【新しい生活 05】

「ええと……リリーちゃんは、いくつですか?」

「もうすぐ、六歳!」

「小一くらいかあ」

 リリーに年齢を尋ねた若子は、自分の小学一年生だった頃を思い出して、少しだけ彼女が羨ましくなった。

 若子の父が再婚したのは、若子が小学校に通うようになってからだ。再婚するまでは、確かに父の愛情は若子のものだったような気がする。もうすでに幸せな記憶が遠すぎて、思い出すことさえ難しいが。

「あっ、こら、リリー! 患者さんのところに入り浸るなって言っただろ!」

 リリーの賑やかな声を聞きつけてやって来たのは、リリーの兄だった。

 こちらは父親譲りの銀髪の少年だ。若子よりも少し年下だろうか。ひょろりとした若木のような手足をしている。

「すみません、騒がしくして……! あ、僕はカミル・ベルガーって言います」

 ハキハキとした喋り方に姿勢の良い歩き方、一目見ただけで育ちの良さのが伝わってくる。それが誰もがカミルに抱く印象だった。

 若子もその例に漏れず、久しぶりに出会った若々しく眩しい存在に、咄嗟に目を閉じた。

「は、初めまして……っ!」

「ど、どうしました? 眩しいですか?」

「大丈夫ですよ、カミルさん」

 恋唯がそっとリリーを膝から下ろすと、リリーが不満そうに唸っている。

「お兄ちゃん、どうしてジャマばっかりするの!? リリー、もっとコイお姉ちゃんと一緒にいたい!」

「薬草園の水やりは終わったのか? 毎日するってお母さんと約束しただろ?」

「ちゃんとしたもーん!」

「それなら、次は勉強の時間だな。偉いぞ、リリー」

「べんきょう、やーだー!!」

「勉強……この辺りでは、ご自宅で勉強するのが一般的なのでしょうか?」

 妹の目線に合せてしゃがんでいたカミルが、恋唯を振り向く。

「僕はもう共同学校に通っていますけど、リリーはまだ通う年齢じゃないので、自主勉強です。うちは父の方針で、読み書きくらいは早めに家でやるようにしているので」

「そうですか。……立派なお父さんですね」

「はい。リリーが騒がしくてすみません。お母さんがゲマフトに行ってるから、寂しいんだと思います」

「ゲマフト?」

 耳慣れない単語に、若子が聞き返す。

「エダ教の集会みたいなものです。年に何回か特定分野の専門家が集められて、意見交換したりするらしいです。今年は薬草学の知識がある人が集められてて」

「お母さんもお医者さんなんですか?」

「父とは違って薬草専門ですけど……。あの、良かったです。お二人が元気そうで」

「え?」

 真っ直ぐな眼差しに、若子は何故か動揺した。カミルの青い目は父親のアルバンと同じだと、そこで気付く。

「父が時々、王都にいる叔父さんから頼まれて診ることになった重傷の患者さんがいたの、知ってます。でもみんな、最初から手の施しようがない人が多かったみたいで……助けられなかったことに、父は毎回落ち込んでいるみたいでした。だから、お二人が元気そうで良かった!」

 キラキラと青い目が屈託なく輝いている。その眩しさに、恋唯も目を細めた。

「お父さんが、大好きなんですね」

「そっ、そこまでじゃないですよ!?」

「うそ! お兄ちゃん、いっつも父さんがこう言ってたとか、父さんがってああ言ってたとか、うるさいもん!」

「リリーは余計なこと言うんじゃない!」

 妹に暴露されて、実直な兄が慌てふためいている。

 信頼と愛情で育まれた家族の姿に、若子は複雑な気持ちになった。学校でも、家族の話題で楽しげに盛り上がる同級生たちを見て、同じ感情を抱えたことがある。

 これを醜い嫉妬と呼ぶのだと、若子はすでに知っていた。恵まれなかった者の、卑しい気持ちだ。

 若子は自分の劣等感で手いっぱいだった。

 だからすぐ近くに居る恋唯が、自分と同じように表情を曇らせていたことには、気付かなかったのだ。

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