6-2 弟を守れなかった日【エランド視点】
「なんだ、今の音?!」
急いでメティスの部屋の前まで駆け寄ると、扉の前に兵士が二人倒れていた。メティスの護衛兵なのだろうが、首から血を流して絶命していた。
まさか、暗殺? メティスが狙われて襲撃された?!
「メティス!!」
扉を押し開けて部屋の中へ飛び込んだ。
まず、視界に飛び込んできたのは、水浸しの部屋。部屋一面水でぐちゃぐちゃに濡れていた。部屋の棚もベッドも全て倒れてひっくり返り、壁には何かで引き裂かれたかのような三本の大きな傷跡が刻まれていた。
そして、粉々に砕かれたバルコニーの窓の前でメティスは頭を抱えて膝をついていた。
「メティス!! 大丈夫か?!」
メティスに駆け寄って肩を掴んで振り向かせると、血の匂いが鼻をついた。
メティスの顔から真っ赤な血が滴り落ちている、それは白い服を赤に染めて、メティスをどんどん、どんどん赤で汚していく。
頭を抱えていたのではなかった……メティスは左目を押さえていたんだ。何者かに左目を斬りつけられて負傷していた。そして、傷の痛みを声を殺して堪えていたのだ。
ゾッとした、この部屋で何が起きたのか、部屋の異様な光景はなんだとかそんな事はどうでもよくて、目の前で血まみれになっている弟の安否だけが気がかりで、失ってしまうかもしれない死の足音が怖くて怖くて身体が震えた。
「ち、血がっ、メティス、怪我っ、だいじょうぶっ、どうしよう、待って今人をっ」
「なんできたの……」
メティスは歯の後がくっきりと残るほどに唇を噛んで閉じていた口をようやく開けると、俺を睨み付けながら、憎いと叫んだ。
「ぼくに近寄らないでっていっただろ!!」
「メティ……ス?」
「誰のせいでこんなっ!! こんな目にあったとおもってるの?! ぜんぶアンタのせいなんだからな!!」
メティスは、握りしめていた布切れを俺に突きつけた。その布切れには紋章が彫られていて、それには見覚えがあった。
黄金の獅子が炎を咥えている紋章……これは、紅蓮院の者達の紋章だ。
「アンタはまだ知らないの? 無知であることはとてもつみぶかいよ」
メティスは自分の血で濡れた手で思い切り俺の胸を突き飛ばした。無抵抗に背中から転んで、じわじわと服に染み込む水の冷たさを感じていた。
「ぼくは水の魔力をもっている、火の魔力にとって水は脅威だから、エランド王子を支持する紅蓮院は、ぼくのそんざいがじゃまなんだよ」
潰された血まみれの左目を押さえながら、メティスは憎々しげに俺を見下ろして叫んだ。
「水属性の魔力を支持する【水龍院】に王権をにぎられるかもしれないってね!! アンタより魔力がつよい僕が王位につくべきだと水龍院があばれだすまえに、ぼくをころしにきたんだ!!」
ただ呆然とメティスを見上げていた。何も考えられなくて、俺の知らないところでこんな事になっていただなんて……信じたくなくて。
呼吸の仕方も分からなくなって、ハクハクと乱れた呼吸を繰り返した。
「……自分がどれだけぼくを追い詰めているかわかった? わかったらゆうしゅうな王子殿下はおとなしくえらそうなかおして王位にすがりついていればいいんだよ」
騒ぎを聞きつけて、城の兵士達が現れた。
直ぐさまメティスは保護されて、治療を受ける為に連れて行かれてしまった。
俺は、何も言えなくて、何も出来なくて、呆然と座り込んで動けずにいた時、目の前に父上が現れた。気がつけば、部屋には誰も居なくなっていて、父上一人だけが、俺の目の前に膝をついて手を差し伸べていた。
「ちち……うえ?」
「エランド、大丈夫か?」
「父上……メティスが、目が」
「我が王城の治癒術士は優秀だ、メティスは水属性の魔力を持っているようだし、回復適応力も高いだろう」
水属性という言葉にビクリと身体が強ばる。
「俺の、俺のせいだって……紅蓮院がメティスを襲ったって、おれ、なにもしらなくて、しっていたらなにか出来たかもしれないのに、おれ、おれがっ」
瞳から涙が溢れだす。俺なんて泣く資格なんてないのに。この心を裂くような痛みと、やるせない無力感の何倍もメティスは傷ついていた筈なのに。
「まもれなかったっ!! たいせつな弟なのにっ、俺が傷付けた!!」
「それは違うエランド、お前のせいなんかじゃない」
父上は俺を抱きしめて、大丈夫だ違うと何度も言いながら背を撫でてくれた。
子どもでなんの力も無くて、無知な俺は結局何も出来ないまま罪を犯してしまった。
ごめん、ごめんなメティス。俺、ただ一緒にまた居たかっただけなんだ。自分の地位とか周りの事を何も分かっていなくて、お前が追い詰められていた事にも気づけなかった。
でも、愚かだと分かっていても、未来を夢見ていたんだよ。
ラキシスがもうちょっと大きくなったら、俺と、メティスとの兄弟三人で、平凡な何気ない会話をして遊んで笑い合う……そんな日が来るのを楽しみにしていたんだ。
無知で愚かな俺のせいで……そんな日は二度と来ないだろうけど。
◇◇◇
あの事件以来、メティスは笑顔しか見せなくなった。
心を完全に閉ざしてしまい、自分の感情を隠すかのような貼り付けた笑み。
メティスを襲った紅蓮院の者達はすぐに捕らえられたけど、父上が言うにはこれは尻尾切りにしか過ぎないらしい。
この忌まわしい事件は紅蓮院という組織がした事ではなく、個人的にメティスに恨みを持つ貴族が暴走して勝手に暗殺未遂を犯した故に数名の貴族が捕まっただけというのが表向きの罪状。
紅蓮院の主犯格の者達は証拠も残さずに、今現在も身を潜めて紅蓮院を統治している。紅蓮院はこの国を支える重鎮も多く在籍しており、いくら国王といえども証拠もないのに紅蓮院全体を罰する事は出来ない。
メティスの目は治癒術士の治療でなんとか完治は出来たけど、その目が再び俺に向けられる事はなかった。
廊下ですれ違っても視線もあわず言葉を交わす事もない。そこに居るのに居ないように振る舞う。
どんどん、壊れていった。
音も無く、目にも見えない大切な絆が壊れていった。
何度か声を掛けようと思ったけど、あの夜の惨劇が脳裏をよぎり、恐怖で身体が硬直して何も出来なかった。
俺が関わる事でまたメティスを追い詰めて、傷付けたらどうしようって……怖くて怖くて、臆病者な俺は何も出来なかった。
下の弟のラキシスはもうじき一歳になる、良く笑い暴れる子どもだ。
けれど、どうやらラキシスも俺やメティスと同様に魔力が普通ではない傾向にあるという。王子が特殊な力を持っているという事は国にとっては喜ぶべき事だろうが、この城がもう安全では無いという事を知ってしまった俺にとっては、その知らせは恐怖でしか無かった。
もしも、俺が関わる事でラキシスも命を狙われてしまったとしたら…?
現状を変えたいのにどうする事も出来ない、無力な自分が恨めしい。
一歩も前に踏み出す事が出来ず……沼の底に沈んでいくかのようだった。
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