11-1 弟の笑顔を盗みにいくのよ!
我が家の二階の外の窓枠に立ってへばりつき、どうしようかと悩んでいた時、私を呼ぶ声が地上から聞こえてきた。
「ウィズー? 何してるの?」
その声に振り返るとメティスが不思議そうに私を見上げていた。
そして、その隣には真っ白な騎士の鎧を着た人が傍に控えている。メティスの新しい護衛の人かな?
「めちすだー!」
「メティスだよ、そんな場所にしがみついて何してるの? 落ちたら怪我するよ」
「ウィズね! どろぼうするの!」
「え? 自分の屋敷なのに?」
「うん! だからあとで遊ぼうねめちす!」
「メティスだよ」
メティスがパチンと指を弾くと、メティスの周りに水のツタが浮かび上がり、それは私の身体に伸びてきて、私の身体に巻き付くとそのまま地面まで私を下ろした。
「うーん、魔法の制御はまだ難しいな、服が濡れちゃったね、ごめんねウィズ」
「そのお歳で魔法を操れるという事の方が奇跡ですよ! 素晴らしいですメティス様」
水の魔法で濡れた私の服を心配するメティスと、そんなメティスを褒め称える謎の騎士さん。
「取りあえず着替えに屋敷の中へ戻ろうか? 君が何をしていたのか話も聞きたいし」
「ウィズたいほされるの?」
「もう訳がわからないね」
手錠を掛けられるのだろうかと、ハラハラしながら両手を重ねてメティスに差し出すと、メティスは声に出して笑った。
そしてメティスに手を引かれるがまま屋敷の中へと戻って行ったのでした……あとちょっとだったんだけどな~!
◇◇◇
「着替えてきたんだねウィズ」
メイドさんに手伝ってもらって、ふわふわのピンクのドレスに着替えてメティスが待つ客間にやってきた。
いつもなら着替えなんて手伝ってくれないのに、メイドさんは親切に着替えを手伝ってくれるし、いつも仏頂面で冷たい態度の屋敷の使用人達もなんだかニコニコしてくれるしで、メティスが遊びに来てくれる日は何故だかとても平和だ。
そう、最近メティスは宣言通り遊びに来てくれるようになった。
最初は三日に一度、すぐに二日に一度になって、気がつけば毎日遊びに来るようになっていた。
そして、来る度に何かお土産を持ってきてくれる。このピンクで白のふりふりレースのついたドレスも、頭についている赤いリボンもメティスからのプレゼントだった。
「僕がプレゼントしたドレスだね、想像していたより可愛いよ」
「めちすも可愛いよ!」
「ははは……」
乾いた笑いを返されてしまった! だって高級そうなドレスでなんとか着飾って可愛いというレベルまで持ってこられた私とは違って、メティスは元のお顔の造形が本っっ当に整っていて綺麗だからね! 真っ白なお肌も相まって可愛いよ! と、いう熱弁がまだ出来ない子どもの発達していない舌が憎い……。
メティスはよしよしと頷きつつも、私が着ているドレスをじーっと眺めながら「あれ?」っと呟いた。
「でもこのドレス……状態から見て今日初めて着たのかな?」
「うん、はじめてよ!」
何故か後ろに控えているメイドさん達がギクリと身体を強ばらせた。
「おかしいなぁ、このドレスは結構前にあげた筈なのにね……そういえば他のドレスもウィズが着ている姿を見ていないけど……まさか、この御令嬢の身の回りの世話をサボっているからなんて事は、ないよね?」
メティスにニッコリと笑いかけられ、メイドさんたちは慌てふためき出す。
「あ、いえっその」
「誤解だよね? 僕が見てないだけだよね?」
「そ、そうなんです、あのっ」
「明日も、その次も、ずっと遊びに来るから……ウィズの最高に可愛い姿を僕に見せてくれるように頑張ってね?」
「は、はいっっ」
「畏まりましたメティス殿下!」
メイドさんを見つめるメティスの目がスッと細められた。
「間違っても、今日みたいに毎日同じドレスなんて着せないように」
「はいっ!!」
「申し訳ございませんでした!!」
「分かったら君達は下がって、ウィズと二人で話したいから」
「し、失礼致します!」
メイドさん達が全員退出して、扉が閉まったのを確認してからメティスは思い切り鼻で笑った。
「まだまだ教育が必要だね」
「いっその事使用人を全て変えてしまった方が早いと思いますが」
「それをするのは僕の役目じゃないからね、まあやり過ぎた輩はもう切ったけど」
メティスの視線が今度はテーブルへと向かう。バスケットに沢山のクッキーが詰め込まれていて、メティスと私の前には同じティーカップにミルクが注がれていた。
「今日はちゃんとした飲み物で良かったよ」
「最初に訪問した時は、確かウィズ様の容器には紅茶が入っていましたね」
「冷めていてそれでいて渋くて苦い最低な品質のものをね。更にはソーサーの上に虫の死骸まで置いて……分かりやすい嫌がらせだったよね、あまりにも無能すぎて言葉も出なかったよ」
そういえばそんな事もあったなぁ、と思いだしながらミルクを飲む。
私の味の好みを知らないのか、私にはいつも苦いコーヒーや、色が凄く濃くて苦い紅茶などが出されていた。
メティスが訪問して2、3回目の事だったかな? メティスの隣を横切って私にコーヒーを出そうとしていたメイドさんが何も無いところで転んだ。そして、そのコーヒーはメティスに全部かかってしまって、メティスは「熱い、酷い」と泣いてしまった。
王族になんて事を! という騒ぎになり、次の日からそのメイドさんは居なくなっていた。
「僕の足に引っかかって転んじゃったんだよね」
「メイドが転ぶようにわざと足を出していませんでしたか?」
「いいやまさか? 僕も成長期だから足の長さを見誤ってしまったんだよ、ふふっ」
メティスと普通に会話している白甲冑の騎士さんをじーっと見つめる。そう言えばメティスが魔法を使っていた時も普通に隣にいたよね? あれ? 水魔法を使う事もまだ周囲には秘密なんじゃなかったかな?
私の視線が誰だろう? と物語っていたらしい、気づいたメティスは白甲冑さんに片手を上げて合図した。白甲冑さんは頷いて、頭の兜を両手で持ち上げて外した。
「ふぁっ?! だれもいないっ」
「そうだよ、中身は空。これはね、ポセイドンが操っているだけのただの甲冑だよ。城に使われていない予備の騎士甲冑があったからね、それを拝借したんだ」
じゃあじゃあっ?! つまりこの白騎士さんは水の大精霊ポセイドン!
ポセイドンは兜をかぶり直して頷いた。
「精霊の姿のままでは人には見えないので、人の肉眼で捕らえられるこの甲冑を操りメティス様の傍に遣える事に致しました」
「本体は城にいるよ、いつも付きまとわれると迷惑だから置いてきたんだ」
「メティス様……」
甲冑だというのにションボリしているだろう事が伝わってくるから凄い。
「父上にも報告済みだよ。表向きは僕の身を守る為の近衛騎士という事になっている」
「甲冑よりも手頃な人の死体があれば身体を貰えて良かったのですが」
なんか今サラッと怖い話が聞こえた気がする……。
「人の護衛なんて信用出来ないからね、契約で結ばれている彼なら護衛騎士にも丁度良いよ」
「おうぞくも、たいへんですねぇ」
「そういう君も御令嬢なんだけどね? 自覚がないよね?」
自覚、と聞いてちょっと不思議に思っていた事を思いだした。
「めちす、うぃずのまほーかんていは?」
「あ、覚えてたんだね」
覚えてたよと頷くとメティスはそうだよねと笑う。
「僕と再会した日に本当は魔力鑑定を受ける予定だったろう? けど、僕と遊んでしまって受けられなかった」
「たのしかったねー! うぃずぽせーどんとまた遊びたいなぁ!」
「……それはダメ」
「なんでぇっ?!」
大きな龍に乗って空をビューーンッと飛ぶのは女の子の夢でしょう?!
なのにメティスは、拗ねたような顔をしてじとーっと私を見つめてくる。
「出会った時から思っていたけど、君はポセイドンに懐きすぎだよ。僕よりもポセイドンにばかり構うし……」
「だってあそびたいんだもん!」
「僕だって君と遊びたいよ」
むすーっと口を尖らせて完全に拗ねてしまっている。話の中心であるポセイドンは焦りながらも話を軌道修正してきた。
「私の話よりもウィズ様の魔力鑑定について話されては……」
「ぽせーどん! うぃずとあそんでー!」
「私よりもメティス様に懐いてください!!」
割と強めに怒られてしまい、ションボリと肩を落とした。
押してもダメなら引いてみろ作戦で行こうかな……でも私の性格では無理かな。
「ウィズを悲しませたら君との契約を破棄するよポセイドン」
「こっ、今度ウィズ様と……遊んで差し上げます」
「え? 二人で? 許さないよ?」
「私にどうしろと?!」
本気じゃないよ、ちょっとした意趣返しだよとメティスは狡く笑い、話を戻した。
「君の魔力鑑定は国王陛下が取りはからってくれたものだったんだけど、魔力鑑定士も他に仕事があるからね、仕切り直しという事になったから、恐らく慣例通りに他の貴族の子ども達と一緒に鑑定する事になると思うよ」
「そうなのー?」
「うん、でもその日が来たら僕も立ち会ってもいい?」
メティスの瞳が嬉しそうに、そして興味深そうにきらりと煌めいている。
「ポセイドンが見える位の君の魔力に僕もとても関心があるんだ。魔力属性はなんだろうね? 楽しみだね」
「そうねーー?」
「当の本人はあまり興味がないという事はよく分かったよ」
咳払いをしてから、メティスは手をポンと叩いて仕切り直した。
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