保護

「ひどい話だ。その者達の顔はわかるか?」


ティタンは怒りに満ちた表情で拳を握った。


「はい。ですがこの姿で信じて貰えるでしょうか?このままでは人前にすら出られませんし」


ミューズは体を包むハンカチをぎゅっと握った。

不安で体が震えてしまう。


「まずは今どうするか考えましょう。ディエス殿を呼びますか?」


ルドの言葉にティタンは首を横に振る。


「待て。この国の建国パーティで宰相が中座するのは良くない。それに逆恨みとは言え、娘がこのように呪いをかけられたと世間が聞いたら、ディエス殿の信用が落ちる可能性がある」


ティタンは考える。


「こっそりとディエス殿に知らせるとして、気が乗らないが、まずは兄上に知恵を借りよう。黙っていてはあとの方が大変になるだろうし…それまでミューズ嬢とマオはこちらで待てるか?」


こくりと二人は頷く。


「ひと気は少ないが、何かあったら困るな。これとこれを預ける」


ティタンは自分の上着を脱ぎ、マオに掛けた。

そして家紋の入った短剣を預ける。


「流石に外は寒い、これで二人は暖をとってくれ。もしも不埒な者が来たらこれを見せて示すがいい。アドガルムの王家の紋だとな」

これに怯まず来るのなら、余程の度胸があるものだが…。


「ありがとうございます」

ミューズはペコリと頭を下げた。


「少しだけ待っててほしい。何かあれば、すぐに通信石で連絡をくれ」


アドガルムの王族の物や側近の者は、通信石という魔石をそれぞれ持っている。

魔力を通せば、任意の者と話すことが出来る。


「気をつけて行ってくるですよ」

マオは中庭の端のベンチに腰掛けた。


「マオも充分に気をつけてくださいね、ミューズ様もいらっしゃるのですから」


ルドは二人に防御壁の魔法を掛ける。


「何もないとは思いますが、暫くの間他人を弾くものを掛けました。マオも一応女性なので、気をつけてくださいね」


「一応って、なんですか!」

マオはふしゃあっと猫のように怒った。






パーティ会場に戻ったティタンとルドは、エリックを探す。


「兄上」

「ティタンか、何だ?」

来賓席にて婚約者と座るティタンの兄、エリックがティタンを見た。


エリックの後ろにいた眼鏡の従者ニコラと、派手な護衛騎士もティタンに視線を向ける。


「緊急の話がありまして、別室などで聞いて頂ければと思ったのですが」


エリックがニコラに目配せをした。


ニコラは手を軽く上げると魔力を解き放つ。

目に見えない膜が一同を包む。


「防音の魔法を張った。さぁ、話せ」


尊大な態度でエリックが言い放つ。

ティタンは頭を下げ、それから話し始めた。


「現在とある令嬢を保護しております。彼女は呪いの薬により、体が縮んでしまったという事です。現在はマオが付き添い、中庭にいてもらっていますが、これからどうしようかと決めあぐねていまして」

簡単な説明をまずは行なう。


「名前は?どちらの令嬢だ」

エリックの探るような目。

ティタンは少し躊躇う。


「…ミューズ=スフォリア嬢です」

「ほぅ…」

エリックが興味深そうに口の端を上げる。


「この国の宰相殿の娘か。なるほど…」

口元に手を当て、何かを考えているようだ。


「兄上、彼女をひどい目に合わせないで下さいよ」

ティタンは警戒していた。


この兄が利益なく他人を救うことはない。


「何をいう、ただの公爵令嬢に俺が何かをするというのか?」


すると思っているから、ティタンは言葉を慎重に選んだ。

「俺は彼女を元の姿に戻し、宰相であるディエス殿の元に返したいだけです。そのお知恵をお貸しして頂ければ、と話しただけです」


「ディエス殿への事情説明はしたのか?まぁする暇はないだろうが」

ディエスは忙しく挨拶をしたり、パーティ進行の為の命を出してるだろう。

おそらく聞いている余裕はない。


「おっしゃる通り、まだ話せてはいません。知れば公務に支障も出てしまうだろうし、タイミングも窺っておりました。それに、ディエス殿の周りは人が多すぎます、万が一周囲に聞かれてしまったら、ディエス殿の評判も落ちてしまうかと心配で」


それは本意ではない。


「…ならば、ディエス殿へは俺が伝えに行く事にしよう」

このように防音の魔法を使えれば内密の話は出来る。


「上手く伝えるから、ミューズ嬢を連れてお前はアドガルムへと帰っていろ。何の薬を使用されたかはわからないが、呪いの類なら呪術師のサミュエルが詳しいからな」


この辺では呪いに詳しいものがあまりいない。

魔法とは違い馴染みが薄く、扱えるものは更に少ないのだ。


「しかし、勝手に国境を越えていいのですか?」

「治すためだ。仕方あるまい」

兄の言い分にティタンは疑いの目を向ける。


「ディエス殿のもとへ返してからの方がいいのでは?」

「宰相殿は忙しい。ミューズ嬢を連れて改めてアドガルムへ来てもらうよりは、治してからミューズ嬢を返したほうが早いだろう」

どうにも早くミューズをリンドールから連れ出したいようだ。

何かを含んではいるのだろうが、自分達だけでミューズに出来ることは少ない。


「兄上にこの話を託して、ミューズ嬢に不利益になることはないですか?」

確認の意を込め聞いてみる。


「断じてない。安心しろ」


それを聞いて、一応の保証はされたかと、ティタンは踵を返す。


「誰にも見られないように気をつけろよ」

「重々承知しています」

あの姿のミューズをダレカに見られてはいけない。

彼女の沽券に関わる。


「もし誰かに見つかれば、アドガルムの第二王子は可愛らしいお人形が好き、と噂されるやもしれぬからな」


「兄上!!」

からかうような兄の言葉に思わず大声が出てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る