺が手を下してもいいんだがな、とティタンは怒りをあらわにしている。
「ですから僕が手を下すです。ティタン様は汚れ役をしなくていいのです」
マオも許してなどいない。
他にも呪いの薬を使用するという悪質な手口が問題になった。
「リンドールも呪いには明るくなかったが、今回の件ですぐに呪いの使用を禁止する事になったらしい」
未知なる力の実例を、大勢が目の当たりにしたのだ。
怯えるのも無理はない。
自分達に直接危害が来そうなものへの反応は早かったそうだ。
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