第51話 緊急通報発令!
「間一髪だったね、ショーコ。ところでその人が伊集院の娘さんかい?」
ドヤ顔でそう尋ねる美月を晶子は返す言葉もなくただただ呆れた目で見返すだけだった。並んで立つ祥子もマスクを着けたままの姿で晶子に尋ねる。
「晶子さん、こちらの方はお仲間ですか?」
「いや、仲間じゃないし」
そのやりとりを聞いていた美月が芝居がかった態度で腕組みしながらむくれて見せた。
「え――、それはちょっと冷たすぎないか、ショーコ。ボクも
そんな美月を前にしながらも相変わらずそっけない態度の晶子に代わって伊集院祥子が挨拶をする。顔に着けたマスクをはずすと握手をしようと右手を差し出した。
「お初にお目にかかります、伊集院祥子です。危険な任務にご協力くださったこと、感謝いたしますわ」
「いえいえ、ボクたちにそんなお言葉、光栄です、ははは」
美月は顔を赤らめながら照れ臭そうに祥子と握手を交わした。それから美月は簡単な自己紹介の後、打って変わって真顔になるとすぐさまここから逃げ出すために祥子をエスコートしようと手を差し伸べた。
「伊集院さん、すぐそこに車を用意してあります。オンボロだけど逃げるには十分です。さあ、急ぎましょう」
美月を先頭にして伊集院祥子と晶子がビルのエントランス前まで駆け寄ると、待ってましたとばかりに月夜野が運転する車が滑り込んで来た。
「あら、かわいい車ですこと。メイドさんとフランス車なんて、趣味もなかなかよろしいですわ」
「さすがお嬢さまはお目が高いね。ほらショーコ、聞いたかよ、伊集院さんはこの車とボクたちをを褒めてくれたぜ」
「いいからさっさと行くし。それじゃ祥子、あとはこの人たちがなんとかしてくれるから」
「まかせてくださいお嬢さま。これからボクたちが安全な場所にご案内します」
「安全な場所って、あんたたちの店、ルナティック・インに行くんじゃないの?」
「ボクらが行くのはルナティックじゃなくて恭平さんの店、そこで彼女を匿ってもらう手はずになってるんだ」
「ママからのご紹介ですわ。何しろ私たちの店は連盟にも知られてますので……あ、ご挨拶が遅れました、私は
「伊集院祥子です。今夜はよろしくお願いします」
晶子はすっかり和み始めている美月と祥子の背中を押して早く車に乗るよう促す。
「ほら、二人ともさっさと行くし」
運転は月夜野、助手席には美月が、そして伊集院祥子は後部座席に乗る。祥子はドアを開けたまま晶子にも早く乗るよう声をかけるも晶子は首を横に振って運転席の月夜野に言った。
「月夜野、あとはよろしくね」
不安げな顔で伊集院祥子が再び晶子に乗るよう促すもやはり晶子の決意は変わらなかった。
「あたしにはまだやることがあるし」
「もしかしてまだ他のお仲間が中におられるのですか?」
「まあね、そんなところかな」
これは止めようがない。そう悟った祥子は小さなため息をつく。そしてドアを閉めると車の中で姿勢を正して晶子に一礼した。
「晶子さん、ありがとう、本当にありがとう。そしてご無事でおられることを祈念しておりますわ」
「ありがとう、祥子」
そう言って晶子は車のボディーをトントンと軽く叩いた。それを合図に車は走り出す。キャンパストップを開けて手を振る美月を乗せながら車は軽いエギゾースト音とともに深夜の歌舞伎町へと消えていった。
「さてと、お次はあいつか」
晶子は踵を返すとエントランス脇の通路に横たわる八人の黒服たちが目を覚まさないように足音を忍ばせながら非常階段に向かった。念のために彼らが追ってこないように入口ドアに内鍵をかける。そして晶子はまずは地階の管理室を目指した。
開け放したドアの向こうでは作業服の男性が未だ気を失ったままだった。床に落ちた彼のスマートフォンには着信履歴が表示されている。そこにあったのは「会長」の文字だった。それはおそらく大門啓介からの呼び出しだろう、しかしこの男性が電話に出ることはなかったのだ、きっとカジノでは騒ぎになっているだろう。だとするとこのまま乗り込んでもミエルを助けるどころか返り討ちに合うのが関の山だ。
晶子は考えた。ならば思いっきり混乱させてしまえばいい。カジノには客がいる、もし緊急通報があろうものならまずは客の安全確保を優先させるはずだ。その混乱に乗じて潜入すればよいのだ。
晶子は計器が並ぶ制御盤を眺める。するとプラスチック板で防護された赤いボタンがあった。彼女はスタンガンの柄でそれを叩き割ると迷うことなくそのボタンを押した。
「緊急通報が発令されました。ただちに当ビルから退避してください」
抑揚のない女性のアナウンスが聞こえた。きっと消防や警察にも連絡が届いていることだろう。そうなればカジノもおしまいだ。
晶子はひとりほくそ笑むとミエルが捕らわれている十一階に向かわんと階段を駆け上がった。
――*――
大門啓介は苛立っていた。伊集院会長からの回答がないままに九階から息を切らせて戻って来た白井吾郎の報告では軟禁していた娘が消えているのみならず見張りの仲間がみな倒されていたと言うのだ。そのうちの二人は刃物で首を切られて息絶えていたと言う。
「刃物だと? まさか……吾郎、勇次はどうした。彼がいたならば賊の侵入など許すはずがない」
「それが……」
「わかった、もういい」
大門啓介は悟った。高峰勇次は裏切ったのだ、いや寝返ったと言うべきか。それはいったい誰に?
「伊集院か、いやそれはないだろう。だとすると、まさか連盟か?」
彼は最後に連盟の会頭と交わした言葉を思い返していた。金と力だけが全ての連盟においてあのときはやけに詮索されたものだった、まるでこちらの手の内が見透かされているかのように。
大門啓介は疑心暗鬼に包まれ始めていた。これまでは高峰勇次という腹心が自分を守っていた、しかし今はそれもいなくなってしまった。彼は自分の足元がガラガラと音をたてながら崩れていく不安を感じていた。
そのときだった。
「緊急通報が発令されました。ただちに当ビルから退避してください」
フロアー内に抑揚の無いアナウンスが響き渡った。カジノのディーラーはゲームの手を止め、客たちも声の主はどこかときょろきょろし始める。このままではパニックになる、それだけは避けたい。もう伊集院の娘などどうでもよい、今はカジノ客の非難が最優先だ。
大門啓介は努めて平静を装いながら白井吾郎に命じる。
「白井君、黒服たちに指示してお客様の安全確保に努めてください。それとすべてのお客様に一本のサービスも忘れないように」
一本、彼が言うそれは一〇〇万円を意味している。大門啓介は人差し指を立ててそれを示すと白井吾郎に後をまかせた。
「クソッ、このままやられてなるものか。まだ挽回は可能だ。まずは縛り屋、とにかくヤツを締め上げるんだ」
鬼の形相で怒りを露わにする大門啓介はカジノフロアーの喧騒が響く誰もいなくなったラウンジを後にして縛り屋こと
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