剣と魔法の世界で営業マンとして楽器を売る話

石田金時

第1章 就職しよう!

第1話 就活

わたしの就職活動がうまくいかないのは、ハッキリ言って周りがアホだから。間違いないです。


わたしは努力家です。

字の読み書きができるし、魔法もいくらか使える。

独学で魔法の研究もやってきたし、実際に故郷の村では2〜3曲程の魔法を残してきた。後輩のジャコモからもらった尊敬の眼差しは中々に面白かったですね。


あと、けっこう美貌にも自信があります。

どんなに食事がひもじいとしても、髪の手入れだけは欠かしませんでしたから。


そんなわたしが田舎に収まったまんまなんてありえない。

はるばる40日間も歩いて首都までやってきたのです。

せっかく首都に来たのだから、背中まで伸ばした自慢の髪も、思い切って脱色したわけですし。

世間にわたしのことを認めさせてやらなければ気が済まない。


そうは言ったものの、首都に乗り込んでから既に半年。安定した職には就けていません。

日雇いの子守りや清掃の類がほとんどですが、薄給です。良い条件となると戦地の方になってくるわけですが、ここ10年は戦闘が落ち着いているとはいえ、当然のごとく危険なわけです。

それ以上に、せっかく都会まで来たのに離れるのが悔しい。


「というわけで、仕事をください」

すっかり就労相談所の常連になってしまったわたしは、相談員のボーグレンさんにうっすい履歴書をスルリと渡しました。


ボーグレンさんはベテラン相談員で面倒見の良いお姉さん。他の人だとダルいので、この時間を狙って来ました。今日もフワフワのショートヘアを眺めながら、美味しいお仕事をを提供してくれるのを期待しています。


「地竜の免許も魔術資格もないアンタに斡旋できる仕事なんてカカシくらいなもんよ」


面倒見の良い……おかしいな。


「何か嫌なことでもあったんですか?」

「何!? 私が機嫌で仕事の質を変えるような三流公務員だとでも言いたいの!?」

うわ面倒くさ。

「今日はちょっと野暮用ができたんで帰ります」

「待ちなさいよ! ブラック企業の使いっ走りを押し付けるわよ!」


わたしは思い出した。

キノコ栽培の日雇いヘルプとして出向したつもりが、キノコハウスはゴブリンに占拠されていて、驚愕したあの日のこと。

求人の実態は、安くゴブリン退治を依頼するための詐欺だったと知った瞬間のこと。

株式会社ナレッジセンスへの恐怖と恨みを。


あんな目に遭うのはもうゴメンです。


「拝聴させていただきます」

「推しバンドのボーカルがクビになったのよ!」


うわ、くだらな。


わたしの心境を無視して、ボーグレンさんは勝手に話し始めました。


「アンタは、トライ・ウィング・フォースって知ってる?」

「知りません」

「これだから田舎者は」

「反省してます」

「トライ・ウィング・フォースといえば、知る人ぞ知る知るアドベンチャー・メタル・バンドじゃない!」

「知る人ぞ知るやつですか」


ボーグレンさんの背後の壁にはちょうど黄金獅子ネメアーに似たシミができているなぁ等と脳内で暇を潰しながら、口だけ反射で返事をすること、体感約10分。


余談ですが、1分とは1日を24分割、それをさらに60分割した時間の単位のことです。

なんて半端な割り方なのか。

ちなみに1日の24分の1は1時間という。


「というわけで、今週の土曜日は朝9時に集合よ!」

「はい。え? 何の話ですか?」


何も聞いてなかった。


ちなみに、土曜日とは、一日を7回繰り返す週という単位の中で、7日目のことです。

おおよその企業や学校が、この日と翌日ーーつまり次の週の初日が休みとなっていることが多いですね。

朝9時は、1日の始まりである0時ーーといっても深夜だが、そこから9時間経過したタイミングのことを言います。


「これ、招待券だから。無くすんじゃないわよ」


見ると、『魔法ソリューション展』と書かれた紙切れを握らされていました。

「これ、派遣先かなんかですか?」


話をまったく聞いていないことがバレて、しこたま怒られました。


ボーグレンさんの話をまとめると、以下のようになります。


⚫︎トライ・ウィング・フォースのボーカルがクビになった。

⚫︎トライ・ウィング・フォースのスポンサーはスターバーグという楽器メーカー。

⚫︎今週末に魔法ソリューション展という展示会があり、そこにスターバーグも出店し、講演がある。

⚫︎そこで新生トライ・ウィング・フォースが登壇する可能性が高い。


「魔法ソリューション展って何ですか?」

「展示会よ」

「とは?」

「企業が集まって新製品や技術を披露する見本市よ。お客さんが情報を集めるために来場するわ。出展者はここで名刺を獲得して、商談につなげるのよ。出展者同士の情報収集の場にもなるわね」


真面目な学校の文化祭みたいですね。

前に都会の若者がどんなものかと見物するために訪れたときのことを思い出しながら、そう思いました。


「今回は魔法ソリューション展。ソリューションって要するに課題解決のこと。つまり企業向けの展示会よ。課題解決の手段が、魔法を使った新製品や新技術、新魔法や新楽器。けっこう何でもありな展示会ね。会場も大きいし」


その口ぶりからすると、展示会には様々な種類のものがあるようですね。社会には、わたしの知らない業種とかが数多くあると言うことなのでしょう。


「分かったかしら?」

「質問です」

「どうぞ」


わたしはここ1番の疑問をぶつけます。

「なんでわたしが、ボーグレンさんとそこに行くことになってるんですか?」


ボーグレンさんはふわふわのショートヘアを逆立てながら言いました。


「そんなの、スターバーグの社長やトライ・ウィング・フォースの新ボーカルに文句を言いに行くだけのつもりが、うっかり殺しそうになるのを、アンタが引き止めるためよ」

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