第53話 夜の大非常線
「晶子、ボクの右足のかかと、ヒールの中にピッキングの道具を仕込んでるんだ。だからそれを使って……」
「そんなもの、あたしだって持ってるし」
ミエルの言葉が終わらないうちに晶子は黒いレザーベストの胸ポケットからピッキングツールを取り出すと、すぐさまそれを使ってミエルを拘束している手錠の解錠を試みた。現場仕事はまだまだ初心者の晶子をミエルが気遣う。
「晶子、焦っちゃダメだ、落ち着いて」
「う、うるさいし、ちょっと黙るし。あたしだってこれくらい……」
とは言いつつも晶子の解錠は思うように進まず難航していた。床に尻をついたままバンザイする姿勢でパイプにかけられたミエルの手錠をはずすため、晶子もまた立て膝をついて手元に集中する。小さな鍵穴に差し込んだ針金状のツールを操作するたびに晶子の胸がミエルの顔に迫る。
「ああ、イラつくし」
「大丈夫、無駄な力をかけないように自然にやればすぐだから」
「だからやってるし」
晶子が動くたびに彼女の胸がミエルの顔に押しあたる。小柄な彼女はいわゆるトランジスタグラマー、学園の男子にも彼女のファンは実は大勢いるのだ。そんな彼女のふくよかな感触がレザーを通して伝わって来る。ついに二つの胸の膨らみの間にミエルの顔が挟まれた。晶子が動くたびにミエルの顔への圧迫が増す。それでも豊かな胸の谷間のおかげで鼻での呼吸はなんとか確保できていた。
それにしてもこの柔らかさはなぜだろう。まさか晶子は下着を着けていないのだろうか。しかし今はそんなことを考えている場合ではないのだ、目の前に倒れている大門啓介が復活しないように、彼がいないことに気付いた黒服たちが駆けつけて来ないように、今のミエルは晶子の胸のことよりもとにかく事態が悪化しないことを祈るばかりだった。
「やった、あたしにもできたじゃん」
晶子の胸に顔を埋めたままミエルも「やったね」とエールを送る。同時に晶子は素早く立ち上がると「この変態女装M
「とにかく、よかったし……あとは
「うん、わかった」
ミエルは彼女からそれを受け取ると手際よく
「まったく好き勝手やりやがってよ。おかげで肩こりくらいは治ったけどな」
そして
「ショーコちゃん、ありがとう。君がいなかったらマジでやばかったよ。ところでさっき大門から聞いたんだけどさ、伊集院の娘がさらわれたとか……」
「あれはもう解決したし」
「それでギャングや黒服が瞬殺されたってのも……」
「ギャングは高峰さん、黒服はあたしと祥子……ってか伊集院さん、それとどこかのメイドが勝手にやったし」
「なるほど、そうか、正義の味方はショーコちゃんだったわけか。とにかく何から何まで恩に着るよ」
「べ、別に、あたしは仕事だし」
そう言って顔を赤らめながら照れる晶子を微笑ましい目で見ているミエルはバニーガールという彼にとっては不本意なスタイルではあったものの、それでもさすが先輩と言った貫禄を見せていた。
気持ちに余裕が出てきたのだろう、
「ところでずいぶんと勇ましいスタイルじゃねぇか。そいつは忍者、くノ一のコスプレか?」
「ち、違うし。これは、ママからの命令で……」
「そうそう、ボクも気になってたんだ。その網タイツみたいなのって何か意味があるのかな、って」
「これは……いろいろあるし」
「防弾か? いやいやそんな網みたいなものじゃ用を為さねぇだろうし……そうか防刃か」
「こいつはよくできてるなぁ、捕らわれの女スパイの拷問なんてシチュエーションでイケそうだぜ。なあショーコちゃん、今度俺とショーをやろうぜ」
「絶対、いやだし!」
そんな二人の和んだ軽口を遮ったのはミエルだった。
「ところで
「おっと、そうだったな。しかしこのまま
どこかに抜け道はないものか。三人は淡い期待を抱きつつ掃き出し窓を開けてルーフバルコニーへ出てみた。頬に感じる微かな夜風が気持ちいい。
「ところで少年少女たち、下の方がやけに騒がしくねぇか?」
「そう言えば大門のヤツ、警報がどうとか言ってたっけ。まいったなぁ、夜の大捜査線ならぬ大非常線てか。こりゃここに突入してくるのも時間の問題だろうな。まったくどこのどいつの仕業なんだか」
「このビルの地下に管理室があって、そこにボタンがあったから押したし」
「おいおい、まさかのショーコちゃんかよ」
「だって、しょうがなかったし」
「でもおかげで黒服のガードは薄くなったし晶子もここまで来れたわけですし、結果はどうあれある意味正解だったのかも知れません」
「それにしてもよ、大門の黒服連中よりも厄介だぜあれは。何しろ官憲だからなぁ」
「とにかく作戦会議をしましょう、一旦ルームに戻って」
「そうだな」
三人がバルコニーを後にしてルームに戻った時、そこに倒れているはずの大門啓介の姿が消えていた。身構えて警戒する三人、そんな彼らをあざ笑うかのような不敵な笑みとともに大門啓介がルームの奥からやって来た。晶子のスタンガンのダメージがまだ残っているのだろう、その足取りはおぼつかい。
「子どもとチンピラにしてはよく頑張ったものです、褒めて差し上げましょう」
仕事モードの口調に戻った大門啓介の右手には小型の自動拳銃が握られていた。
「て、てめぇ、拳銃って、いくらなんでもそりゃ反則だろ!」
そんな言葉など意に介さず、大門啓介は未だ震える右腕を左手で支えながら
「さあ、夜も更けてまいりました。そろそろ終わりにしましょう」
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