第61話 後始末とお説教

 ミエル、晶子それに高英夫こうひでおの三人はまさに命からがらの脱出劇を経て今では月夜野つきよのがママから任されている店、ルナティック・インにて束の間の休息をとっていた。バニースーツのままでいるミエルに月夜野がメイド服を提供する。それはこの店を舞台にした事件でミエルが潜入調査をしたときの衣装、久々に着るフレンチスタイルのメイド服に懐かしさを覚える。


「そうだ、晶子と知り合ったのもこの店だったし、いろいろあったけど今となっては悪くない思い出かも知れない」


 そんなことを考えながらいつしかミエルはチェアに身を任せて寝息を立てていた、手に入れたドローンを抱えたまま。


「信じられない、ミエルだけ寝てるし」

「ははは、ショーコちゃん、今はそっとしておいてやろうぜ」

「それならこう先生も仮眠してくださいよ」

「ショーコちゃんだって大立ち回りの大活躍、その上明日、いや、もう今日か、学校があるんだろ。君こそひと眠りしておくべきだ」


 二人が会話するそのときだった、店の電話が鳴る。月夜野が電話に出ると相手はママだった。


「はい、三人とも店で休んでもらっております……ええ、美月は恭平さんのお店に待機させてますわ。保護した伊集院の娘さんのお迎えを見送らせて今は恭平さんの計らいでスタッフルームで休ませてます……はい、承知しました。すぐに私の車でお連れします……はい、それでは失礼します」


 晶子と高英夫こうひでおは思わず姿勢を正して月夜野の通話に聞き耳を立てていた。ママのことだすぐに事務所に顔を出せとでも言うのだろう。晶子はすっかり寝入っているミエルの顔を見ながら呆れたため息をつくのだった。



――*――



 新宿一丁目、喧騒から離れた静けさが漂うそこに建つ古ぼけた小さなビル、五階建ての最上階に構えるオフィスに彼らはいた。窓の外ではそろそろ空が白み始めている。明日、いやもう既に今日も学校があるミエルは眠さと戦っていた。えらく眠たいのは晶子も同様だったがバニーガールに代わってメイド服に着替えたミエルをからかうことでなんとか眠さを誤魔化していた。


「三人ともご苦労様でした。先ほど伊集院会長から連絡があって娘さんも無事帰宅したそうよ。あんなことがあっても明日は休まずに学校に行くんですって。何事もなかったように振舞うらしいわ」


 ママもリラックスした面持ちで愛用のチェアに身を任せながら言った。


「ところでミエルちゃん、ショーコちゃん、あなたたちはどうするのかしら?」

「あたしは行くし。祥子、じゃなかった伊集院さんが行くならあたしもいかなきゃだし」

「そう。ミエルちゃんは?」

「ボ、ボクも行きます……って、あっ、ヤバい、明日は受験対策の特別クラスがあるんだった」

「お――、お――、ミエル少年は頑張るなぁ。しかしもったいねぇ、ステージにしろ事件屋にしろ大学なんか行くよりよほど儲かるのに」

「でもボクには勉強したいことがありますし……」


 三人の会話が一段落するのを待っていたかのように今度はママが話を始めた。


「実は今回のミッションは伊集院会長からの依頼だったの。そこにこう先生の話が絡んできたってわけ」

「俺も不思議に思ってたんですよ、地上げに噛もうってだけでここまで自分に協力してくれるなんて。でも伊集院って聞いて合点がいきました」

「うちは伊集院からの報酬に加えてこう先生からあの土地の一切合切をいただけたので十分な儲けになったわ」

「まあ、あんな土地なんて俺に残されてもどうしようもできなかったし、亜梨砂には申し訳ないがママに委ねるのが一番だと思ったんです。ところでママ、これからどうするんです、あの土地を」

「どうするもこうするもうちの事務所の名義になるわね。そのあたりは執事の久米川の仕事ね」

「伊集院に売るんじゃないんですか?」

「売らないわ、借地権設定するのよ。その方が地代収入がチャリンチャリンで安泰だしね。これには伊集院会長も快諾してくれたわ。なにしろうちは娘さんの恩人、向こうさんも承諾するしかなかったのよ」

「まったく抜け目のない人だなぁ、ママは」

「でもね、大門氏が娘さんを誘拐したからこその、それこそ漁夫の利ってやつよ。だからお礼状くらい出してあげようかしら、大門氏には」


「その大門啓介なら死んだぜ」


 突然の声に一同揃って入口のドアに目を向ける。そこにいたのはチャコールグレーのスーツに細身の黒ネクタイ姿の相庵あいあん警部だった。


「やっぱりか……」


 そうつぶやく高英夫こうひでおの言葉を警部は聞き逃さなかった。


「やっぱりって、縛り屋、お前さん何か知ってるのか?」

「いえ……なんでもないです。その、まあ、悪徳地上げ屋の末路なんて因果応報なもんだな、なんて思っただけっすよ」

「ふ――ん、まあいいや。お前たちが噛むとややこしくなって余計な仕事が増えるだけだ。今回は見逃してやるよ」


 相庵あいあん警部と高英夫こうひでおのやりとりを聞いていたミエルが思わず口を挟む。


「警部さん、大門会長の死因は何だったんですか?」


 警部は一瞬躊躇しながらも言葉を選んで話し始めた。


「絞殺と言うか、その、斬首だ」


 思わず息を呑む晶子の様子を気遣いながら警部は話を続けた。


「首にロープを巻き付けられての窒息死、そのまま力を加えて首を、って顛末さ」

「ちょっと待ってくださいよ、俺のロープで首切りなんて……」

「俺の、だと?」


 相庵あいあん警部がまたもや睨みを利かせる。


「い、いえ、その……」

「いいか、お前たち、今回の事件は半グレ集団の内部抗争だった。署ではそういうことになってる。こっちも見逃してやってるんだ、お前らもそこはしっかり汲んで口外無用で頼むぜ、いいな」


 ミエル、晶子それに高英夫こうひでおの三人は揃って思わず姿勢を正しながら「はい」と口を揃えた。


「それとな……おい、小川!」


 警部は事務所の外に待機する部下の小川を呼びつけた。


「例のものをここに」

「はいっ」


 その場で敬礼した小川は小走りで出て行くとすぐに数名の制服警官を引き連れて戻って来た。彼らは大きなバッグやら紙袋を抱えていた。


「あっ、俺の道具じゃないっすか!」

「ボクの私服もあります」


 警部は呆れた顔でミエルと高英夫こうひでおを𠮟りつけた。


「バカ野郎が、こんなもの現場に残して来やがって。よその課の連中に押さえられてみろ、お前ら全員重要参考人だぞ」

「すんません」

「すみません、警部さん」

「さっきも言ったがこっちも面倒ごとは勘弁なんだ。だからこれは今回限りのサービスだよ。今後は証拠を残さないことを第一に考えるんだ、わかったな」


 警部の言葉にミエルと高英夫こうひでおはまたもや姿勢を正して返事をした。

 相庵あいあん警部の合図で小川と制服警官たちが事務所を後にしたのを目で追っていたママが口を開く。


「おかげさまで助かったわ。今回は貞夫ちゃんにもギャラを出さなきゃかしら」

「バカ言うなよママ。とりあえず貸しってことにしておくぜ」


 去り際に相庵あいあん警部が今一度振り返ってミエルと晶子に忠告めいた言葉を残した。


「ミエル、それにショーコちゃん、お前らは当面二人揃って行動しろ。大門にしろ代議士の山鯨にしろ息のかかった有象無象がかなりいるんだ、報復なんてことも考えられる。いいな、これ以上面倒を増やさんためにもこれだけは厳命させてもらうぜ」

「承知したわ。さ、それじゃみんな今日はこれで解散にしましょう。なにしろ子どもたちは学校もあるしね」


 やはり行かなきゃなのか。部屋に戻ってシャワーを浴びたら寝る時間なんてほとんどない。これは朝食は抜きにするか。

 そんなことを考えていたミエルだったが晶子から思わぬ誘いを受けた。


「ミエル、シャワー浴びて着替えたらあたしの部屋に来ること。でも忙しいからトーストしか出さないし」

「え、いいの? あ、ありがとう」

「言っておくけど、今回も特別ってことだからね」

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