森の騎士

津多 時ロウ

森の騎士

「んぐ、んぐ、んぐ、ぷはー」


 カラカラに乾いたのどにこれでもかとエールを流し込むと、気泡あわの弾ける感触とコクと深い苦みが、疲れた体を癒してくれそうな気がした。

 俺は今、この町唯一と言っていい酒場で今日一日の労働を流し去りつつ、明日への活力を補給しているところだ。今日、見回った斜面では、間引き方を間違えてしまったらしく、あまり生育状況が芳しくない樹木が多かった。明日からまた間隔が空くように、間伐の仕方を工夫しなければならないだろう。

 そんなことを考えていたとき、陽気に騒ぐ男たちの声に交じって、聞き覚えのないバリトンボイスが聞こえてきた。


「さても聞かれよ。これから唄うは、かの英雄王マリク、その最後の騎士の物語。皆々、ご傾聴あれ」


 外から吟遊詩人でも来ているのだろうか。いつもの太った歌い手とは明らかに違う声だ。前奏で聞こえてくるのも竪琴ではなくどこか感傷的なリュートの音色。いつもと異なるおもむきに、俺の耳は勝手に音を拾いにいく。


『遡ること200年前

 英雄王マリクは連戦連勝

 各地の勢力を次々と討ち果たす

 英雄王マリクの下に集うは12人の歴戦の勇士たち

 だが、いつしか英雄王から離れ不幸にも対立する者がいた

 その名はディルムッド

 勇士の中でも特に覚えめでたき者

 しかし、その名は王妃グラーネと共に消え去ることとなる

 英雄王の3年にも及ぶ遠征

 留守を任されたディルムッドは美しい王妃と許されざる恋に落ちた』


 ああ、これは”13番”だな。

 知ってるか? マリク王の物語には元々周辺の土地に言い伝えられていたものと、後から入ってきて、瞬く間に広まったカイ教の教典に収録されたものの2種類が存在するんだ。カイ教の教典は元々12冊までしかなかったが、地元の人々から絶大な人気があったマリク王の物語を布教活動に取り入れて、新たに1冊の教典を作った。それが第13番聖典。故に通称”13番”と呼ぶ者も多い。

 ちなみに両者には細かい違いが沢山あるんだが、最も大きな違いはマリクの勇士たちの人数だな。言い伝えでは4人から24人までとかなり幅広いが、”13番”では12人と固定されている。そしてもう一つ、大きな違いがある。それはこれから出てくるだろうから、耳を傾けるといい。


『やがて生まれた二人の子は、その不義ゆえ

 闇より暗い不帰かえらずの森に捨てられた

 だが赤子になんの罪があろうか

 暗闇より出でし森の女神の気紛れか

 赤子はやがて立派な青年となり

 英雄王が遠征で通りがかった際に

 無事に戻ってこられたらと主従の約束を交わす

 しかし先にあるは運命の悪戯

 英雄王は戻らず、そして青年は知らず

 ただ英雄王の忘れられた城ティンタジェルにて

 今も待ち続けるという

 これなるは英雄王に仕えた最後の勇士、森の騎士の物語也』


 この森の騎士の部分だ。言い伝えでは、ディルムッドとグラーネは赤子、つまりのちの森の騎士諸共もろともに処刑されたそうだが、”13番”を編纂した者が、どこから仕入れて来たのかこの話をねじ込んだ。

 ”13番”には脚色されたりカイ教に都合のいいように変えられた部分が多いんだが、森の騎士の話だけは事実だな。


 え? なんで断定できるかって?


 それは俺が森の騎士だからだよ。






 ――ま、嘘だけどな。


 ……なんだよ、嘘ぐらいいたっていいだろう?

 なにせ俺は、この失われたティンタジェルでもう200年も人を待っているのだから。


 それに、あんたの存在も嘘でないと、どうして言い切れる?

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森の騎士 津多 時ロウ @tsuda_jiro

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