婚約破棄理由

「サミュエルありがとう。おかげで元の姿になれたし、皆にこんなに綺麗にしてもらえたの。あなたがいなかったら私今頃どうなっていたか……」

ミューズがお礼を言うと、サミュエルは床に頭をつける。


「とんでもない、俺としてもミューズ様のおかげで憂いが消えました。感謝が尽きません」

土下座をするサミュエルに慌ててしまう。


「サミュエル、お礼を言うのは私の方よ。そのような事は止めてほしいわ」


「サミュエル立て、ミューズが困っている」

ティタンの言葉にゆっくりとだが、サミュエルは立ち上がった。


「珍しいですね、サミュエルが立ってる姿を見るのは。体力大丈夫ですか?」

マオは呟く。


いつも座ってる姿ばかりだから何となく新鮮だ。


「ミューズ様が掛けてくれた魔法のおかげですっかり調子が良いんだ。本当に有り難い」

サミュエルはふらつく事なく立ち上がっており、足取りもしっかりしていた。


「俺の体の事もですが、ティタン様の婚約者になってくれた事が一番の感謝です。ティタン様をどうか末永くお願いします」

今度は土下座まではせず、頭を下げるに留める。


「こちらこそよろしくお願いするわね、至らない事ばかりだとは思うけど、がんばるから」


「俺も、もっと頑張ります」

サミュエルは再び頭を下げた。










「ミューズ。俺からお願いがあるんだが、聞いてくれるか?」

サミュエルとのやり取りを見ていたティタンが、ミューズに頼み事を持ちかける。


「私にですか?出来ることがあれば」

何だろう、と首を傾げる。


ティタンはサミュエルの後ろに回り、逃げぬよう肩を押さえた。


「サミュエルに回復魔法をかけてほしい」


「えっ?」

サミュエルは怪我をしているということだろうか。


ミューズ不思議そうに思うが、それ以上に本人が動揺していた。


「ティタン様、それは止めてください……!」

サミュエルが暴れてティタンから逃げ出そうとするが、動けない。


がっしりと掴まれている。


「こいつの古傷を少しでも消してもらえれば有り難いんだが。あれだけの魔法が使えるならば、出来るのではないかと思って」

余計にサミュエルが暴れる。


「いいのです、俺は、もうこのままで!」

ミューズに見られたくない、その思いの方が強かった。


「ティタン様、離してください!マオ、止めさせてくれ!」

事情を知る同僚ならば、止めてくれるのではないかと期待した。


「大丈夫です。ミューズ様は何を見たってサミュエルの事を嫌いになどならないです。この方は違うですよ」


「……」

サミュエルは項垂れた。


自分だって違うと理解している。

しかし、怖いのだ。


「……ティタン様、離してください。自分で話しますから」

覚悟を決める。


ティタンはサミュエルの体から手を離した。


「ミューズ様は、ユーリ王女をご存知ですか?」


「えぇシェスタ国の王女様ですよね?」


「ティタン様の元婚約者だという話は?」

息を飲む。


「……知っています」

その言葉はミューズの心をかき乱すのに十分だった。


自分の関わらない時であったけれど、その話を聞くと否が応でも嫉妬心が芽生えてしまう。


「では、婚約破棄の理由もご存知でしょうか」

ミューズは口元に手を当て、考える。


「ティタン様が好きになれず、とお聞きしました。その、ユーリ王女が、我儘であると……」

不敬ではあるだろうが、ティタンが言っていた通りに答える。


「俺のせいとは、聞いていませんか?」

そんなことは聞いていない、初耳である。


「サミュエルが? 何故?」

彼が何故ティタンの婚約に関係があったのか。


「ティタン様の婚約者様ならば、挨拶をと思って。そして高位の回復魔法が使えるならば、もしかして治してもらえるのでは、と欲を出してしまいました。俺が、大人しくしていたら良かったのに……」

サミュエルがフードを外す。


「それ、は……」


「ティタン様の婚約破棄の理由です。醜い……と、言われました」


顔の半分が焼け爛れたのだろう。


明らかなる火傷の痕だった。


皮膚が隆起し、瞼は皮膚が溶けた時に張り付いたのだろう、見えているとは思えなかった。


髪もまばらに生えているところを見ると、頭から火をつけられたか。


サミュエルはミューズの顔をまともに見ることが出来なかった。


どんな表情をしているか、怖くて見られない。


「……何故、このような事に?」

ミューズの声は震えている。


怖いのか、怯えているのか。


サミュエルにはわからなかった。


「呪いの力を疎まれました。得体のしれない、不気味な子どもだと言われ、家族がいてもずっと孤独でした。ある時に火をつけられ、森に、打ち捨てられました」

助かったのは偶然だ。


アドガルムの王宮医師をしているシュナイという者が、薬草を取りに森に入った時に虫の息のサミュエルを見つけたのだ。


すぐに治療を施され、一命は取り留めたものの、ここまでの重症を治せる治癒師がアドガルムにはいなかった。


「最高位の回復魔法が使えるユーリ王女ならば、この傷も治せるのではないかと思いました。そして俺は愚かにもティタン様の静止の言葉を無視して、ユーリ王女に直談判をしてしまったのです。興味本位で傷を見せろと言ったユーリ王女の前で俺は、フードを外した」

サミュエルは声が震えるのを自覚した。


呼吸が苦しい。


「……返ってきたのは、穢らわしい、という言葉だけ。治す気もなかったようです。ティタン様はそれを聞いて憤慨し、俺の為に婚約を破棄してくれたのです」

サミュエルは言葉が続かなくなってきた。


「だから俺は、ミューズ様が婚約をしてくれると聞いて、嬉しくて……って、ミューズ様?」

俯いたサミュエルの目にも、床に落ちる雫が見えた。


ミューズが泣いている。


「酷いわ、そんなのって」

躊躇う事なく、ミューズはサミュエルの顔に触れる。


暖かな感触に、サミュエルはビクリと体を震わした。


触られたなんて、シュナイ医師以外、初めてだ。


「私に出来るかはわからないけれど、少しでも力になれれば……」

温かい光がサミュエルを包む。


時間が経った傷を治すのは難しい。


細胞をただ活性化するのではなく、古い組織を壊し、新たな皮膚と肉を構築し、既存の血管と神経を繋がなくてはならない。


新たなものを作るため、周りの身体組織からサミュエルの肉体の情報を知り、造っていく。


かなりの魔力を消費するし、時間も掛かる。



静かに時間が経過したが、不意にミューズがよろける。


その細い体をティタンが支えた。


「無理をしなくていい」

自分から頼んだことだが、ミューズが倒れてしまっては意味がない。


ティタンは魔法に疎く、簡単に言ってしまった自分を悔やんだ。


こんなに負担が大きいのなら、もっと考えるべきだったのに。


「私が、したいので、大丈夫です」

更に魔力を注ぎ込んだ。


サミュエルの顔が普通の青年と同じ造りになっていく。


目も開き、その茶色い双眸がミューズを見た。


「見えます、ミューズ様」

だが、サミュエルの目からは涙が溢れ、すぐに瞳が見えなくなってしまった。


本当に治るとは思っていなかったのかもしれない、顔を押さえ、サミュエルは声を上げて泣いていた。


歓喜と感謝の涙だ。


「ありがとうございます……ありがとう……!」


「ミューズ、ありがとう。良かったなサミュエル」

ティタンも優しい笑みで、涙するサミュエルを見つめていた。


「良かったのです、サミュエル。ずっと心配だったのです」

マオも嬉しそうだ。


「良かった…」

無事に治すことが出来たのを確認すると、ミューズは何とか保っていた意識を手放した。



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